「いいものを作れば、いいサービスを提供できれば売れる」。かつてはそんなふうに考えられていた時代がありました。
しかし商品もサービスも成熟してきた現代社会において「高い技術」だけで、競合他社から差別化を図るのはなかなか難しいと言えるでしょう。
今回お話を伺ったのは、佃晴加さん。佃さんはネイリストとして2018年に独立。現在はネイルサロンの経営に加え、ネイルスクールも運営しています。
そんな佃さんですが、独立当初は集客に非常に苦労したそうです。会社員ネイリストとして10年以上のキャリアを積み、高い技術を持っていても、それでもお客さまは集まらない……。
そんな状況を、どのようにして佃さんは乗り切ったのでしょうか。
佃晴加さん
ネイリスト
ネイルサロン「ルシェノン」代表
2007年から名古屋でネイリストとして活動。
その後、2018年に独立。ネイルサロン「ルシェノン」を開業する。
現在はサロン経営、およびネイルスクールを運営している。
夫の持病がきっかけで独立。佃さんがネイルサロンを立ち上げるまで
――まずは佃さんの現在の事業を教えてください。

横浜で2018年に開業したネイルサロン「ルシェノン」の運営、2019年にオープンしたネイルスクールの運営をしています。
開業当初は私も店舗に立って施術を担当していたのですが、近年はスタッフに店舗はお願いして、私自身はスクール事業の方に力を入れています。
――独立当初は、ご自身がネイルサロンの店舗に立たれていらっしゃったと。ネイリストとしてはどれくらいお仕事をされていたのですか?

会社員ネイリストとしては、11年ほど働いて経験を積んできました。
働き始めた当初は名古屋に住んでいて、転職を機に神奈川県に引っ越してきたんです。
そして独立して店を出すという話になった時も、横浜という場所を選びました。
――なぜ独立を考えたのでしょうか?

きっかけは夫の持病でした。
私たちは2015年に結婚。その後、夫が持病により、半年くらい仕事に行けない時期が生まれてしまったんです。

実はそれまで、独立なんて一度も考えたことがありませんでした(笑)。
ただ、夫が仕事ができなくなってしまった以上、私だけの収入で家族として生きていくのは非常に厳しいなと。
そこで独立をするか、ネイル以外のもっと稼げそうな仕事を探すか、ダブルワークをするか……など、いろいろ方法を考えたんです。
年齢的にも30代に差し掛かり、全く違う業界で、ゼロからまた新しく仕事を覚えていくのは難しいだろうなと。
それならいっそ、ネイリストとして独立してしまおうと思ったんです。
――経験のあるネイルでなら、仮に事業がうまくいかなかったとしても、また会社員に戻ることもできますよね。

はい、私もそう思っていました(笑)。
もし独立に失敗しても、ネイリストとしてこれまで培ってきた腕と経験はなくなるわけではありません。
その気になればまた会社員に戻れるでしょうし、完全に失業する訳ではないだろうなと。
そこで2018年に、自宅でネイルサロンを開業したんです。
「ネイルの技術力」と「集客力」は全くの別物?
――独立してみて、いかがでしたか?

ネイリストとしての経験は11年あったので、正直独立してからもなんとかなるだろう、と思っていたのですが……それは非常に甘い考えだったことを思い知らされました(笑)。
独立当初の私に足りなかったのは、マーケティングの考え方。
「ネイルの技術力」と「集客力」は、全くの別物という視点だったんです。
――非常に興味深い話です。「ネイルが上手ければ、お客さんに来ていただけるわけではない」と。

はい。「技術があれば、お客さんは後からついてきてくれる」という考え方は、私の場合は全く通用しませんでした。
当たり前の話ですが、私がゼロから自宅で開業したお店を、一体誰が知ってくださるのでしょうか。
まず、お客さまにお店を知っていただかなければ、自分の技術を提供する機会すらありません。
そういう視点を持たずに、会社員時代に私がネイルの仕事だけに集中できたのは、そうした集客の側面を、会社が代わりに引き受けてくれていたからだと、痛感しました。
――その課題をどのように乗り越えたのでしょうか?

マーケティングを勉強するためにコンサルを受け、そして教わったことは全て実践したんです。
具体的には、まず、どんなお客様(ペルソナ)に、どんなネイルを提供したいのかを、改めて明確化して、その目的に沿ったメニューや料金をもう一度見直しました。
私の運営するサロン「ルシェノン」では、派手なネイルではなく、手が綺麗に見えるようなシンプルで上品なネイルを提供しています。
HPやInstagramの投稿に関しても、「ルシェノン」で提供できる価値を全面に押し出しています。
ルシェノンHPより

表面がツルツルして、際まで綺麗な爪。
手が綺麗に見える写真を載せて、「お店に来ていただければ、この綺麗な爪を提供できます」というメッセージを発信するようにしました。
――お客さまにお店に行きたいと思っていただけるよう、お客さまの立場に立ってPRに力を入れるようになったと。

そうですね。
コンサルを初めて受けた時に「自分がお客さまの立場だったら、今のこのお店に来たいと思える?」と、コンサルタントの方に聞かれたことが衝撃的でした。
当時の私は自宅で開業していたのですが、そもそもよく考えれば、ネイルをするためにわざわざ人の「自宅」に行くって、結構心理的ハードルが高いですよね(笑)。
自宅開業が悪いことではないですが、お客さまからすると、見え方によっては、アウェイになりすぎてしまう。
だからこそ「こんな綺麗な爪になります」「料金はこれくらいかかります」などといった情報や、ネイリストとしての考え方やスタンスを、積極的に開示して、なるべくお客さまに知っていただけるよう努めました。
そうした取り組みの甲斐もあり、徐々にお客さまは増えていき、現在はネイルスクール事業にも着手しています。
独立・起業に興味があるのなら、たとえ小さくても挑戦してみてほしい
――佃さんのこれからの展望を教えてください。

ネイルスクール事業では現在、ネイルを学びたい人に向けて、私が講師を務めています。
これからは私以外の方が講師として、生徒さんに教えていけるように、仕組みを作っていきたいですね。
自分がいなくても事業が回っていけるよう、これからさらにカスタマイズしていきたいです。
――最後に、読者の方へメッセージをお願いいたします。

ネイルスクールの生徒さんにもお話していますが、独立・起業に興味がある方は、ぜひ一度、小さくてもいいのでチャレンジしてほしいと思います。
独立・起業を考える動機はさまざまです。
キャリアや会社に悩みがある人や、私のように生活のために収入を増やさないといけないなど、人によって抱えている状況は異なります。
当たり前な話ですが、まずは動き出してみないと始まりません。現状の問題を打破するには行動しかありません。
まずは自分にできることから、挑戦してみてはいかがでしょうか。
取材・文・撮影=内藤 祐介