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起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。 (さらに…)
近年、政府が推し進める「働き方改革」達成の有効的な手段として話題の、複業(副業)。 今働いている会社に在籍しながらも、就業前後や休日を使って、新たに会社とは別の仕事を始める方も増えています。 今回お話を伺ったのは、柳谷智宣さん。 柳谷さんは20代から手に職をつけようと、ライターとしてのキャリアを積む一方、都内に4店舗構える飲食店「原価BAR」の経営者としての顔も持っています。 さらに、海底熟成ウイスキー販売、飲食店人材育成サービス、NPOでの活動など、合計5足のわらじを履いているのです。 なぜ、柳谷さんは数多くの事業をされているのでしょうか? 今回は、柳谷さんのキャリアを振り返るとともに、複業(副業)で稼ぐためのポイントについて、教えていただきました。
<プロフィール> 柳谷智宣さん ライター・編集者/株式会社ハイテンション・共同創業者 ITやビジネスといったカテゴリーで執筆しているライター。キャリアは20年目。 雑誌やムック、単行本、新聞といった紙媒体から、Web記事、メールマガジン、プレスリリースなども手掛ける。 現在は、執筆だけでなく、企画提案から編集までを行う。 2011年に株式会社ハイテンションを起業し、専務取締役に就任。「原価BAR」の1号店を五反田に出店。 ライター/「原価BAR」の経営の他に、飲食店人材育成サービス・株式会社レベリング、海底熟成ウィスキー販売を扱う・株式会社トゥールビヨン、高齢者のデジタルリテラシー向上を支援する団体・「DLIS(ドリス)」を立ち上げるなど、その活動領域は多岐に亘る。

手に職をつけて、ストック型ビジネスを実践。柳谷さんがライターという職を選んだ理由

―現在に至るまでの経緯を教えてください。
柳谷さん 20代前半はふらふらしていたのですが、それでも食えるだけの生計は立てられていたので、特に生活に困っていませんでした。 しかし、20代も後半となり、そろそろ何かしら手に職をつけて、一生続けていける職業を探そうと思ったんです。
―そこで選んだ職業が、ライター業だったのですね。
柳谷さん そうです。 自分が「どんな職業でならがんばれるかな?」と考えてみたところ、消去法でクリエイターになるしかないと思ったんです。
―なぜでしょう?
柳谷さん もともと文字を書くことが好きだったこと、手に職をつけて実力の世界で勝負してみたいと思ったからです。 とはいえ、どうやってライターになったらいいのかはまったく知りません。 そこで編集プロダクションの求人に応募し、業務委託としてジョインしてライターとしてのキャリアをスタートさせました。
―始めてみていかがでしたか?
柳谷さん 文章を書くことは好きだったので、苦ではありませんでしたが、当然仕事としては未経験だったため、最初はとにかく必死でしたね。 そして入社して3ヶ月ほど経った時に、転機が訪れました。 IT系週刊誌の雄、「週刊アスキー」(http://weekly.ascii.jp/)の6ページ分の特集に挑戦してみないかと、上司から声をかけられたんです。 まだキャリアも短く、右も左も分からないままでしたが、いろいろとアドバイスを受け、書き上げました。 何日も徹夜して苦労しましたが、それでもなんとか無事出版され、雑誌に載っている自分の名前を見て、衝撃を覚えました。
―苦労して作り上げたものが世に出るのを見ると、感動しますよね。
柳谷さん そうなんです。 あの衝撃は今でも忘れられないくらいのものでした。その成功体験があったからこそ、20年間ライター・編集者としての腕を磨いてこれたんです。
―その後ライター・編集者としてどのようなお仕事をされたのでしょう?
柳谷さん 記事作りから雑用まで、基本的に任された仕事は全て行ってきましたね。 当時はインターネットの黎明期だったので、Webサイトやフリーソフトなどに関する内容を中心とした特集を多く扱っていました。 仕事をしていく内に、自然とインターネットに関する知見が身についていたこと、たまたま編集プロダクションで働いていたことから、単行本を出させていただくチャンスもいただきました。
―まさに先程おっしゃっていた、ライターとして「手に職をつける」形になったのですね。
柳谷さん 当時はどの仕事もかなり大変でしたけどね(笑)。 「手に職をつける」とはすなわち、ストック型のビジネスです。 例えば有名企業に就職して、その中でトッププレイヤーになったとしても、その会社内じゃないと、その人がどれくらいすごいのかって、なかなか伝わらないですよね? それよりも「本屋に行けば、僕の本が5冊置いてあります」みたいな方が、手っ取り早く自分がどんな仕事をしているのかをアピールできると思ったんです。 (もちろん、今の時代なら前者の人でもメディアやインターネット、SNSを通じてアピールできますが) 僕の時代は、なかなか自分で発信できるものがなかったので、ストック型ビジネスとなるライターという職業はまさに僕の理想にピッタリだったんです。

原価の秘密は「入場料」にあり! 3方良しのビジネスモデル

―前職での実績が、会社をやめられてからも「ITライター・柳谷智宣」として活躍される布石になったわけですね。「原価BAR」を出店することになった経緯を教えてください。
柳谷さん もともとお酒がとても好きだったことから「質がよくておいしいお酒を、安価で飲めるお店」をずっと探してきました。 僕は普段から本当にたくさんのお酒を飲むので、少しいいお酒を飲むと、1人で会計が数万円になってしまうこともザラにあります。 かといって飲み放題のお店に行くと、安かろう悪かろうなお酒が出てくるケースが多く、悩んでいたんですよね。
―そこで思いついたのが、「原価BAR」の構想だったんですね。
柳谷さん そうですね。 2007年頃から自分でお店を持ちたいと思いはじめて、現場に立ってくれる相棒を探していました。 その後、通っていたバーのマスターと意気投合して、彼を代表として株式会社ハイテンションを起業。 バーのマスターと合同出資(一部銀行から借入)という形で、「原価BAR」1号店を五反田にオープンさせました。
(原価BAR・五反田店) ―なぜ相棒が必要だったのですか?
柳谷さん 僕はお酒は好きですし、お店も持ちたいと思っていましたが、自分がマスターとして現場に立つことは考えていなかったんです。 ライターの仕事は今後も続けていこうと考えていたので。 起業とともにお世話になっていた会社を退職し、フリーライターと「原価BAR」の経営者、2足のわらじを履き始めました。
―「原価BAR」のビジネスモデルについて教えてください。
柳谷さん 先程お話した通り「質がよくておいしいお酒を、安価で飲めるお店」を作ることをコンセプトとしていました。 酒の質だけを求めるとどうしても高価になってしまいますし、安価だけを求めると酒の質を下げる、ないしは卸業者に無理な交渉をせざるを得ません。 そこで思いついたのが、入場料制というシステムです。
―入場料制とは?
柳谷さん 入店する段階でお客さまからお金をいただき(1,600円〜)、お酒やフードは全て原価で提供する、という仕組みです。 このシステムを使うと、お酒は原価のみお支払いいただくので比較的安価で飲めますし、入場料でお金をいただいているので、場所代や人件費もきちんと回収できるというわけです。 お客さまもお店も卸業者も、3方良しのビジネスモデルと言えます。
―1号店を出店してから、業績はいかがでしょうか?
柳谷さん 五反田店は開店後、すぐに大行列となり人気を博しました。 その後すぐにその上のフロアも借りて、五反田2号店をオープン。その翌年に赤坂、銀座、ウランバートルと、着実に店舗を増やしています。

アウトプットに対する責任を持つこと。複業をする際に心がけるべきポイント

―先程柳谷さんは、ライターの仕事をされながら、「原価BAR」の経営の2足のわらじを履かれているとおっしゃいました。どのように両立されているのでしょう?
柳谷さん ライターの仕事の比率が多く、「原価BAR」の事業は、現代表と現場のスタッフたちが回しているので、今はあえて深くコミットしていません。 もちろん、「原価BAR」を立ち上げる時はかなり時間も労力も費やしましたし、今でも経営には参画していますが。 「質がよくておいしいお酒を、安価で飲めるお店」を作ることは僕の悲願だったので、今後は店舗数を少しずつでも増やして、成長させていきたいですね。
―ほかにも事業を起こされているとお聞きしましたが…?
柳谷さん はい。ほかには大きく3つの事業を起こしています。 1つ目は、海底で熟成したウイスキーの制作・販売事業。 ウイスキーを海底で熟成させると、よりおいしくなるんですよ。その製造は前から行っていたので、それを流通させる事業を行っています。 2つ目は、ITライターとして培ってきたの知見を活かして、IT企業を起業しました。 内容は、ITに関するリテラシーが低い人へ向けた、ゲームを応用したEラーニングを作る事業です。「原価BAR」などの飲食店で働くスタッフへの社員教育に、利用しています。 3つ目は、デジタルリテラシーの低い高齢者を狙った犯罪を防ぐための活動を、NPO法人として立ち上げています。 いずれも「ITライター」としてのスキルや「お酒」といった趣味がこうじて、始めたものばかりですね。
―立ち上げるのは大変だったのではないですか?
柳谷さん それなりには大変でしたけど、起業に関しては1度「原価BAR」を作る際に会社を立ち上げていたので、手続きにそこまで手間取ることはありませんでした。 もちろん立ち上げ期から落ち着いてからも、ライターを中心とした別の仕事も並行して行っているので、限られた時間・リソースの中で仕事をするのは大変ですけどね。
―そこまで数多くの事業を回すためのモチベーションはどこにあるのでしょう?
柳谷さん 全ての事業が自分の得意な領域の仕事であり、何より好きだからだと思います。 複業として仕事を始めると、どうしてもどっちつかずになって言い訳をしてしまいがちになります。 「本業で稼げているから、2つ目(もしくはそれ以降)の複業では赤字を出さない程度に稼げていればいい」。そういった意識でいると、自然と時間にも成果にもこだわらなくなってしまう。
―だからこそ、得意な領域であり、好きな仕事を複業として選ぶべき、ということですね?
柳谷さん そうですね。 その複業を趣味としてではなく、事業として、ビジネスとして始めるなら、プロとして仕事をするべきだと思います。 お客さまからお金をいただいているのですから。 アウトプットに対する責任をきちんと果たしつつ、仕事を楽しむことができれば、2つと言わずに3つ4つと、複業できるようになると思います。
―これから複業(ないしは副業)を始めようとする方にとって、とても重要な心構えですね。最後に読者の方へ、メッセージはありますか?
柳谷さん きちんとお客さまからお金をいただくシステムを作れば、自分もしっかり仕事をしなきゃいけないなと背筋が伸びます。 中途半端に「儲からなくてもいいや」と思うのではなく、まずはきちんとお金を稼ぐという認識を持つことはとても大切だと思います。 そして、本業がある中で仕事を始めるなら、必然的に時間の制約が厳しくなります。 その制約の中で仕事をずっと続けていくためには、やはり自分の好きなことじゃないと続かないと思っています。 自分の得意な領域、好きな仕事をきちんとよく見定めて、複業に挑戦してみると良いのではないでしょうか。
脱サラして独立・起業をする際は、できるだけ息の長い職業を選びたいもの。 しかし、昨今ではAIやテクノロジーの発達で将来的に消滅する職業が予想されるなど、職の興亡はさらに激しくなることが予想される。 実は、このような職業の入れ替わりは、歴史上何度も繰り返されてきたことだった。 今回は、明治・大正・昭和の1300の職業と詳細を綴った「近代日本職業辞典(松田良一著・柏書房)」から今は存在しない職業を紹介し、現代でも活かせる仕事のアイデアを提供したい。 日用品を修理する「鋳掛屋(いかけや)」や、季節ものの商売「お宝売り(おたからうり)」など、時代とともになくなってはいるものの、そのビジネスの本質は現代の商売に通じるものがあった。 時代は変わっても商いは人が行うもの。本や映画の古典を今でも楽しめるように、人の本質はそうそう変わるものではない。過去に存在した職業とそのエッセンスから、独立・起業のヒントを得ることができるだろう。

【修理】 エコ志向の今だから流行るかも? 「鋳掛屋(いかけや)」

リサイクルやリユースが当たり前になった昨今、職業として再び成り立つのでは? と思わせるのが鋳掛屋。 この職業は江戸時代から大正時代にかけて、町を回り、穴の開いた鍋や釜などを修理して回った職人だ。 今でこそ100円ショップで鍋が買える時代だが、江戸時代から大正時代にかけて鍋や釜はひとつひとつ手で作られ、日常的に使う煮炊きの道具だったので値が張るものだった。 「月夜に釜を抜かれる(明るい月夜に泥棒に釜を盗まれる、転じてひどく油断する意味)」ということわざがあったくらいなので、中古品でも売れば高い値が付いたのだろう。 このように高価な鍋や釜はおいそれと買い換えるわけにもいかず、修理をしながら大切に使われた。 鋳掛屋は路上で修理を行いながら、修理用の“ふいご”や“コテ”を道具箱に入れ、家から家に歩いて回ったという。 現代では、日頃よく使うものを修理する職の代表格として、スマホ修理屋がある。 割れた画面や液晶の修理は、おそらく誰もが1度は依頼したことがあるのではないだろうか。 このほか、出張自転車修理屋では、お店が閉まった深夜でも電話1本で駆けつけてくれ、パンクしたチューブなどを修理してくれるところもあるそう。 日用品を売るのではなく、修理する仕事はいつの時代も必要とされるのだろう。

【財産保護】江戸時代の簡易倉庫職人「穴蔵屋(あなぐらや)」

「穴蔵屋」とは、穴掘りを仕事にする職業である。 穴掘りが仕事になる、と聞くと少し奇妙に思わないだろうか? しかし、江戸時代から明治時代にかけて、穴掘りが仕事になった時期があったのだ。 穴蔵屋が手がけたのは、穴蔵と呼ばれる地下倉庫。 これは商人が財産となる金銀を蓄えるために作られた簡易倉庫で、火事に強く、蔵を建てるよりも安く建てられたため、商人を中心に一定の需要があったという。 なぜこの職業に需要があったのかというと、江戸に火事が頻発したからだ。 「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたように、建物が密集し、乾燥した気候の江戸では、大火事がよく起こった。 江戸時代には合計100あまりの大火が起き、2〜3年に一度、町を焼き尽くすような大火事が起きたという。 このように、自らの財産を守る商品はいつの時代でも高い需要がある。 東日本大震災以降、災害に対する自衛に注目が集まっている。 非常時に使う防災用品の販売や安否の確認サービスは多くの人が必要とするものではないだろうか。

【人材紹介】江戸時代の職業案内所「請宿(うけやど)」

現代では職を求める際に、求人サイトや転職エージェントなど様々な窓口が選べるが、明治から昭和にかけて人々はどのように就職先を求めていたのだろうか? その窓口となっていたのが請宿だ。今でいうところの、職業案内所に近いと言っていいだろう。 請宿は、商家や武家の奉公人や下男・下女(雇い先に住み込みで働く男性や女性)などの仕事を、人々に紹介していた。 知り合いの口利きで仕事にありつくことも多かった当時は、このような職業案内所は重宝され、様々な人が請宿の敷居をまたいだという。 現代では公共の職安をはじめ、インターネットを見れば求職情報はよりどりみどり。 自分の余った時間を切り売りできるネットサービスも登場しているので、仕事に困ることは少ない。 仕事を求める人は多くても、個人では少し行いづらい仕事かもしれない。

【季節イベント】季節限定の縁起物商人、「お宝売り(おたからうり)」

お守りや酉の市の熊手などが飛ぶように売れていく様子を見ると、古くから人は、ついつい縁起物を買ってしまうものだと感じてしまう。 お宝売りとは、江戸時代から明治期にかけて繁盛した商売で、正月2日の夕方頃に「お宝〜、お宝〜」と声をあげて宝船が描かれた絵を売り歩いていたそうだ。 正月の夢は初夢と言って、1年の運勢を占う機会になっていた。 初夢で縁起のいい夢が見られるようにと、人々はお宝売りから宝船の絵を買い、枕の下に敷いていたそうだ。 これらの絵は、商家がお得意さまに新年の挨拶代わりに配ることもあり、とても人気があったという。 季節ものということもあり、稼げる時期が限られているが、東京ではクリスマス限定で出張サンタ「東京サンタクル」というサービスが提供されている。 ハロウィンなら衣装の貸し出しサービスや出張おばけ、お正月ならレンタルの門松貸し出しサービスなど、アイデア次第で季節のイベントはビジネスチャンスになるだろう。

【自分だけが持ち得るスキル】活動写真時代に活躍した「映画弁士(えいがべんし)」

3D映画が当たり前のように見られるようになり、最近ではにおいや振動まで体験できる4Dも登場した映画だが、登場した当初は映像だけが流されていたことをご存じだろうか? 映画弁士は、「活動写真」と呼ばれた音声のない映画(映像)に、声や効果音をあてた仕事だ。 弁士は映画の登場人物のセリフだけでなく、筋書きの説明などもこなし、最盛期は複数の弁士がそれぞれの登場人物のセリフを受け持っていた。 映写技術の発達でこの仕事は激減したが、今でも弁士の技術を持つ人がいて、無声映画に声を当てるイベントなどで活躍しているという。 SNSが一般的になった現代において、特殊なスキルは注目されやすい。 最盛期の弁士ように、大きな需要はないかもしれないが、自ら固有のスキルを持っていれば珍しがられてイベントなどで活躍できるだろう。 自分だけのスキルは、どんどんアピールしていきたいところだ。

時代や職種が変わっても、商いの基本は同じ

仕事は日々の糧を得るだけでなく、それを通して地域や社会と繋がるためにある。 もしお金のなる木が手元にあって、金銭的に困らなくても、仕事がなければきっと毎日は退屈になってしまうに違いない。 ご紹介したように、今は存在しない仕事の中には「日用品を修理する」「防災意識に働きかける」「季節のイベントにまつわる品を売る」など、商いのエッセンスが詰まっていた。 時代が変わり職種がなくなっても、根本的なコツをつかめば現代に応用できることも多い。 独立・起業を考える上で役立つのではないだろうか。 とはいえ、好きな仕事はなるべく長く続けたい。成功例や失敗談など情報をできるだけ多く集めて、順風満帆な事業にしていきたいものだ。
取材・文 鈴木雅矩(すずきがく) ライター・暮らしの編集者。1986年静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸横断旅行に出かける。 帰国後はライター・編集者として活動中。著書に「京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)」。おいしい料理とビールをこよなく愛しています。
仕事が片づかずにあれもこれも溜まってしまう…。 独立・起業を考えている方だけでなく、多くのビジネスパーソンが抱えている悩みだと思います。 今回、心理学者の内藤先生に伺ったのは、仕事を「すぐやる」ようにするためのメソッドです。 人はなぜ「すぐやる」ことができないのか。そしてどうしたら「すぐやる」ようにできるのか。心理学の知見から解説いただきます。

アナタが「すぐやらない」理由は、怖いから? 「リスク認知」を乗り越えろ!

人が行動できない理由は「その行動に対して、リスクを感じている」から、だと言われています。 この現象を心理学では「リスク認知」と言います。この「リスク」という言葉を言い換えると、怖い、恐怖、不安といった感情のことになります。 ある行動に対して、そういった感情が根底にあると、人間はなかなか行動しづらいのです。 例えば「男性が女性に対して声をかける」という行動についてお話しましょう。 女性と話すことが苦手な人は「何か変なことを言ってしまわないか」「嫌われたらどうしよう」といろいろ考えてしまい、結果的に「女性に対して声をかける」という行動のハードルが高くなってしまいます。 一方で、そもそも女性と話すことが苦手ではなく、得意な人はそんなリスクは考えず(もしくは苦手な人と比べてリスクを感じづらく)、難なく「女性に対して声をかける」という行動を取ります。 今回のテーマである「すぐやる」人、つまり仕事を意欲的にこなそうとする人というのは、仕事に対する「リスク認知」が低い人であるということが、言えるのです。 自分が仕事に対してどれだけ「リスク」を感じているかで、自分がすぐにやれる人かどうかが分かるでしょう。

魅力的なリーダーは、「リスク認知」を感じていない

ここで1つ、データをお話しましょう。 カリフォルニア州立大学のケビン・グローブスは、64の企業の108人のリーダー(もしくはマネジャー)と、そのリーダーの直属の部下325人を対象に、2つの調査を行いました。 1つは、直属の部下たちに、自分のリーダーは「カリスマ的であるか」「仕事に対して意欲的に挑戦しているか」といった質問の回答を得点化し、数値化しました。 一方、リーダーたちに対しては、仕事における「リスク認知」をどれだけ感じているか、新規のプロジェクトや案件に対して、どれくらいの「リスク認知」をするのかといった質問の回答を得点化し、数値化しました。 この2つの調査で出た得点には相関が見られ、すなわち「リスク認知を感じていないリーダーほど、部下から魅力度が高いリーダーであった」という結果になりました。 本来「リーダーシップ」とは、チームを率いるという意味だけでなく、「率先して行動できる人」という意味もあります。 そういう意味でも、「リスク認知」が低く率先して行動できる人が魅力的なリーダーであると言う結論は、納得できます。

新しいことに挑戦して、「リスク認知」を低下させる!

ここまでお話してきたように、「すぐやる人」になるためには、仕事に対する「リスク認知」を低くする、必要があります。 ではどうしたら「リスク認知」を減らせるのでしょうか? 人間は、自分にとって経験のない、初めての出来事に対して特に「リスク認知」を感じやすいと言われています。 だからこそ仕事以外で、自分が挑戦したことのないことを見つけて、1つずつ挑戦してみる、というやり方をおすすめします。 仕事と直接関係のない、遊びや習い事でも「新しいことに挑戦する」という経験こそが、大切なのです。 これまでバンジージャンプを飛んだことがないなら、バンジージャンプでもいいですし、新しい外国語の勉強でも、何でも構いません。 その経験が多ければ多いほど、自分の中で新しい出来事に対する「リスク認知」が下がっていきます。 ここで留意していただきたいのは、肝心なのは「挑戦する」ことであって「上手くやる」必要はない、ということです。 上手くやろうとすると、多かれ少なかれ理想と現実の間のギャップに苦しむことになり、結果的にせっかく挑戦しても、途中で辞めてしまったり、モチベーションが下がることになりかねません。 「新しいことに挑戦する」。そしてその挑戦を楽しむ、という習慣が仕事における「リスク認知」の低下につながるのではないかと、私は思います。 新学期、新年度がスタートする、この4月。「すぐやる」を身につけるためにも、新しいことに挑戦しては、いかがですか?
【独立に役立つ心理学シリーズ:バックナンバーはコチラから!】 麻雀で経営を学んだ? 有名経営者から学ぶ勝負の仕方【独立に役立つ心理学・第8弾】 https://entrenet.jp/magazine/12957/
プロフィール:内藤誼人(ないとう よしひと) 心理学者。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。 大学院在学中より専門の心理学を活かした執筆活動を開始し、卒業後に有限会社アンギルドを設立。 ビジネス心理学を実践的に応用するアドバイスには定評がある。 新刊に、「心の闇」をパワーに変える心理術(すばる舎) 「人前で緊張しない人はウラで「ズルいこと」やっていた」(大和書房)など。 講演会・セミナーの依頼は、システムブレーンまで。 システムブレーン(講演・セミナー情報問い合わせ先) http://www.sbrain.co.jp/
日本の伝統的な文化である、日本舞踊。 古くからある「舞」や「踊り」を合わせたものであり、近年では国際化に伴い、諸外国で「Nihonbuyo」とも呼ばれています。 今回お話を伺ったのは、花ノ本以津輝(はなのもと・いづき)さん。 花ノ本さんは、日本舞踊を教える「花ノ本流」の師範でありながら、日本舞踊や殺陣(たて)といった表現者を擁する和洋折衷バンド「破天航路(はてんこうろ)」のメンバーとしても活躍されています。 そして、よりバンドに力を入れるために、2017年10月に起業。株式会社WISTERIENCEの取締役としてもキャリアをスタートさせました。 日本舞踊家であった花ノ本さんは、なぜ「破天航路」を結成し、起業に至ったのか。 そこには「日本の文化の素晴らしさをもっと身近にしたい」という熱い想いがありました。
<プロフィール> 花ノ本 以津輝(はなのもと・いづき) (表紙写真・1番左) 日本舞踊 花ノ本流師範/公益社団法人 日本舞踊協会会員 株式会社WISTERIENCE取締役・「破天航路」日本舞踊担当 2歳より伯母である師匠の元で日本舞踊を始め、4歳で初舞台を踏む。 幼少よりピアノ・電子オルガン・太鼓・篠笛・三線などの楽器、 声楽、ジャズダンス等を学びながら育ち17歳で花ノ本流師範となる。 桐朋芸術短大芸術科演劇専攻ミュージカルクラスに入学し、様々なジャンルの音楽や演劇・ダンスの基礎を学び、市川亀治郎丈(現・猿之助丈)主催、2010年 第8回亀治郎の会「上州土産百両首」にて女優デビュー。 現在、日本舞踊家として国立劇場等で行われる舞台に出演、またTVやワークショップなどで指導にあたる他、日本の伝統文化を国内外に発信するため、様々なジャンルの音楽や表現とのコラボレーションを積極的に行っている。 2016年には、ギター×バイオリン×日本舞踊×殺陣×ダンスといったメンバーを擁するバンド「破天航路」を立ち上げ、国内外問わず活動を展開。 2017年7月にはフランス・パリで行われた「JAPAN EXPO in Paris 2017」に於いてスタンディングオベーションの大喝采を浴びる。

「やる人」も「見る人」も減っている日本舞踊をなんとかしたい。和洋折衷バンド「破天航路」が結成されるまで

―日本舞踊家である以津輝さん。以津輝さんのキャリアから教えてください。
以津輝さん 私は幼い頃より日本舞踊に触れて育ってきました。 「花ノ本流幹部師範」である伯母・寿以知のもとで2歳から稽古を始め、4歳の時には初めて舞台に立ちました。 その後、日本舞踊をやりながらも演劇や歌など、自分が興味を持ったことは一通り経験してきました。 そして高校生の時に、蜷川幸雄さん演出の、シェイクスピア作品を歌舞伎にアレンジした舞台に衝撃を覚えたんです。
―どういったところに衝撃を覚えたのですか?
以津輝さん とにかく自由だったんです。 舞台全面を鏡張りにするなど、歌舞伎を初めて見る方も惹きつける演出と分かりやすさ、そしてきちんと歌舞伎の要素もある。 日本舞踊や歌舞伎など、なじみのない方からすると「分かりにくさ」というのはとても大きな壁なんです。 そこに漠然とした課題を感じていた時に、その舞台を見たのでとても驚きました。 そして、日本の伝統文化もやり方次第で、まだまだ新しいファンを獲得するチャンスがあるな、と思ったんです。
―やはり日本舞踊や歌舞伎の世界において、新規ファンの獲得は難しいのでしょうか?
以津輝さん そうですね…。 伝統芸能を教える人も教わりたい人も徐々に減っているので「やる側」の人が少なくなっている上に、先程お話した「分かりにくさ」に加え、「敷居の高さ」も相まって「見る側」の人も少なくなっています。 私は日本舞踊だけでなく、いろいろなものを経験してきましたが、やはり日本舞踊にルーツがあるので、この現状をなんとかしたい、といつしか思うようになったのです。
―その問いの答えとして行きついたのが「破天航路」だったのですね?
以津輝さん そうなります。 以前「レディー・ガガ」の曲のダンスを、日本舞踊でアレンジして踊ったことがあり、その時に周りの人から称賛されたことがありました。 そこで、今風の音楽に日本舞踊などといった要素を融合させれば、敷居の高さを感じさせず、もっと身近に年齢層の幅も広いお客さまたちに、受け入れてもらえるのでは? と思ったんです。 そんなことを自分の知り合いに話していたら、私と同じように「日本の文化をもっといろんな人に知ってほしい」と思っている方を何人か紹介され、志が同じ仲間が、9人揃いました。 そして、バンド×日本舞踊・殺陣・ダンスといった異色の和洋折衷バンド「破天航路」が自然に結成されたのです。

一過性ではなく継続して「和文化の良さ」を広めるために選んだ、起業という選択肢

―「破天航路」について教えてください。
以津輝さん 「破天航路」は、ギター・ベース・ドラム・バイオリンといった洋楽器を担当するメンバーと、日本舞踊や殺陣、ダンスといった動きを担当するメンバーとで成り立っているバンドです。 「和文化を正しく踏襲した上で新しいモノを創る」というコンセプトのもと、メタルといった斬新な切り口で、古典的な『和』を表現しています。 ダンス、日本舞踊、殺陣パフォーマンスを演奏中に繰り広げるので、聞いても楽しい、見ても楽しい舞台となっています。
―なぜ「バンド」という形式をとったのでしょう?
以津輝さん バンドって、解散しない限りはずっと続いていきますよね。 私たちは、継続的に「日本の文化の良さを発信していきたい」と思っています。一過性のものではなく、常にメッセージを発信していきたい。 そのためにはコンスタントにステージに立っていなければなりません。 バンドという形であれば、自分たちのワンマンライブだけでなく、イベントへの出演がしやすいですし、なによりバンドとしての成長を見守っていただきやすい。 だから、バンドという形を取りました。
―そして、昨年10月に株式会社WISTERIENCEを発足し、以津輝さんは取締役に就任されました。会社を立ち上げた理由を教えてください。
以津輝さん 「破天航路」のライブを行う会場が大きくなったり、海外での活動が増えるにあたって、関わる人が増えていきます。 バンドのミッションを支える意味でも、しっかりとした地盤を作るために、会社を立ち上げた方が良いのではないかと考え、起業を決意しました。
―どのような事業をされているのですか?
以津輝さん 株式会社WISTERIENCEでは目下、「破天航路」のグッズやWeb・SNSの運営、ツアーの会場などを管理する制作会社として運営しています。 また、日本舞踊における所作、着付けの指導やワークショップの開催、舞台音楽の制作やアーティストのサポートも行っております。
―以津輝さんをはじめ「破天航路」で活躍する皆さんのスキルを活かした事業なんですね。
以津輝さん はい。日本舞踊家の私だけでなく、メンバーはダンス、殺陣、楽器など、その道プロフェッショナル達です。 それぞれの仕事や活躍が「破天航路」の幅を広げることにも、つながればいいなと思っています。

JAPAN EXPOでは1,000人の観衆がスタンディングオベーション! 娯楽の未来をつくるために

―「破天航路」としての、最近の活動を教えてください。
以津輝さん 昨年フランスで行われた「JAPAN EXPO」(http://www.japan-expo-france.jp/jp/)では、ありがたいことに1,000人を超える観客の皆さまに、スタンディングオベーションをしていただきました。
―それはすごいですね…! ライブを見てくださった、フランスのお客さまはそれだけ「破天航路」のパフォーマンスに圧倒された、ということですね。
以津輝さん そうだと嬉しいですね(笑)。 でも見に来てくれたお客さまとお話させていただいた時に、和文化が好きな海外の人はやはり「目が肥えていらっしゃるな」と思いました。 だからこそ、こちらもより上質なパフォーマンスをしないといけないなと、身が引き締まる思いでした。
―海外でも圧倒的な人気を誇る「破天航路」ですが、国内でのライブにも力を入れているとお聞きしました。
以津輝さん はい。 国内外問わず、和文化の良さを伝えるというのが、私たちのミッションなので、もちろん国内でも積極的にライブを敢行していきます。
直近のライブはコチラから! 破天航路 単独公演 2018 牛若 -USHIWAKA- 2018.4.3.(THU.) OPEN 18:30 / START 19:30 浅草六区ゆめまち劇場 https://hatenkohro.wordpress.com/
―今後の展望をお聞かせください。
以津輝さん 伝統的な日本文化に特化した大型フェス、「和文化フェス」の開催を目指しています。 能狂言・歌舞伎・文楽・日本舞踊といった純古典から、「破天航路」のような和洋折衷で和文化を体現する新進気鋭のアーティストなどを一同に集結させ、和文化をエンターテインメントとして、お客さまと一緒に楽しむ。 そんなイベントを作りたいなと思っています。 そしてそうした活動を通して、もっと和文化への敷居を低くして、和文化を楽しんでくださいる人を増やしていきたいですね。 私たちがきっかけで、日本舞踊や歌舞伎といった和文化が、皆さんにとっての「娯楽」の1つになっていただければ幸いです。
大手の会社に勤めたあと、家業を継ぐという方も多いでしょう。 今回お話しを伺った経営者専門のスーツ仕立屋を経営する末廣徳司さんも大手アパレルブランドでの仕事を経て、家業の婦人服店を継いだキャリアをお持ちです。 ですが、その後、家業の社長業を引退し、独立の道を選びます。経営者が副業として見つけた新しい道です。その過程を伺いました。 (さらに…)
資本主義経済を基盤とする、現代社会。 個人や企業が利潤を追求し、様々な財やサービスを生み出す。まるで弱肉強食と言わんばかりに、淘汰されていく世界です。 そんな競争原理の価値観が支配する世界からの脱却を考え、始まったのが「ヒッピー文化」だと言われています。 今回お話を伺ったのは、鯉谷ヨシヒロさん。鯉谷さんは、23歳からヒッピーとして世界各地を転々としているそうです。 なぜ鯉谷さんはヒッピーになったのか。どうやって生活をして、普段どんなことをしているのかを、伺いました。
<プロフィール> 鯉谷ヨシヒロさん ヒッピー/株式会社REVorg代表 大学を卒業後、23歳からヒッピーとして世界中で旅を始める。 現在はヒッピーとして世界中を旅しつつも、「株式会社REVorg」の代表として、Coビレッジに住む体験を扱うサービス『NuMundo』の運営、及び世界的なイベント「コズミックコンバージェンス」の立ち上げを行っている。 ヒッピー(英: Hippie)は、伝統・制度などの既成の価値観に縛られた人間生活を否定することを信条とし、また、文明以前の自然で野生生活への回帰を提唱する人々の総称。 出典:Wikipediaより https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

常識とは、18歳までに身につけた「偏見」である―。鯉谷ヨシヒロさんが、23歳でヒッピーになったワケ

ー鯉谷さんがヒッピーになった理由を教えてください。
鯉谷さん きっかけは、大学生の時でした。 大学3年生になると僕の周りにいた友人はみんな「ミュージシャンになりたい」とか「絵かきになりたい」とか、それぞれの夢を語っていた割に、就活の時期になったら、スーツを着て面接を受けに行っていて。 それがどうしても嫌だったんですよね。自分のやりたいことを我慢できなかった、というか。 そんなことを考えていた時に、ロバート・ハリスという作家が書いた『エグザイルス』という本に出合いました。 『エグザイルス』には、世界中を放浪した著者の、まるでフィクションのような体験談が描かれていました。 その内容に衝撃を受け、彼のように様々な世界を見てみたいと、思うようになったんです。そして、大学を卒業したら旅に出ることを決意しました。
ーいわゆる、バックパッカーとして旅に出る、ということでしょうか?
鯉谷さん よく間違えられるんですが、ヒッピーとバックパッカーはその性質が全く異なります。 バックパッカーは、いろんな世界を見たいと思って旅に出て、その後は自国に帰ってくる。すなわち「行って帰ってくる」人のことを指します。 そういう人たちはお金を貯めて海外へ行って、安宿に泊まって観光地などを周ります。 それに対してヒッピーとは、「行きっぱなし、旅に出っぱなし」なんです。旅に目的を求めるのではなく、旅そのものが日常であり、人生なんです。 だからお金も基本的には必要ない。安宿に泊まるのではなく、現地の人と仲良くなってその人の家に泊めてもらう。
ーなるほど。ヒッピーになる方は、鯉谷さんのようにどなたかに憧れて、ヒッピーになられるのでしょうか?
鯉谷さん 人によりけりですが、「資本主義経済による競争社会に疲れて、ヒッピーになった」という人が多いですね。 日本でもそうですが、僕たちは小さい頃から「競争に勝つ」ように教育されてきました。 今でもまだ根強く残っている、こどもの受験競争。どこの大学に入って、どんな企業に入るか…。 この競争社会で生き残っていくためには、他者よりも優位に立つためにひたすら努力し続けなければなりません。
ーそういった世界に辟易した人たちが、競争ではなく自由を求めて、ヒッピーになると。
鯉谷さん そういうことですね。 「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである」と、アインシュタインも言っている通り、これはあくまで「資本主義経済の中での」価値観でしかありません。 そんな多様な価値観に触れるために、大学を卒業して旅に出たんです。

競争が苦手な人が、無理にその価値観に染まる必要はない

ーヒッピーとは、普段どのように生活しているのですか?
鯉谷さん 先程もお話した通り、世界中を旅しながら生活しています。 行く先々の現地の人の宿に泊めてもらったり、同じヒッピー同士で助け合ったりしています。 ヒッピーには、まるでFacebookのような口コミのコミュニティがあるんです。世界中の、数百万人という数のヒッピーは「全員仲間であり、家族である」という共通認識があります。 いわば、1つの宗教・思想に近いかもしれません。
ーなぜ、そういった共通認識があるのでしょうか?
鯉谷さん それは、彼らが「資本主義経済から逃れて、生きていくための1つの術」として、「全員仲間であり、家族である」という思想を40年以上前に確立し、それが今まで脈々と受け継がれているからです。 普段は都会で働いている方からすると、少し想像するのが難しいかもしれませんが、この日本にも「全員仲間であり、家族である」という価値観に近いものもあります。
ー日本にも、ですか?
鯉谷さん はい。それは都会ではなく、田舎にあります。「おすそ分け」という言葉がある通り、よく田舎に住んでるおじいちゃんやおばあちゃんが、野菜や食べ物をくれたりとかしますよね? そこにお金は介在しません。コミュニティとは本来、お金のやり取りではなく、お互いを助け合っていくものなんです。 ヒッピーの世界でも、日々同じことが行われているんです。数百万人もの超巨大コミュニティの中で「全員が家族だ」という思想のもと、たとえ初めて会うヒッピーでも助け合います。 だから泊まる場所を手配する必要もなければ、ご飯も誰かが食べさせてくれる。その代わり、自分が何か手伝えることは率先して手伝い、助け合う。
ーその助け合いの精神は、全世界のヒッピーの共通認識なのでしょうか?
鯉谷さん そもそも「全世界のヒッピー」という捉え方が間違っています(笑)。 ヒッピーに国境はありません。もちろん生まれ育った国はそれぞれですが、「今いる国が自分の国だ」という認識を持っています。いわゆるワールドシチズン(世界人の意)ですね。 四方を海で囲まれた島国だからか、日本では特に、国境の壁が高いですね。 僕は海外で、日本人のことを「人口の多い“少数民族”」だとよく説明しています。 これは人口は1億人以上いるにも関わらず、単一民族なので日本人は日本人とばかり一緒にいるし、日本語しか話さない。 ひいては価値観の種類が少ない、ということです。
ーそして、日本人は「資本主義経済」の考え方に囚われすぎである、と?
鯉谷さん そう感じる場面は多いです。 もちろん資本主義経済の価値観が自分に合っている、という方もたくさんいらっしゃるでしょうし、資本主義経済の全てが悪いわけではありません。 しかし、競争が不得意である人が、無理にその価値観に染まる必要はないと思っています。 僕は長年のヒッピー生活で、世界には資本主義経済だけでない、もっと多様な価値観があることを知りました。 だからこそ今、僕はそんな価値観を広めるための活動を世界各国で行っているんです。

満員電車に揺られることだけが、人生ではない。ヒッピーでの体験から、立ち上げた事業

ー鯉谷さんの現在の活動について、教えてください。
鯉谷さん ヒッピーとして世界各国を周る傍ら、「生きる本質をデザインする」をコンセプトに、「株式会社REVorg」(http://revorg.co/)という会社をやっています。 「資本主義経済で生きていくことだけが、人生ではない。あらゆる選択肢を知ってほしい」という想いで始めました。
ーどんなサービスを展開しているのでしょう?
鯉谷さん 「エコビレッジ」(住む人同士が支え合い、環境に負荷の少ない暮らしを追い求めるコミュニティ)や「パーマカルチャーセンター」(永続的な農業をもとに、人と自然が共生できる環境を作る場)にある生活共同体を「Coビレッジ」と呼びます。 その「Coビレッジ」を探して、実際に住む体験ができるプラットフォーム『NuMundo』(https://numundo.org/centers?lang=ja®ion=japan)を運営しています。 新しい生き方を実践しているコミュニティに、直接足を運ぶことができるサービスです。 いわば「エアビーアンドビー」(宿泊施設・民宿を貸し出す人向けのサービス)の、エコビレッジ版、みたいな感じです。
ー日本にいながらまるでヒッピーのような、資本主義経済から離れた暮らしを体験できる、ということですね。
鯉谷さん はい。 その体験を通して「こんな暮らしをしても、生活していけるんだ」ということを、実際に肌で感じて欲しいんですよね。 満員電車に揺られて、分刻みのスケジュールで動くことだけが、人生ではない。 あらゆる選択肢を知った上で、自分に合った人生を送ってほしいなと思っています。
ー他には何かなされているのですか?
鯉谷さん あとはイベントを立ち上げたりしています。
鯉谷さん 「コズミックコンバージェンス」 (https://www.jp.cosmicconvergencefestival.org/) といういわばフェスに近いものをグアテマラで開催しています。 しかし、ただのフェスではありません。 音楽・アート・ワークショップ・ヒーリング・ライブパフォーマンスなどを楽しむだけでなく、その後にマヤ族の儀式も体験できます。 主体団体は「REVorg」だけでなく、ビジネスの最先端、シリコンバレーのスタートアップたちなので、世界各国からハイセンスな人たちが集まります。 人数はおよそ数千人規模。かなりオルタナティブなイベントなので、参加した多くの人が衝撃を受けて涙も流している人も多いですね。 こちらのイベントの立ち上げ、および公式オーガナイザーとして、日本からの参加者を募っています。
ー最後に、鯉谷さんから「雇われない生き方」を実践してみたいという人に対して、アドバイスをいただけますか?
鯉谷さん 今いる環境ではないところに飛び出してみると、世界が広がります。 例えば『NuMundo』のようなサービスを利用して、知らない街のエコビレッジに泊まってみたり、思い切って長期休暇を取って海外へ行ってみるとか。 もちろん、全ての人がヒッピーになる必要はないとは思いますが(笑)、世界は「雇われる」か「雇われないか」という二者択一だけではありません。 何度もお伝えしている通り、あくまでそれは資本主義経済の中、都会の中の話でしかないんです。 だからこそ「どう生きるか」を軸に、転職でも独立でも、自分の思うようにもっと気軽にやってしまっていいと思っています。 「雇われない生き方」や「自由な生き方」を実践したいなら、まずは1歩外に出てみると、全く違った景色が見えてくるかもしれません。
心理学者・内藤誼人先生に、心理学の観点から、独立・起業に役立つ知識やノウハウを学ぶ、アントレnet Magazineの人気企画「独立に役立つ心理学シリーズ」。 今回は内藤先生に、昨年11月、元SMAPの3人が出演し、インターネット上でとても大きな話題となった「72時間ホンネテレビ」の仕掛け人、株式会社サイバーエージェント社長・藤田晋さんのビジネスの仕方について、心理学的観点から解説していただきます。 インターネット黎明期からその大きな可能性を見据え、わずか20年で国内4位の広告会社へと成長を遂げた、株式会社サイバーエージェント。 その舵を取る藤田さんの魅力を、内藤先生の視点で、紐解いていきます。

ビジネスで勝ちたいなら、「セルフスターター」になれ!

藤田さんは、インターネットの黎明期からその大きな可能性を見据えて事業を展開されてきました。 ビジネスにおいて、後発で事業を始めて「勝てる」というのは、非常に稀だと言われています。ビジネスで勝つためには後発ではなく、先発にならなければなりません。 他の人の後を追従するのではなく「自分でスタートを切れる」、という意味から、先発のことを心理学では「セルフスターター」と呼びます。 ドイツのコブランツ・ランダウ大学のガンター・ミュラーという心理学者が行った研究では、独立・起業をして成功している人は「リスクを大きく捉えていない」「反射神経よく、自分で物事を始めることができる」という、共通の特徴があることが分かりました。 「藤田さんには先見の明があった」とよく言われていますが、先見の明があるだけではビジネスにおいて成功はできません。 大切なのは「こういうビジネス(藤田さんの場合は、インターネット)が来るんだろうな」と思った時に、反射神経よくスタートできるかどうか、行動を起こせるかどうかということです。 気づいていてもリスクに怯えて動けなかったら、チャンスを失い成功をつかむこともできないのです。

ギャンブルから学ぶ、勝負に出るべきタイミング

ではなぜ藤田さんは、ミュラー博士の言う「リスクを大きく捉えず」行動することができたのでしょうか? もちろんインターネットに関して相当な研究をして、準備したというところもあるのでしょうが、私が注目したいのは、彼の趣味です。 実は藤田さん、大の麻雀好きとして知られています。 AbemaTVで放送されている麻雀番組に自らプレイヤーとして参戦し「ビジネスで大切なことは、麻雀から教わった」と言うほど、麻雀がお好きです。 このギャンブラーとしての素養が、起業家としての成功を支えたのではないかと、私は思っています。 人間は、本能的に保守的な性質があると言われています。要するに「守り」に入ってしまう、ということですね。 その保守的な性質を乗り越えて行動を起こすためには、リスクを「リスクとしてだけ(すなわち良くないモノ)」認識するのではなく「リスクとどう向き合うのか」を冷静に捉えられるかどうかが大切です。 藤田さんのような経営者に限らず、勝負の世界に身を置く人は、ギャンブルを嗜む人が多いです。 勝負に出て、勝てる時はどんどん挑戦し、負けてる時は潔く引き下がる。「勝負の世界に慣れる」ための手頃な手段として、自分の中で麻雀を意味づけているのではないでしょうか?

ビジネスの鉄則は「勝てる時はどんどん挑戦し、負けている時は潔く引き下がる」こと

「勝負に出て、勝てる時にはどんどん挑戦し、負けている時には潔く引き下がる」という思想は、株式会社サイバーエージェントの制度にも色濃く出ています。 この会社の大きな特徴として「優秀な社員にグループ会社を積極的に設立させる」というものがあります。 なので「新卒1年目の社員が社内ビジネスコンテストで賞を取り、グループ会社の社長を務める」といった話もあるそうです。 こちらの制度も、様々な意図があると思いますが「とにかく社員にたくさんの勝負をさせたい、場数を踏ませたい」という藤田さんの意志を強く感じます。 セルフスタートを切れる人材を多く育てることで、仮に事業が失敗しても、その反省を活かして次のチャンスを掴みに行ける土壌を作っているのでしょう。 また藤田さんは、社員にグループ会社の社長を積極的に任せる一方で、上手く行かない時の撤退に関しても早いそうです。 これも麻雀の「負けている時は潔く引き下がる」にあるように、勝負を下りるタイミングも早ければ早いほうがいい、という経験があるからではないでしょうか。 積極的に抜擢人事をして、社員のモチベーションを高める一方、きっちりとリスクヘッジをする、藤田さんの経営スタイルが垣間見える制度だと思います。 藤田さんに限らず、セルフスタートの切り方、勝負の出方、そして引き下がり方など、成功者から学べるポイントはたくさんありますので、独立・起業を目指す皆さんもぜひ意識してみてください。
【独立に役立つ心理学シリーズ:バックナンバーはコチラから!】 こちらのペースに引きずり込め!商談を成功させる「雑談と交渉」【独立に役立つ心理学・第7弾】 https://entrenet.jp/magazine/12569/
プロフィール:内藤誼人(ないとう よしひと) 心理学者。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。 大学院在学中より専門の心理学を活かした執筆活動を開始し、卒業後に有限会社アンギルドを設立。 ビジネス心理学を実践的に応用するアドバイスには定評がある。 新刊に、「リーダーのための『貞観政要』超入門」(水王舎) 「人前で緊張しない人はウラで「ズルいこと」やっていた」(大和書房)など。 講演会・セミナーの依頼は、システムブレーンまで。 システムブレーン(講演・セミナー情報問い合わせ先) http://www.sbrain.co.jp/
独立・起業、と聞くと「リスクの高いもの」と考える方も多いのではないでしょうか? たしかに融資を受けて、大きなビジネスをこれから展開していく、と考えるとそのイメージはあながち間違ってはいないかもしれません。 ですが、それだけが独立・起業の形ではありません。 今回お話を伺ったのは、音楽専門のPRエージェンシー「Gerbera Music Agency(ガーベラ・ミュージック・エージェンシー」を経営している金野和磨さん。 金野さんは現在、自身の会社を経営しながら、株式会社インフォバーンの編集者としてもご活躍されています。 「現在は起業におけるリスクを、限りなく小さくできる」と語る、金野さん。音楽事業と、編集者という仕事を、どのように上手く両立させているのでしょうか?
<プロフィール> 金野和磨(こんのかずま)さん 1987年生まれ。宮城県気仙沼市出身。 新卒で入社した人材系会社で新規営業に3年従事した後、株式会社ワールドスケープでアーティスト支援サービス「Frekul」の営業・企画を担当。 その後、株式会社インフォバーンで編集者として働く傍ら、2014年にエージェント(ミュージシャンの代理人)として活動を開始。 そして2015年10月、ミュージシャンのブッキング(出演交渉)とPRを代行するGerbera Music Agency(ガーベラ・ミュージックエージェンシー)合同会社を設立。

営業力がある“だけ”では、音楽業界で生き残れない。「営業×マーケティング」の力で果たした独立

-現在に至るまでの経緯を教えてください。
金野さん 経歴だけをお話しすると、大学を卒業後に人材サービス会社で新規開拓営業を経験した後、音楽アーティスト支援サービス「Frekul(フリクル)」を運営する、株式会社ワールドスケープに転職し企画営業職として働きました。 その後株式会社インフォバーンへと転職して、編集の仕事を通じてデジタルマーケティングについて学び、現在は「Gerbera Music Agency(以下GMA)」という会社を立ち上げ、アーティストのPR支援を行っています。
-アーティストのPRを支援されているとのことでしたが、音楽業界にはもともと興味はあったのでしょうか?
金野さん はい。学生時代から音楽が好きで、本当は最初から音楽業界に入りたかったんですよ。 ですが就活の時に音楽業界の知り合いの方から、1社目のキャリアがレコード会社のような特殊な業界だと「潰しが利かず、他の業界に行きづらい」という話を聞きました。 ならばまず、どの業界に行っても通用するようなスキルを身につけてから、志望する業界に挑もうと思ったんです。
-なるほど。あえて他の業界で経験を積み、リスクマネジメントをしたわけですね。これまでにいくつかの会社でキャリアを積まれていらっしゃいますが、それぞれどのようなきっかけでご入社されたのでしょうか。
金野さん 最初に就いた人材サービスの職についてですが、こちらは先ほど申し上げたように「どこに行っても通用するような人間」になるために、まずはベンチャー気質で新卒にも仕事を任せてもらえる風土のある会社に入ろうと思ったからです。 そこで働いているときに、たまたま「Frekul」のサービス開発初期メンバーだった派遣スタッフの方と知り合いました。 「Frekul」とは、株式会社ワールドスケープが運営するアーティスト支援サービスです。 自分の楽曲をiTunesやSpotifyなどに配信できたり、ライブチケットの予約を取ってくれたりと、様々な側面からアーティストをフォローしてくれるサービスです。 アーティストの創作活動を支える仕事がやりたかったので、その方に「Frekul」を運営している株式会社ワールドスケープ代表の海保さんを紹介していただきました。
※株式会社ワールドスケープ代表・海保けんたろーさんのインタビューはこちらから! 収入よりもやりがいの”安定”を。「英雄になる」ために、ある男が選んだパラレルワークの道 https://entrenet.jp/magazine/7115/
金野さん その後は株式会社ワールドスケープに転職し、企画営業職として「Frekul」を広めるために、前職の経験を活かして営業活動を行っていました。 しかしそうして働いているうちに「このまま営業の力だけがついても、音楽業界そのものを支えられる立場にはなれないのではないか?」と考えるようになったんです。 今の時代、営業のノウハウを持っているだけではアーティストのプロモーションやPRをサポートできません。 なので、営業力の他に「どんなリスナーに、どんなタイミングで、どのように届けるのか」といったプランの全体像を考え、実施して結果を出せるだけのマーケティングの知識、PRの知識が必要だと考えました。 そこで日本のコンテンツマーケティングのパイオニア的存在である株式会社インフォバーンの門を叩き、編集者として働かせていただくことになりました。 編集者としてコンテンツを通じてどのようにクライアントの課題を解決していくか、株式会社インフォバーンで仕事をしつつ学んでいきました。 そこで得たノウハウをブログやSNS、YouTubeで発信し続けるうちに、あるバンドから「PRの相談に乗ってほしい」というお話をいただきました。 これが、GMAというアーティストのPR支援事業を立ち上げるきっかけです。 それから2015年の10月に会社を設立して、GMAの代表として、アーティストのPR支援をしています。 ただ、今後のGMAの活動を成功させていくためには、株式会社インフォバーンでさらに編集者としてのノウハウを蓄積させていく必要があると思ったんです。 なので現在はGMAの代表として会社を経営しつつ、株式会社インフォバーンで業務委託として働くという形で、パラレルワークを行なっています。

仕事の稼働率を制御せよ! パラレルワークを両立させる3つのスキル

出典:GMAより http://gerbera-music.agency/ -GMAの事業内容を詳しくお聞きしてもよろしいですか?
金野さん はい。 まず、音楽事務所やレーベルから「このアーティストをPRしてください」と依頼をいただくところから始まり、そこから依頼されたアーティストのPR、広告まわりのサポートをしていく、という流れになります。 もう少し具体的に話すと、そのアーティストが新譜を出したりツアーを発表したりする場合のニュースリリースの配信(国内・海外)やインタビュー、コラム、ライブレポートといったコンテンツを制作しています。 必要に応じてWebサイト制作やリニューアルも実施します。 さらに音楽番組や音楽フェスのブッキングも行い、リアルな場ではもちろん、マス・Webメディアでの露出を増やしていきます。 また、アーティストのミュージックビデオを制作してYouTube広告でそのアーティストと相性の良さそうなリスナーに配信したり、チケットの購買を促す目的で検索連動型広告を打ったり、TwitterやFacebookのSNS広告も請け負っています。
ーなるほど。本当にアーティストのPRにのみ、特化したサービスになっているんですね。GMAの事業はすべてお1人でやられているのですか?
金野さん 最初は個人事業主として活動を行っていたのですが、請け負うアーティストの数が多くなるにつれて、人手が足りなくなっていきました。 個人ではなかなか厳しいので、事業を法人化し、手伝ってくれるメンバーも増やしています。
ー金野さんは株式会社インフォバーンで編集者としても仕事をしていますよね? GMAの事業とはどれくらいの比率でやられているんですか?
金野さん 編集業務と音楽事業の割合は半々くらいですかね。 ただやはり、私にとって音楽事業は生涯続けていきたいと思っているものなので、音楽事業の質や領域を広めるために編集業務を行なっています。 なので今後は徐々に、GMAでの活動比率を高めていきたいですね。
ー2つの事業を同時に行うのは大変だと思いますが、どのように両立されているのでしょう?
金野さん 複数の事業を両立するという問題は、おそらくパラレルワークを実践されている全ての方にとって、悩みのタネだと思います。 どのように複数の仕事を両立しているのか、私なりの試行錯誤の末に行き着いた、仕事量が増えすぎてパンクしないための回避策についてお話します。 結論からお話しすると、自分に依頼が来た際に以下の3つを習慣づけることです。 ①詳細の把握:依頼を受ける前に、依頼の詳細内容を漏れなく把握し、その業務をやり切る力が自分にあるかを検証する。 ②レベル感の把握:依頼を受ける前に、依頼主から求められている成果物のレベルを把握する。 ③レベル感の握り:求められているレベルに対して、自分が出せる成果物のレベル感を依頼主に提示し、事前に理解しておいてもらう。 以上の3つです。 1つずつ詳しく説明していきましょう。 ①詳細の把握は、依頼された業務の詳細を漏れなく把握して、自分に受けられる依頼なのかどうかを正確に判断できるようにすることです。 フリーランスあるあるかもしれませんが、依頼主からザックリとした依頼が来ることも少なくないので、提出期限やボリューム、必要な知識やリソース、制約事項、ギャランティなど、その依頼を受けられるか判断できる材料を自分で集める習慣が必要だと思います。 以前、そのあたりをなぁなぁでやってしまい、「思っていたよりも大変な依頼だった!」と気付き後悔したことがあります。 ②レベル感の把握は例えば、「インタビュー記事の構成案をください」と依頼された場合、いきなり着手するのではなく、依頼主がどれくらいのレベル感の構成案が欲しいのか把握しておくことが大事ということです。 依頼主の要望が「概要を早く確認したいだけなのでメモレベルでもいいです」と、「上長にも構成案を見せたいので、その記事の詳細が明確にイメージできるレベルのものをください」では作成にかかる時間がだいぶ変わってきますので。 ③レベル感の握りは自分の得意・不得意を予め依頼主に理解しておいてもらうことです。 納品後に依頼主とトラブルになるリスクが軽減できます。 例えば依頼主に「詳しい構成案の作成は可能ですが、PowerPointなどで見栄えの良いものをつくるスキルはないのでWordで作成してもよいでしょうか」と条件の緩和が提案できると自分の負荷を軽減することができます。 パラレルワークでの仕事のタスク量が多すぎて、パンクする前に、この3つのポイントを心がけて仕事に臨むと、ある程度稼働量をコントロールすることが出来ると思います。

「ライフワーク」に活かせる「ライスワーク」を探そう! 金野さんが教える、パラレルワーク両立のコツ

ーここまでのお話を聞いていると、金野さんはいい意味であまりリスクを負わずに、自分のできる範囲で仕事をなされている印象を受けました。独立・起業というと「稼げるか」「稼げないか」という部分がある中で、非常に堅実に独立されているなと思います。
金野さん そうですね。今って、起業におけるリスクを限りなく小さくできる時代だと思います。 例えばGMAは株式会社ではなく、合同会社です。 なので起業する際の費用は10万円もかかってないんですよ。株式会社だと30万円以上はかかりますからね。 人件費においても、業務委託で収入を分配しているので、特に固定費もかかりません。 加えて、私たちは自分たちのスキルを提供してお金をもらっているので、原価も発生しないんです。 このように私の場合は、可能な限り起業におけるリスクを軽減しています。 逆にリスクを負って起業、例えば借金をして起業したりすると、倒産した時のリスクがそれだけ大きくなります。なにより私の場合は心理的重圧がかかると、精神衛生上良くないんです。 もちろん、大きくリスクを負って大きなリターンを求めることがダメ、というわけではありません。 ただ私は、急いで規模を拡大しなくてもいいからまずはこの仕事を継続していきたい。そう思ったからこそ、こういった生き方を選んでいるんです。
ー編集者と起業家である金野さんが感じる、パラレルワークを実践することの難しさ、楽しさを教えてください。
金野さん まず難しさについてお話しします。 私はライスワーク(生計を立てるための仕事)で得られる経験や知見を、ライフワーク(生涯続けていきたい仕事)にどれだけ応用できるか、というテーマを持ってパラレルワークをしています。 私は、ライスワークをWeb編集の仕事、ライフワークを音楽事業と位置づけています。 そして、編集業務で身に付けたノウハウを、どれだけ音楽事業に活かしていけるか、が私における「どれだけ応用できるか」に相当しますが、ライスワークから得た知見をライフワークに活かすのはなかなか難しいです。 たとえば、編集の仕事で身につけたSEO(検索エンジン最適化)の経験を活かして、検索に強く、かつクライアントアーティストの魅力が伝わるような記事を制作したとします。 そして目論見通り、その記事が狙ったキーワードの検索上位に表示されるようになり、たくさんの人に読まれたとします。 しかし、そのキーワードから流入してくる読者がそのアーティストと相性が悪く、結果としてあまりPRにつながらなかった…みたいな失敗を過去にしたことがあります。 つまり、編集の仕事から得た知見を「そのまま」音楽PRに活かすことって、ほとんどできないんです。
ーではどのように、編集の仕事を音楽事業に活かしているのでしょう?
金野さん 今お話した例で言うと、そのアーティストのことを好きになってくれそうなリスナーをもっと明確にイメージし、そのイメージから狙うべきキーワードを決めなければいけません。 試行錯誤を繰り返しつつ、必要な要素を抽象化し、応用力を身に着けていく必要があるのです。 逆に、ライスワークで得た経験・知見をライフワークに上手く活かせたときは、やっててよかったなと感じますね。 そこで起こせる価値は、異なる業界の仕事を二足のわらじで継続することでしか得られませんから。
ー 一見関係ない仕事でも、そこで得た知見が別の仕事でも活きる、ということですね。
金野さん はい、まさにその通りです。 片方の仕事で得たものをもう片方の仕事に活かし、実践して、失敗し、その教訓を元にさらなる質の高い経験・知見を得ようとする。 このサイクルの継続が、結果的にライフワークの成果につながるんだと、私は自分の経験から学びました。 好きな仕事に活かせるライスワークを見つけられると、パラレルワークを両立できる良い循環が生まれるのだと思います。
結婚式。 そんな晴れの舞台で、これから夫婦として共に歩んで行くパートナーへの誓いや、育ててくれたご両親への感謝の気持ちを手紙に託す人も多いですよね。 直筆の文字もステキですが、もしその手紙が、自分だけのオリジナル曲にもなったとしたら―。 今回お話を伺ったのは、手紙を歌詞にして曲を作るサービスを展開する「音色ポスト」の代表、近藤あきらさん。 (さらに…)
色とりどりのガラスをあしらった木の引き戸は古い家屋で使われていたという貴重なもの。風が吹くたびにカタコトと鳴る音には、どこかノスタルジックな風情が。神奈川県藤沢市 鵠沼海岸にオープンした小さな花屋さん。店先を歩く人々の心に親しみと懐かしさを添える門構えや建具の数々からは、ご夫婦のこだわりがあふれ出ていました。店を持つという目標を二人三脚で叶えた宮井さんご夫婦にこれからの夢についてお話を伺いました。 (さらに…)
新宿・歌舞伎町。 「東洋一の歓楽街」として有名なこの街で、2017年10月、ホストが店員を務める本屋「歌舞伎町ブックセンター」がオープンしました。 今回お話を伺ったのは「歌舞伎町ブックセンター」のオーナーであり、歌舞伎町にホストクラブをはじめ、10以上の店舗を構える「Smappa! Group」の会長を務める、手塚マキさん。 (さらに…)
大学2年生の頃、あなたはどんな日々を過ごしていましたか? 勉強・恋愛・サークル活動。あるいはすでに就職活動に向けて動き出していた人もいるかもしれません。 ですがあるサッカー青年は、“年齢”や“経験”という概念を飛び越えて「起業」にチャレンジしました。 (さらに…)
30歳。 お金、夢、彼氏、全部なし。 「ないない」だらけの人生からたった4年で、今や年商1億円を超える女性経営者への道を駆け上がっていったのが、今回お話を伺った鈴木実歩さんです。 「普通のOLが年商1億超えの女性経営者になる」 一見、華々しいイメージがありますが、実は全くそんなことはありません。 (さらに…)
「会社の名前ではなく、自分の名前で勝負したい」 おそらく独立・起業を考える人にとっての、大きな目標だと思います。 今回お話を伺った美崎栄一郎さんはまさに、大企業の看板を捨て、自分の名前で勝負をし続けています。 (さらに…)
葬儀や法事など、おそらく誰もが何らかの形でお世話になったことがあるであろう、お坊さん。 お坊さん(=僧侶)というと、法事・法要などでお経を上げ、普段は仏教の修行に励む…というイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。 今回お話を伺った大洞龍徳(おおほら・たつのり)さんは、東京都荒川区町屋に位置する「町屋光明寺」の住職であるとともに、IT企業の社長も務めています。 (さらに…)
起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。 (さらに…)
社会人が通う大学院、と聞くとMBA(経営学修士)を想起する人は多いのではないでしょうか。 転職や、希望の部署・ポストへの異動など、様々な目的に応じた「1つのスキルアップ」として、MBAの取得を目指す人は年々増えています。 今回お話を伺った福島創太さんも、「株式会社教育と探求社」で働く会社員でありながら、東京大学大学院にも通う、社会人大学院生です。 (さらに…)

2017年12月21日

『きれいでなければ稼げません』。 今回お話を伺った美容家の渡辺ゆきよさんは、先日そんな衝撃的なタイトルの本を出版しました。 渡辺さんは、エステティックサロンのプロデュースやコンサルティング、人材育成、講演活動といった幅広い活動を通してカリスマ美容家として、絶大な支持を受けています。 (さらに…)

2017年12月13日

起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。 (さらに…)
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