「いざ開業!」と個人事業主になろうとしている方は、開業に向けてやる気に満ち満ちていることでしょう。
個人事業主になるには、もちろん勢いとタイミングも大切です。開業の一歩が踏み出せないことには何も始まりません。しかし、事前に考えておかなければならないこともあります。
まずは一旦落ち着いて、個人事業主が開業前と開業後にやらなければならないことを確認してみましょう。
1.自分の私生活を振り返る
実は一番、大切なのが私生活を振り返るということです。
「会社を辞めて個人事業主になる!」と決めたとしても、もし「すぐに子どもの学費が必要になる」「もうすぐ子どもが生まれる」なんてことがあったらどうでしょうか。届け出をすれば個人事業主になることはできます。しかし、始めた事業を継続することは本当に難しいものです。
なぜ難しいのかというと、私たちは「生活をしていかなければならないから」です。 熱意を持って、ずっとやりたかった事業を始めたとしても、生活が立ち行かなければ生きていけなくなってしまいます。もし始めた事業で稼げる利益が、必要な生活費を下回っていれば、事業を継続していくことは難しいでしょう。
そのため、まずは 「今の自分はどのような生活をしていて、どれくらいの生活費が必要なのか?」 「生活費を稼ぐためには開業し、どれくらいの期間で成果を出せるようにならないといけないのか?」 といったことを考えなければいけません。
場合によっては、個人事業主になって生活のレベルを下げることも選択肢となります。今までの生活水準を下げる覚悟があるか、どこまで下げられるのかも考えましょう。
また、できれば開業と同時に「住宅を買う」というような大きな買い物は避けた方が良いでしょう。
独立・開業は、事業がうまくいかないかもしれないというリスクを伴います。そこに、住宅購入というリスクまで背負うとなると、仕事と私生活の両面でリスクを抱えることになります。仕事が立ち行かなくなれば、住宅ローンも払えなくなり、負の連鎖が始まってしまいます。
仕事と私生活、両面で柔軟な対応をできるように準備をすることが重要です。
2.勤務形態について一考する
これまでの常識では、「独立・開業=会社は退職」を意味しました。しかし、最近では副業や複業を認める企業も多くあります。もちろん、社内規定などを確認する必要がありますが、場合によっては「個人事業主をしながら会社員でもある」という生き方も選べます。
会社員と個人事業主の二足のわらじを履くことは、収入面で大きなリスクヘッジとなります。万が一、個人事業主として始めた事業の収入が見込みより低くなった場合でも、会社員として一定の収入があるからです。会社員としての仕事に物足りなさを感じて独立・開業する人も多いですが、会社に所属していることは自由がないと感じられる反面、収入面で安定しているという場合が多いです。副業や複業を選択することで個人事業主としての自由と、会社員としての安定の両方の恩恵を受けることができるかもしれません。
一方で会社員として働く時間と、個人事業主として働く時間のバランスのとり方は、工夫をする必要があります。会社によっては副業に割く時間を制限しているところも多くあります。個人事業主としての仕事と会社員としての仕事、どちらかをないがしろにして両方を失う、ということのないように、開業前から考えておきましょう。
3.退職をするなら退職の手続きを
会社員を辞め、個人事業主一本でやっていくと決めたのであれば、退職の手続きをしなくてはいけません。
まず、退職する年の年始から退職日までの「給与所得の源泉徴収票」の手配、退職金があるなら「退職所得の源泉徴収票」も手配します。さらに、「退職所得の受給に関する申告」といった手続きも必要ですので、会社側に必要な資料を確認しましょう。
また、社会保険関係についても確認が必要です。勤務先が社会保険に加入しているのであれば、脱退手続きが必要です。
配偶者などが社会保険に加入していれば、退職後は配偶者の被扶養者になるという選択肢もありますが、退職後に即起業する場合、配偶者の被扶養者になれないという保険組合もあるので気を付けましょう。
社会保険を脱退し、配偶者の被扶養者にならないのであれば、居住地の役所に行き国民健康保険・国民年金の加入手続きをしなければなりません。
その他の手段として、健康保険に関しては、会社の社会保険を任意継続するという手段もあります。
国民保険か社会保険の任意継続かの有利不利の判定は一般の人では難しいので、会社の担当者に相談をするのが良いでしょう。
そのほか、会社によっては任意で用意された保険契約等の福利厚生で利用しているものがあれば、解約等の処理を行います。
また、こういった手続きの他に注意しておきたいのが退職する会社との関係です。同業種で独立しようとしているのであれば、退職した会社と関わる必要が出てくる可能性もあります。退職時に悪い印象を残してしまうと、今後の仕事に影響が出てしまうかもしれません。退職した後も関わる可能性がある会社なのであれば、しっかりと手続きをとり、円満退社ができるようにしましょう。
円満に退職するには、会社に退職意思を早めに伝えておくことと、業務の引き継ぎをしっかりと行うことが必要になります。退職日をすり合わせ、引き継ぎもスケジュールを立てて行っていきましょう。
また、起業の準備も並行して行っていく場合もあるので、自分自身で独立・開業までのスケジュールをしっかりと見定め、設定していくようにしましょう。
個人事業主が開業後にやること
開業前の準備を一通り終えたら、各所に届け出を出したり、事業を営む体制を整えたりする必要があります。具体的にどういったことをすれば良いのか、説明します。
【個人事業主が開業後にやること】
1.税務署への各種届出書を提出する
2.従業員を雇うなら労働保険の手続きを
3.事業用の預金口座を準備する
4.経理処理の体制を構築する
(1)税務署への各種届出書を提出する
個人事業の開業は、法人と異なり非常に簡単です。税務署に下記の書類を提出します。
1)個人事業の開業・廃業等届出書
2)所得税の青色申告承認申請書
3)その他の書類
1)個人事業の開業・廃業等届出書
「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)は、開業1ヵ月以内に、管轄する税務署へ提出をします。提出し忘れても罰則はありませんが、開業届を提出しないとこの後にご紹介する青色申告もできなくなってしまうので、しっかりと提出しましょう。
開業届には、開業日、屋号、マイナンバー、そして事業内容など必要事項を入力し作成します。マイナンバー確認のため、顔写真付きのマイナンバーカードが必要ですが、マイナンバーカードがなければ、マイナンバー通知と顔写真入りの本人確認書類での確認となります。
開業届出書は、国税庁のWebページよりダウンロード可能です。
2)所得税の青色申告承認申請書
開業届と一緒に提出したいのが、所得税の青色申告承認申請書です。開業の際には、事業開始日から2ヵ月以内、もしくは確定申告をしようとする年の3月15日までに提出しましょう。期限を過ぎてしまうとその年の青色申告はできません。青色申告できるのが翌年からになってしまうので、開業後は忙しいとは思いますが、期限を把握しておきましょう。
青色申告か白色申告かで迷うこともあると思いますが、青色申告承認申請を出すことで、税制面でさまざまなメリットを受けられます。特別な事情がない限り、提出しておくことをおすすめします。
従業員がいる場合はその他の提出書類も
個人事業主は1人で事業を始めることが多いと思いますが、従業員を雇うのであれば、手続きが必要になります。従業員の雇用や見込まれる所得の状況に応じて“給与支払事務所の開設届出書”、“源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書”、“減価償却資産の償却方法の届出書”といった書類を税務署に提出する必要があります。
まとめると、個人事業主が従業員を雇用するために必要な手続きは、
・労働条件の通知
・労働保険の手続き
・社会保険の手続き
・税務署への届け出
・源泉徴収票の準備
などが挙げられます。
それぞれ手続きがありますので、しっかりと行いましょう。
また、親族を従業員として雇用したい場合にも、税務署に“青色事業専従者給与に関する届出書”の提出をしなければなりません。家族への給与が事業専従者控除として経費に計上できるので、検討してみるのもいいでしょう。
人手が足りずに諦めている仕事があるのであれば、従業員を雇うことで、事業を拡大していく足掛かりになるでしょう。1人でやることだけに拘らず、柔軟に考えていきましょう。また、従業員を増やしていく場合は、会社設立を検討する必要も出てきます。設立に費用がかかったり、赤字でも税金の支払いが発生したりするため、慎重に考えましょう。
また、各届出には厳密な提出期限があります。開業後、時間が経ってからでは効果がない届出もありますので、注意しましょう。
これらの資料について、提出の必要有無や有利不利の判定は、自分で行わなくてはいけません。ただし、その判断はかなり難しく、提出漏れや適用誤りのため自分に不利な状況を引き起こしている方も少なくありません。心配であれば、最寄りの税務署で相談をするか、開業手続きの前に税理士へ相談することをおすすめします。
「[手続名]給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出」(国税庁)
「[手続名]源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請」(国税庁)
(2)従業員を雇うなら労働保険の手続きを
先にも述べましたが、パート、アルバイトに関わらず、一定時間以上勤務する従業員がいるならば、労働保険の手続きが必要になります。
1人でも従業員を雇用すれば、労働保険料の負担は必須の義務です。 5人以上雇用する場合は、社会保険料を半額負担する必要があります。従業員が5人未満の場合であっても、従業員の半分以上の同意があれば、任意で従業員の健康保険に加入可能です。
手続きをする場所は労働基準監督署や職業安定所です。
詳細が分からない場合には、やはりそれぞれの役所に行って質問するか、社会保険労務士に相談する方法もあるので確認しましょう。
(3)事業用の預金口座を準備する
小さなことですが、事業用の預金口座を持つことが実務上は大変意味があります。
個人事業の場合、どうしても私生活と事業におけるお金の流れが混在してしまいます。
それらをできる限り混ざらないようにするため、事業用の預金口座を別に用意することを強くおすすめします。
(4)経理処理の体制を構築する
上述した預金口座の準備もその一環ですが、最初から「きちんとした経理処理の体制を構築すること」は健全な事業経営には必要不可欠です。
残念ながら、多くの個人事業主が確定申告をする時期になって慌てて経理処理を行っています。会社員時代とは違い、自分で収入・支出を管理し、所得税のための申告を行わなくてはいけません。開業した忙しさにかまけて、経理処理を怠るようなことがないようにしましょう。
確定申告のためだけではなく、適宜・適切に経理処理を進めることは“事業の現状把握”、“今後の経営方針の確認”をするために必要不可欠なものです。自分の事業が今どうなっているのか、今後どうしていけばいいのかというのを把握するためにも経費処理はこまめに行いましょう。
また、そういった経費に関する資料をきちんと処理をしていないと“融資を受けたい”、“法人成りについて検討したい”といった事業上の転換時に大きくつまずいてしまいます。最近では便利な経理ソフトも手軽に使えるようになってきたので、それを使って自分で処理をすることも可能です。
依頼する・しないは別として、一度、税理士に相談してみるのも良いでしょう。もちろん、自分で知識を付けることも重要ですが、その道のプロにはかないません。勉強させてもらいましょう。
この他、実際の事業運営ではさまざまな作業が必要です。もちろん、事業を展開していくための営業活動や計画・企画の立案も不可欠です。多方面にわたる作業を円滑に進めるためには、相当額の資金も用意しなければなりません。
その意味でも、最初に確認した“私生活と仕事のバランス”は本当に重要です。
今まで会社が行っていたことも自分でやっていく必要があります。有限な時間をどのように使っていけるか、自分の力をどこまで発揮していけるかは、私生活とのバランスにかかっています。勢いだけではなく、ときにはゆっくり考える時間をとりましょう。
まとめ
個人事業主として開業するには、「私生活と仕事のバランス」も考えて、勢いだけでなく慎重な判断をすることが重要です。
副業や複業の選択肢も検討し、それでも会社を退職するならば、手続き、引き継ぎなどをしっかり行い、円満な退職を心がけましょう。
また、開業するにあたって、必要な手続きは何か、必要な書類の提出期限を確認するなど、スケジュールをしっかりと把握しましょう。
さらに、従業員を雇用するのであれば、事前に準備をしっかりとしましょう。経理処理の体制を最初から整えておくことも大切です。
色々と挙げてきましたがこれは一部です。他に考えるべきことも出てくると思います。考えに迷ったら、「なぜ開業したいのか」「自分がしたいことは何か」という最初の考えに立ち戻り、思い描く個人事業主としての事業を進めていってください。
<文/ちはる>