起業に必要なものとは、一体何でしょうか。
知識、経験、お金。人によってその答えは様々でしょう。
前回に引き続き、今回お話を伺うのは声優・歌手の緒方恵美さん。
前回は役者から声優・歌手の道へ進むことになった、緒方さんのキャリアを中心にお伝えしましたが、今回は満を持して起業された「株式会社Breathe Arts」についてお伺いします。
「株式会社Breathe Arts」とは何をする会社か。またどんな想いで立ち上げ、どんなプロジェクトを展開していくのでしょうか。
勇気と愛と想像力。そしてほんのちょっとのお金。
それが何かを挑戦する上で最も重要なものだと、緒方さんは語ります。その真意をお聞きしました。
緒方恵美さん
声優/歌手/株式会社Breathe Arts代表
東京都出身。
小学校6年生の時の学芸会をきっかけに芝居に興味を持ち、ミュージカル専門学校卒業後、劇団やミュージカル舞台を中心に活躍。
腰の持病の悪化や劇団の解散を経て、声優の世界へ。1992年に『幽☆遊☆白書』の蔵馬役で声優デビュー。
代表作に『美少女戦士セーラームーン』シリーズ(天王はるか/セーラーウラヌス)、『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ(碇シンジ)、『カードキャプターさくら』(月城雪兎/ユエ)、『Angel Beats!』(直井文人)、『ダンガンロンパ』シリーズ(苗木 誠、狛枝凪斗)など多数。
また歌手としても精力的に活動しているほか、2019年2月、新会社「株式会社Breathe Arts」を設立。同社の代表を務める。
コンセプトは「みんなで楽しく生きる」。新会社「Breathe Arts」、その目指す道とは
―前編では、主に緒方さんのキャリアについてを伺いましたが、後編ではいよいよ新しく立ち上げた「株式会社Breathe Arts」(以下、Breathe Arts)について伺っていきたいと思います。

近年はずっとフリーランスとして活動していたのですが、契約していたマネジャーがいました。
事務所に所属してはいないものの、そのマネジャーとの契約がある関係で、彼の勤める事務所にお金が入るような仕組みにしていたのですが、今年の1月に彼との契約が終了。
本当の意味で「独立」することになり、立ち上げたのが今の会社です。
―いわゆる個人事務所的な役割もあるようですが、ご自身のブログにあった「みんなのために」つくりました、というフレーズが印象的でした。
http://emou.seesaa.net/article/463951934.html

ちょうどマネジャーとの契約を終了すると決めた直後、何人かの業界内外の親しい友人たちが、同じタイミングでそれぞれの分野で新しいことをスタートしたとか、これからしようとしているということが発覚しまして。
事務所をやめた人、会社を始めたばかりの人、スタジオを作ったばかりの人、プライベートな節目を迎え新たな道を模索し始めた人たちなど、人によって様々ですが、あまりに重なるので、「これは、ひょっとしてみんなと協力して生きろという神の啓示!?」と(笑)。
―「みんなのために」とは、そういう意味だったんですね。

もちろんここでいう“みんな”とは、自分と親しい友人だけを指すわけではありませんが、まずは私や新事務所のスタッフ、そして友人たちから、そのウエーブは始まるんじゃないかなと。
コンセプトは「みんなで楽しく生きる」。
フリーランスで活動するよりも、会社という「場所」を作った方が大きな動きもできますし、ささやかですが支え合い、みんなでより楽しく生きるためには良いのではないかと思い、立ち上げました。
現代版・声優業界の「無名塾」を作りたい。無料の私塾を開講し、セルフプロデュース力を養う
―「Breathe Arts」では具体的に、どんなことをされる予定なのですか?

基本は私個人の仕事とその対応ですが、それに加えて、いくつかプロジェクトを進めています。
まず1つ目のプロジェクトは、声優の育成を目的とした、無料の私塾を作ることです。
―無料の私塾ですか?

はい。まぁ、なのでお金にはなりませんから、作ったばかりの会社ではまず普通やらないでしょうし、アントレ読者の皆さまに向けて1つ目にあげるのも申し訳ないのですが…(笑)。
この形式を選んだ理由は、大きく分けて2つあります。
1つ目は昔、俳優の仲代達矢さんが「無名塾」という俳優養成所を立ち上げた時に衝撃を受けたこと。
役所広司さんや滝藤賢一さん、真木よう子さんなど素晴らしい実力派の役者を多数輩出したことで有名な「無名塾」ですが、1975年のスタート以来、全国から応募者が殺到し、その中で入塾者として認められるのはごく数名。
受講料はなんと無料で、仲代さんのご自宅に作られた稽古場で、3年間みっちり稽古を行います。
同じ規模ではとてもできませんし、当時ならでは、舞台俳優さんならではの規則もあり、もちろんそのままというワケではないのですが、これを、現代・声優バージョンにアレンジして作ってみたいと思いました。
2つ目は、本当に優秀な素質を持った原石や、デビューしたものの伸び悩んで苦しんでいる優秀な若手に、垣根を取り払った勉強の機会を提供できたらと思ったこと。
正直に言って、本当に凄い素質を持つ人は、ほんの一握り。声優になりたいと望む人の中で、1万人に1人以下の確率だと思っています。その原石の原石に出会って、育ててみたい。未成年なら、ご家族と共に。
また、今はアプリゲーム全盛。声優と名乗っていてもアプリゲーム等しかしていない人や、アニメも若手ばかりの現場や小規模事務所も増えたため、先輩との交流が少なく、仕事としての現場での在り方を知らない若手も増えた。
「相手と心のやりとりをする」という芝居の根本だったり、まだまだ身体が作れていなくて肝心なときに叫べないなど、これはいわゆる「最近の若い者は」的な意味ではなく、今の流れの弊害的なものだと思っています。
そんな、今の声優業界の若手に必要なのは、まずは素質。そして当たり前ですが芝居の、演劇の基礎。そして「セルフプロデュース力」。
―「セルフプロデュース力」ですか?

この業界は、誰もが仕事をいただける世界ではありません。人から選ばれる人でないと。
現代の、新しい世代の声優には、「セルフプロデュース力」が必要です。
他にもいろいろ理由はあるのですが、とにかく今、自分の目から見える若手のために、いろいろな垣根を取り払った勉強の場所にするためには、この「無料の私塾」という形態がベストだと結論づけました。
―お金が発生しないからこそ、実現できる教育の場ということですね。

はい。
―塾生からお金を取らないということは、私塾立ち上げに必要な資金源は…?

全て私のポケットマネーです (笑)。いつまで持つか分かりませんが、私の貯金が尽きない限りはという形で、とりあえず1年。
塾には私も直接参加しますが、その道のエキスパートである私の友人たち数名にも参加していただく予定です。
様々なタイプの役者がいますが、私はいわゆる「憑依型」で、この感覚を教えることが難しい。
だから演技は「演技をみるプロ」である演出家に、身体トレーニングは身体の動きとお芝居を熟知している役者に、指導をお願いすることにしました。
私は、座学を中心に担当します。
志を理解し、みんな安く頑張ってくれるのですが、もちろんまとまると、会場費も含めこれがまぁまぁな金額になり…(笑)。
それでも、私個人が、お仕事をいただけているうちにやっておきたいなと。
ずっと私を生かしてくれた、この業界への恩返しとして。まだ私に“いのち”という時間や、仕事があるうちに。
日本はもちろん、海外のファンも楽しめる。料理イベントを開催!
―「Breathe Arts」として、他に進めているプロジェクトはありますか?

いくつかあるのですが、現段階でお話できるものとすると、私が料理を作ってゲストを呼んで振る舞う、というイベントをやります。
私が作った拙い料理をTwitterにたまに載せているのですが、思ったより評判が良く、一度食べてみたいという声が大きくなり、バンダイナムコアーツさんと声優グランプリさんのご協力も得て、これをマンスリーイベント化することになりました。
Good Morning!
It's sunny day@TOKYO.朝ごはん。大豆麺で鶏とほうれん草のペペロンチーノ、サラダ、3種のキノコスープ。
オハヨウゴザイマス!
【各プレイガイド先行中】BD Livehttps://t.co/IS038x9vrq
【開催】「オガタメシDEオモテナシ」https://t.co/ueN7plx69g
【公開中】「#シャザム」! pic.twitter.com/kwKfsV0SLB— 緒方恵美@6/6B.D.Live (@Megumi_Ogata) 2019年4月28日
軽めの昼ごはん。
豚ひき肉と大根の葉炒めレタス巻き、トマトとゆで卵、鞍掛豆と舞茸と野菜のスープ。アップルビネガーサイダー。今日は自宅でPC作業。
終われたら、少し散歩に行きたいので頑張ろう!>オレ(^-^) pic.twitter.com/RQPqAD4kQD— 緒方恵美@6/6B.D.Live (@Megumi_Ogata) 2019年4月28日
―たしかに美味しそうですが…。緒方さんと料理、これまた斬新な企画ですね。

私も驚いています…(笑)。
正直ごく普通の料理すぎて恐縮なんですが、敢えて特徴をあげれば、ここ2年くらい、ぬるめの糖質制限をしている関係で、「糖質を抑えた家庭料理」という所。
「声優とぬるい糖質制限料理」ってなかなかない組み合わせですよとそそのかされ、確かにと思って、やってみることにしてしまいました(笑)。
―ゲストはどのような方が来られるのですか?

イベントの第1回目は声優の田所あずささんですが、以降、声優だけでなく、アニメ監督やプロデューサー、ミュージシャンなど様々な領域で活躍する方々をゲストとしてお招きする予定です。
その折々に、作品や音楽の告知がある方を中心に(笑)!
またこちらはイベントですので、一般のお客さまも参加可能です。美味しいメニューをお出しするカフェ風ライブスペースなので、お酒や飲み物を片手に、私とゲストのトークが聞けちゃいます。
ちなみに私がゲストのために作った料理も、お店の方に同レシピで作っていただいて、ワンスプーンですが食べていただけます。お楽しみに(笑)。
―ファンにはたまらないイベントになりそうですね!

料理を楽しんで頂くことはもちろんですが、この料理と告知を絡めた映像を、海外のファンの方にも楽しんでもらえる方法を、同時に今模索しています。
海外の方に私たちの作る、日本の作品を知ってもらうために、簡単&ヘルシーな日本の料理映像と合わせて告知発信できないかという…。それが私のごはんでいいのかという所は、未だに逡巡する部分ではあるのですが(笑)。
「クール・ジャパン」と言われていますが、実は日本のコンテンツは海外に、日本人が思っているほどは普及していないので。
その状況を国内・海外、両方の皆さまに知ってほしくて、2年前にクラウドファンディングも立ち上げてみました。
https://camp-fire.jp/projects/view/28110

プロジェクト自体は成功したのですが、まだまだ、様々なコンテンツを受け取って頂くには程遠くて…。
実際に行けば、海外のファンの人たちは、ありがたいことに日本人に負けないくらいの熱量で応援してくださるのですが。
今回のイベントも、これを通してゲストが関わっているコンテンツにも、国内・海外のファンの皆さんがより興味を抱いてくれるきっかけになれたら嬉しいなと思って、今、準備を進めています。
人生に必要なのは『ユウキアイマジン』と、ほんのちょっとのお金
―この企画も無料の私塾も「みんなが楽しく生きる」をコンセプトに、しっかりと則っていますね。

はい。
まだ公表できないものもありますが、いずれも「みんなが楽しく生きる」に沿ったものを、打ち出していけたらと考えています。
―そのプロジェクトと並行して、声優・歌手としての活動もされるんですよね。

もちろんです! 前編でもお話しましたが、私の活動の根幹は、声優・歌手として生きることには変わりありません。その傍らでいろいろなプロジェクトを進めていきます 。
歌手としては5月にはモスクワでオーケストラとコンサート。6月にはバースデーライブ、そして所属レーベル・ランティスのランティス祭りもあります。
声優としては、今公開中の「シャザム!」に主人公ビリー役の吹き替えを務めつつ、アニメやゲーム作品に日々取り組んでいますし、多くの皆さんが気にしてくださっている『エヴァ』の最新作の収録も、既に始まっています。
―これから新しいことに挑戦する『アントレ Style Magazine』の読者へ何かアドバイスをいただけないでしょうか。

私の歌に『ユウキアイマジン』という曲があります。
「ユウキ」と「キアイ」、「アイ」と「イマジン」。
ほんのちょっとの勇気と気合い、愛と想像力があれば、幸せになれるよ、という歌。
「違う音が重なってうまれるハーモニー」「ちいさなミステイクも味わい、愛おしい」と。
想像力を働かせて、勇気を持って1歩踏み出してみたら、きっと状況は変わる。そしてその勇気を支える、ほんのちょっとのお金。たくさんじゃなくていい。それさえあれば、人生は楽しくなるんじゃないでしょうか。
―勇気と愛と想像力。「Breathe Arts」の根幹を支える価値観だと思います。

「こんなことしたいな」という想いを持って、関わる人達に愛を持ちつつ「やってみよう」と踏み出す勇気。
違う音が重なり合った方が、魅力的なハーモニーがうまれるみたいに。ちいさなミステイクも味わいって(笑)。
そう思いながら進むと、不思議と、その時に必要な人にも出会えるようになる。
起業してからまだ間もないですが、既におもしろい出会いをたくさん経験しました。もともと人と会って話すのは好きですし多い方ですが、起業をしてからその数が2倍以上になった気がします。
―なぜ増えたんでしょうか?

なんででしょう(笑)。「面白そうな匂い」でも出てたかな(笑)?
でもありがたいです。いろいろな方を通して、拡がっているから。
今打ち出している私塾もイベントも全て、人が人を呼び、繋がって支え、また支えてくれる仲間がいるからできていること。
踏み出さなければ、運にも人にも出会えない。出会った人が、その先に繋げてくれる。
これから何かに挑戦したいなら、まずはその想いを大事に行動する。
たくさんの人と会って関係を構築することから、始めてみるといいのではないでしょうか。
取材・文・撮影=内藤 祐介