NPO法人コモンビート/東京都世田谷区
理事長 安達 亮さん(33歳)
1981年、東京都生まれ。大学卒業後、そのまま就職することに違和感を抱き、2004年4月~7月、世界一周航海「ピースボート」に乗船。船内企画だった『A COMMON BEAT』にキャストとして参加し、その活動内容に感動する。2005年、同作品を日本で上演するNPO法人コモンビートの事務局長に。10年間の経験を生かし、2014年1月、理事長に就任。スローガン「個性が響きあう社会」を掲げ、ミュージカルプロジェクトを中心に国内外で様々な表現活動を展開している。また、同年9月より、日本ブラインドサッカー協会の理事も務める。
日本有数のコンサートホール、昭和女子大学人見記念講堂(東京都世田谷区)を満席にする、学生や社会人がつくり上げるミュージカルがある。毎年、顔ぶれの異なる100人のキャストが、100日間でつくり上げる『A COMMON BEAT』で表現されるのは、「ある日、異文化の存在を知り、戸惑い、争い、やがて……」という人類の雄大なヒストリーだ。このミュージカルの真価は、見る者を感動させることだけでなく、感動させるために研鑽を積む中で、100人が自らを見つめ直し、社会に目を開く“気づき”を得るところにある。
運営主体であるコモンビートが設立されたのは、2004年3月。現在は、東京ほか大阪、名古屋、石巻、福岡の各地でそれぞれキャストを集め、活動している。これまでに約80回の上演を行い、キャスト参加者は3000人、観客動員は10万人近くになった。2014年1月に新たに理事長に就いた安達亮は、「今後10年間で、キャスト経験者を1万人まで伸ばしたい」と意気込む。その安達が、今の活動にのめり込むようになったきっかけは、大学卒業後、就職活動を放棄して飛び乗った「ピースボート」にある。
表現活動を通じて、自分らしく、たくましく生きる個人を増やす。
━ 就活をしなかった理由は?
僕は、昔から学級委員をかって出たり、運動部の部長をやったり、輪があったら中心にいたいタイプなんですね。目立ちたいのではなくて、リーダーシップを取ることで、みんなの役に立ちたいという気持ちが強くて。
今思うと、そんな自分が「会社組織の一員になる」ということが、完全にミスマッチだったのでしょう、どうしても就職の実感が湧かないわけです。
で、やりたいことが見つかるまで就職活動はいったん休止すると決めたある日、「地球一周の船旅」っていう新聞広告が目に入った。もともと海外には興味があって、世界を巡れば何か得るものがあるのではと、参加を即断したのです。
━ そこでミュージカルに出合ったわけですね。
ピースボートって船の上で過ごす時間が長いから、そこで様々な活動が行われるのですが、その中に今、僕らが日本語で上演している作品を原作の英語のまま演じるという企画があったんです。
もちろん、ミュージカルなんて初めて。でも、やってみたら、これが楽しいわけです。歌って踊って自分を表現するという未知の充実感もさることながら、いろんな年代、職業の人たちと出会って世界が広がっていく感覚がすごくよかった。
僕が乗船したのは2004年ですが、ミュージカルへの取り組み自体はその4年前から始まっています。洋上だけでなく、2003年には初めて陸上での公演も行われており、この活動なら、「自分の能力を生かして、人の役に立つ」という、本当にやりたかったことができるのではないかと感じたのです。
なので乗船後、運営主体として設立されていたNPO法人の事務局長に手を挙げました。
━ 普通の「ミュージカルづくり」との違いは?
取り組んでいるのは「ミュージカルをつくる」ことではなくて、「それをすることによって社会をつくる」活動です。目指しているのは、多様な価値観を認め合える社会形成。その社会をつくるのは、構成員であるキャスト一人ひとりなので、自らを変えるだけでなく、周囲にも影響を与えられる人に成長できるような、独自のプログラムを組んでいるんですよ。
主軸になるのが、ストーリー展開に合わせたグループディスカッションで、例えば、祖先を顧みるシーンでは、「自分の祖先について調べよう」という課題を出し、発表し合う。自分の「来し方」に思いを馳せることは、その後の人生において何がしかの糧になるはずです。
キャストの大半は会社員ですが、初めは雰囲気もどんよりで(笑)、 「人前で歌うなんてとてもとても」という感じ。それが100日後には、大勢の観客の前で目を輝かせて自分を表現している。一番驚くのは見に来た友人たちで、その人たちが翌年の キャストに応募してくれる例が非常に多いんですよ。
━ ご自身は、やっぱり「就職」しなくてよかったですか?(笑)。
はい(笑)。人の役に立っていれば生きていけると思っている僕のような人間が、非営利のNPOという組織に出合えたこと自体、本当に幸運だったと感じています。キャストたちが、100日間で成長してくれるのは確かです。でも一方で、今までは「101日目」以降のフォローが弱かったかなという思いもあって。
実は、コモンビート「卒業者」には、経験や気づきをもとに組織を立ち上げ、社会貢献に力を注いでいる人も少なくありません。
今後は、そうした活動を積極的に紹介していきたいし、活動趣旨を理解してくれるほかのNPOなどとの連携も重要なテーマになるでしょう。
それらを通じて、社会に向けた歌声の輪をどんどん広げていくことが、僕に課せられた使命だと思っています。
取材・文/南山武志 撮影/刑部友康 構成/内田丘子