最近は事業譲渡によって、経済のグローバル化や消費構造の変化などの経営環境変化に対応する企業が増えています。
既存事業の一部をM&Aなどにより他社に譲渡することで“事業の選択と資源の集中”を行い、生き残りを図っているのです。
この事業譲渡の過程で注意が必要なのは、利益相反が生じないようにする点です。では、利益相反についてみていきましょう。
利益相反取引とは
利益相反取引とは、一方にとっては利益になる反面、もう一方にとっては不利益が生じる取引のことを指します。
取締役が、自身や第三者のために“会社との間で利益相反が生じる”取引を行う場合、取締役会設置会社では“取締役会の承認”を、取締役会設置会社以外の会社では“株主総会の承認”を受けなければなりません。
取締役と会社との間で行われる利益相反取引には、直接取引・間接取引の2ケースがあります。
直接取引とは、取締役自身が当事者となり会社との間で行う取引です。直接取引で利益相反が生じるケースには以下が挙げられます。
・会社から取締役への会社所有財産の贈与
・会社から取締役への製商品の安価での売却
・会社から取締役への金銭の無利息での貸付
間接取引とは、会社が取締役以外の第三者との間で行う取引です。間接取引で利益相反が生じるケースには以下が挙げられます。
・会社による取締役個人の債務の保証
・会社による取締役個人の債務の引き受け
事業譲渡取引における利益相反取引の具体例
企業間での事業譲渡取引では、売り手側と買い手側に以下のような思惑が存在します。
売り手側:できるだけ高い金額で売りたい・短期間で売却したい
買い手側:できるだけ安い金額で買いたい・短期間で買いたい・優秀な技術や人材を取り込みたい
譲渡金額は、譲渡の対象となる事業の収益力・成長性・資産価値などを総合的に評価した上で双方の話し合いによって決定されます。
しかし、交渉の過程で売手側あるいは買い手側のいずれかに特定の事情が生じるとに取引上の妥協が生まれることがあります。
すると、この妥協が“妥協した側の利益相反”につながってしまうのです。
では、“事業譲渡取引における利益相反”について、具体例を用いて考えてみましょう。
以下で、A社がB社に対してC事業を売却する取引を想定した場合に、A社とB社それぞれに発生しうる内容を解説します。
①A社側に発生しうる利益相反
A社は、自社の強みが発揮できる事業分野への投資を強化することで会社全体の収益性を高めていく事業成長戦略を策定します。
そして、その戦略に基づきA社の代表取締役が主導してB社との事業売却取引を進めていました。
しかし、A社の代表取締役は取引の過程で、高い投資効果を得るためにはスピードが重要と判断します。
そこで、早期の資金調達を実現するために、M&Aの仲介会社から提案を受けていた売却価格(※1)よりも安い価格での事業売却を進めてしまいました。
この場合、M&Aの仲介会社から提案を受けていた売却価格と実際の売却価格との差額がA社としての損失になるため、代表取締役と会社との間で利益相反が生じることになります。
※1…C事業部門の収益力や成長性・資産価値の評価に基づいたもの
②B社側に発生しうる利益相反
B社は、本業でのシェアを拡大することで会社全体の収益性を高めていく事業成長戦略を策定します。
その事業成長戦略の一環として、B社の代表取締役社長は、“優良な顧客と優秀な技術・人材を有するA社のC事業部門”の事業買収取引を、B社の代表取締役主導で進めていました。
取引を進める過程で、B社の代表取締役は、B社のライバル会社であるD社もA社のC事業部門の買収を検討しているという話を耳にします。
そこでB社の代表取締役は、D社が交渉に乗り出す前にA社との取引をまとめる必要があると考え、当初A社に提示していた買収価格(※2)よりも高い価格での事業買収を進めてしまいました。
これに関しては、実際の買収価格と当初A社側に提示していた買収価格との差額がB社としての損失になり、B社の代表取締役と会社との間で利益相反が生じてしまいます。
※2…C事業部門の収益力や成長性・資産価値の評価に基づき公認会計士が試算したもの
利益相反取引を行うとどうなるのか
取締役が会社との間で“取締役会あるいは株主総会からの承認を得ずに”利益相反取引を行った場合、以下のリスクが発生します。
・取引自体が無効となる
・取締役に損害賠償責任が生じる
取引自体が無効となる
以下のケースでは、取引自体が無効になってしまいます。
・取引の相手方である第三者が「取締役会あるいは株主総会からの承認を得ずに行われている利益相反取引であること」を知っていた場合
・「故意に確認を行わなかった・確認の手続きを怠った」など取引の相手方に重大な過失が認められる場合
取引が無効になってしまうと取引のために費やした時間やコストが無駄になってしまうので注意しましょう。
取締役に損害賠償責任が生じる
取締役会あるいは株主総会からの承認を得ずに行った利益相反取引により会社が損害を被った場合、取引の当事者である取締役は会社に対する損害賠償責任を負います。
ここでの損害には、取引の無効化に伴う相手方への賠償・原状回復に関する支出などが挙げられます。
これに関しては、自身の過失がないことを証明できない場合、承認に賛成したほかの取締役も連帯して損害賠償責任を負います。
まとめ
事業譲渡に関する取引では、売却側と買収側のいずれかに不利益が生じるケースが多いです。
所有・経営の機能が分離している企業が事業譲渡に関する取引を行う場合は、利益相反の有無について十分に検証した上で、取締役会や株主総会からの承認を得るための手続きを行う必要があります。