派遣社員の仕事をしながら、自宅でネイルサロンを開いたり、ベリーダンスのインストラクターをして三足のわらじで忙しく働いていた、かなまるようこさん。
好きなベリーダンスを極めた結果、インストラクターの資格をとり、教室で生徒さんに教える仕事もされていました。ただ、それだけでは収入が安定しなかったため、ダンスの先生の仕事と並行して派遣社員の仕事をしていたのです。
忙しいですが、充実した毎日でもありました。起業などはその当時は全く考えていなかったそうです。
ところが2011年3月、そんな日常が一変する出来事が起こります。
東日本大震災。
かなまるさんは、この震災によってダンスの仕事などができなくなり、さらに原因不明のストレスで動けなくなってしまいます。
そんな日々を過ごす中、とあるきっかけで、一念発起のうえ起業。そのあとは、自分では想像もしていなかったレンタルスタジオのオーナーとなり、今現在は、周りの仲間の幸せをつくる毎日を過ごしています。その気持ちの変化と起業における苦労と楽しさを伺いました。
<プロフィール>
スタジオルーモコレクション オーナー かなまるようこさん
派遣社員をしながら、自宅でネイルサロン、教室で派遣インスタラクターとしてベリーダンスを教える3足のわらじのシングルマザーから、震災を機に、起業。
仙台市内でレンタルスタジオやレンタルサロンのスペースを持つスタジオルーモコレクションのオーナーとなる。
スタジオルーモコレクション オーナー かなまるようこさん
派遣社員をしながら、自宅でネイルサロン、教室で派遣インスタラクターとしてベリーダンスを教える3足のわらじのシングルマザーから、震災を機に、起業。
仙台市内でレンタルスタジオやレンタルサロンのスペースを持つスタジオルーモコレクションのオーナーとなる。
スタジオルーモコレクションStudio LUMO Collection
https://www.lumo-japan.com/
派遣社員のシングルマザーから、一念発起して好きなことで起業
ーかなまるさんが、ベリーダンスを、始めたきっかけを教えてください。
かなまるさん
テレビで踊っているベリーダンサーの映像を見て、ベリーダンスに興味が湧いたのです。そこで、仙台で当時は1つだけあったレッスンに通い始めました。自分でも先生の資格を取るまで熱中して、今年で、ベリーダンス歴14年になりました。
テレビで踊っているベリーダンサーの映像を見て、ベリーダンスに興味が湧いたのです。そこで、仙台で当時は1つだけあったレッスンに通い始めました。自分でも先生の資格を取るまで熱中して、今年で、ベリーダンス歴14年になりました。
―そのときは、ベリーダンスの先生として独立するつもりでいたんですか?
かなまるさん
いいえ、ベリーダンスの先生の仕事は楽しいですが、私の場合はそれだけで食べていくほどの収入はあげられませんでした。ですから、ほかの仕事、当時は派遣社員の仕事もしつつ、またネイルサロンの資格も取っていたので、自宅にお客さまを呼んでネイルを施術するようなこともやっていました。
いいえ、ベリーダンスの先生の仕事は楽しいですが、私の場合はそれだけで食べていくほどの収入はあげられませんでした。ですから、ほかの仕事、当時は派遣社員の仕事もしつつ、またネイルサロンの資格も取っていたので、自宅にお客さまを呼んでネイルを施術するようなこともやっていました。
ー忙しそうですね!
かなまるさん
はい。毎日とても忙しかったですが、好きなネイルやベリーダンスをやることが出来ていたので、充実した毎日でした。ちょうど震災の当日も、午前中にベリーダンスの教室で先生として仕事をし、午後から派遣先で派遣社員として働いていました。地震の際は派遣先でものすごい揺れを感じましたが、おかげさまで私も娘も無事でした。
はい。毎日とても忙しかったですが、好きなネイルやベリーダンスをやることが出来ていたので、充実した毎日でした。ちょうど震災の当日も、午前中にベリーダンスの教室で先生として仕事をし、午後から派遣先で派遣社員として働いていました。地震の際は派遣先でものすごい揺れを感じましたが、おかげさまで私も娘も無事でした。
ー大変でしたね。そこから生活は大きく変わったのですね?
かなまるさん
ベリーダンスの先生をしていた教室が津波の影響を受け、閉鎖されました。流れてしまったところや避難所に変わってしまったのです。当たり前ですが、人命や復興が優先です。ダンスをやっているような状況ではなくなってしまいました。実は震災のあと・・・私自身も何も手に付かなくなってしまったんです。めまいと耳鳴りなどがひどくなって、寝込んでしまいました。これからのことが、不安で一歩も動けなくなってしまったんです。ストレスが原因だったのかもしれません。
ベリーダンスの先生をしていた教室が津波の影響を受け、閉鎖されました。流れてしまったところや避難所に変わってしまったのです。当たり前ですが、人命や復興が優先です。ダンスをやっているような状況ではなくなってしまいました。実は震災のあと・・・私自身も何も手に付かなくなってしまったんです。めまいと耳鳴りなどがひどくなって、寝込んでしまいました。これからのことが、不安で一歩も動けなくなってしまったんです。ストレスが原因だったのかもしれません。
ー寝込んでいた状況から何をきっかけに抜け出せたんですか?
かなまるさん
友人の言葉です。
落ち込んでいたときに友人の言葉を機に一念発起したのです。「あなたは何が好きなの? 何がやりたいの?」と。
私にとっての答えは1つ、ダンスをすることだったのです。そこで、思い立って、ダンスを続けるスタジオがなくなったのならば、自分で作ってしまおうと。そう決心したら、不安で一歩も動けなくなっていたはずの体が、動けるようになったのです。
友人の言葉です。
落ち込んでいたときに友人の言葉を機に一念発起したのです。「あなたは何が好きなの? 何がやりたいの?」と。
私にとっての答えは1つ、ダンスをすることだったのです。そこで、思い立って、ダンスを続けるスタジオがなくなったのならば、自分で作ってしまおうと。そう決心したら、不安で一歩も動けなくなっていたはずの体が、動けるようになったのです。