会社員を辞め、独立開業することを”脱サラ”といいます。脱サラをして開業するにはさまざまな業種や職種が考えられますが、近年“農業”の人気が高まっています。では、脱サラ農業が人気の理由やその魅力はどのようなところにあるのでしょうか。本記事では、脱サラ農業のメリット・デメリットや、成功させるためのポイントをご紹介します。
脱サラ農業が人気の理由は“給付金”?
日本の農業は少子高齢化や後継者不足により、就農者の減少が課題となっています。2015年に175.7万人だった基幹的農業従事者は、2023年に116.4万人となっています。わずか9年間で約34%、59万人以上減少しています。
少子高齢化以外にも農業が盛んに行なわれている地方から都市部へ、働き手となる若者が流出してしまうことや、地方の過疎化なども原因となっています。
しかし、そのように農業の後継者問題が囁かれている一方で、脱サラをして農業を始める人が増えているともいわれています。実際、2021年の新規就農者数は5万2,290人で、将来の担い⼿として期待される49歳以下の新規就農者は、1万8,420⼈でした。40代以下の新規就農者の方々は毎年2万人前後で推移しています。
少子高齢化により農業人口は減っているものの、40代以下でも年間2万人前後の方々が新しく農業を始めているとなると、脱サラをして農業を始める選択肢も身近に感じるのではないでしょうか。
では、なぜ脱サラ農業が人気になっているのでしょうか。その理由の1つとして「就農準備資金・経営開始資金(農業次世代人材投資資金)」などの“助成金”の制度があることが挙げられます。この存在が、脱サラをして農業への挑戦することを後押ししているのです。
「令和4年度 食料・農業・農村白書」(農林水産省)(P.141より)
「就農準備資金・経営開始資金(農業次世代人材投資資金)」(農林水産省)
脱サラ農業を後押ししている“農業次世代人材投資資金”
“農業次世代人材投資資金”とは、以前は“青年就農給付金”と呼ばれていたものです。次世代を担う農業者となることを志向する者に対し、就農前の研修を後押しする資金および就農直後の経営確立を支援する資金を交付する、農林水産省管轄の助成金です。
研修を受ける就農希望者に最長2年間交付を行なう“就農準備資金”と、新規就農者に向けて農業経営を始めてから経営が安定するまで最大3年間交付を行なう“経営開始資金”があることが特徴です。
就農準備資金
準備型である就農準備資金とは、都道府県が認める研修機関・先進農家・先進農業法人で概ね1年以上の研修を受ける就農希望者に、最長2年間、月12.5万円(年間最大150万円)を交付するものです。
交付対象者となる条件は下記の通りで、すべてにあてはまらないといけません。
・就農予定時の年齢が、原則49歳以下であること
・独立・自営就農、雇用就農又は親元での就農を目指すこと
※独立・自営就農を目指す者については、就農後5年以内に認定農業者又は認定新規就農者になること
※親元就農を目指す者については、就農後5年以内に経営を継承する、農業法人の共同経営者になる又は独立・自営就農し、認定農業者又は認定新規就農者になること
・都道府県等が認めた研修機関等で概ね1年以上(1年につき概ね1,200時間以上)研修すること
・常勤の雇用契約を締結していないこと
・生活保護、求職者支援制度など、生活費を支給する国の他の事業と重複受給でないこと
・原則として前年の世帯(親子及び配偶者の範囲)所得が600万円以下であること
・研修中の怪我等に備えて傷害保険に加入すること
就農準備資金は、農業についてしっかりと研修を受けてから始めたい方におすすめです。
経営開始資金
経営開始型の経営開始資金とは、新規就農される方に、農業経営を始めてから経営が安定するまでの最大3年間、月12.5万円(年間150万円)を定額交付するものです。
交付対象者の主な要件は以下の通りで、すべて満たす必要があります。
・独立・自営就農時の年齢が、原則49歳以下の認定新規就農者であり、次世代を担う農業者となることについての強い意欲を有していること
・独立・自営就農であること
・自ら作成した青年等就農計画に即して主体的に農業経営を行なっている状態を指し、具体的には、以下の要件を満たすものとする
農地の所有権又は利用権を交付対象者が有している
主要な機械・施設を交付対象者が所有又は借りている
生産物や生産資材等を交付対象者の名義で出荷取引する
交付対象者の農産物等の売上げや経費の支出などの経営収支を交付対象者の名義の通帳及び帳簿で管理する
・生活保護等、生活費を支給する国の他の事業と重複受給していないこと
・雇用就農資金による助成金の交付又は経営継承・発展支援事業による補助金の交付を現に受けておらず、かつ過去にうけていないこと
・原則として前年の世帯(親子及び配偶者の範囲)所得が600万円以下であること
また、自分の親元に就農する場合であっても要件を満たせば、親の経営から独立した部門経営を行なう場合や、親の経営に従事してから5年以内に継承する場合は、その時点から対象となります。
このように年齢や状況などといった対象条件はありますが、決して狭き門ではありません。それらを満たしている人であれば交付を受けられるので、脱サラ農業における収入低下の心配を減らすことが可能といえるでしょう。
また、各地の自治体がⅠターン・Uターンをして就農する人のために、都市部での相談会、現地見学会や体験会をはじめとして、さまざまな支援活動をしています。(一社)全国農業会議所のWEBページ「農業を始める.JP」などを参考にして、自分の理想の農業を実現するための条件があるか調べてみましょう。
「就農準備資金・経営開始資金(農業次世代人材投資資金)」(農林水産省)
脱サラ農業に向いている人の特徴
続いて、脱サラ農業に向いている人の特徴をご紹介します。脱サラ農業に魅力を感じ、以下の特徴に当てはまっているのであれば、挑戦するチャンスかもしれません。
1.体力がある
まずは体力があることです。デスクワークで長時間働いているよりも、身体を動かしたり、自然に触れたりする仕事がしたい方には農業が向いているでしょう。
また、農業は体が資本であることに加えて、季節を通して屋外での作業や、熱気のこもったビニールハウス、早朝や深夜の作業も発生することがあります。気温差や寝不足などで体調を崩さないよう、自己管理がとても大切です。
2.行動力がある
農業は試行錯誤の連続です。そして、作った作物に魅力を感じてお客さまに購入してもらうためには“いかに他者の作物と差別化をするか”が重要になります。
差別化をするには”新しい品種へのチャレンジ”や”販路の開拓”など、チャレンジに挑める気概、行動力がある人こそ、脱サラ農業に向いているといえます。
農業は古くからの慣習が多い産業ですが、会社員時代に得た新しい技術革新やマーケティング手法を取り入れることで大きく成功させられる可能性も秘めています。
3.コミュニケーション能力が高い
自分の裁量で自由にのびのびと働けることは事実ですが、農業を現代のビジネスとして成長させていくには、他の農家やお客さまとのコミュニケーションが、他の職種と同様に必要不可欠な仕事です。
農家コミュニティ、また地域ならではの情報がある場合も少なくないので、周りと完全に関係を断って仕事をするのは難しいでしょう。そのため、コミュニケーション能力の高い人の方が脱サラ農業に向いているといえます。
4.ある程度の貯蓄がある
脱サラ農業をしてすぐに結果が出るとは限りません。万全を期しても、気候・天候に恵まれないこともあります。そのため、最初のうちは貯蓄を崩して生活しなければならないこともあるでしょう。”ある程度収入が低くなっても生活していけるだけの貯蓄”をあらかじめ蓄えておくと、脱サラ後の失敗を回避できるでしょう。
前述した農業次世代人材投資資金などの補助金もありますが、条件や限度もあります。そのため少なくとも半年分以上の生活資金や運営資金は用意しておきたいものです。
5.農業が好きである
簡単に結果が出なかったり、天候に左右されたりと“一筋縄ではいかない”のが農業です。そのため、農業が好きだという気持ちがない人は頑張り続けられないといえるでしょう。
“人気だから”“稼げそうだから“と安易に考え、脱サラをして農業に飛び込むのは危険です。上記で紹介した特徴を満たしていても、心から“農業が好きだ”という気持ちがない方は、別の仕事を探すことをおすすめします。好きでも続けられなければ元も子もありません。継続できるか不安な人はまずは農家が募集している農業体験などに参加してみるのも良いかもしれません。
6.社会的な課題に関心がある
近年よく耳にするSDGs(持続可能な開発目標 Sustainable Development Goals)にも関心があり、飢餓問題、環境問題、地方雇用の創出による産業基盤など、社会的な課題に取り組みたい方にも農業は向いているでしょう。
会社員時代に得た経験を農業に転換することによって、農業を通して社会の問題を解決していく可能性も大いにあります。農業は社会や環境の役に立つという、やりがいを強く感じることのできる産業の1つでもあるのです。
「SDGs(持続可能な開発目標)17の目標と169のターゲット」(農林水産省)
脱サラ農業のメリット5つ
脱サラ農業が向いている人の説明に続いて、脱サラ農業の5つのメリットをお伝えします。
1.自分のペースで仕事ができる
会社員は、仕事をする場所や時間が会社によって決められていることがほとんどです。また、通勤に時間がかかることもあり、自由に使える時間はそれほど多くないのではないでしょうか。
対して農業は、自身も農場の中や近くに住むことができるため、そういった場合は通勤時間を考慮する必要がありません。
天候に左右される仕事であり、選ぶ作物や栽培手法によっては毎日面倒を見なければならない場合もありますが、農作業のない農閑期は扱う作物によっては長い休暇が持てたり、自分でワークライフバランスを決めたりすることができるといえるでしょう。
自由な分、自己管理が必要になりますが“自分で自分の働き方をコントロールしたい”という方には合っているかもしれません。
2.自然に囲まれた環境で仕事ができる
“自然に囲まれた環境で仕事ができること”も脱サラ農業のメリットといえます。巨大なビルに囲まれるような環境にストレスを感じてしまう方にとっては、農業という職業は向いているでしょう。
季節の移り変わりを肌で感じられ、旬の食材を目一杯楽しめる点は、自然と近い場所で仕事をしている農業ならではといえるはずです。
また“のびのびとした環境で子育てをしたい”と考えている方にとっても、自然に恵まれた環境で家族と過ごせるメリットがあります。
3.人間関係のストレスから解放される
農業を始めると、周りの農家との関係性は築かなくてはいけないものの、必要以上の人との関わりはなくなります。会社での理不尽な要求や度重なる会議などによるストレスからは解放される可能性が高いでしょう。
“脱サラをして人間関係をリセットしたい”と考えている方は、農業という選択肢を考えてみてもいいかもしれません。
4.結果がわかりやすい
農業は作物を種や苗から育てて、販売できるレベルまで成長させるものです。自分の創意工夫によって品質が分かりやすく成果として表れたり、作物の収穫量として目に見えて仕事の結果が出たりするところもメリットの1つといえます。
5.日々、発見がある
「脱サラ農業は、毎日同じことの繰り返しなのではないか」と思う方もいるでしょう。しかし、1年という大きなサイクルがあり、その1年も常に同じ条件とは限りません。自然相手に仕事をする農業は、自分の思った通りに仕事が進むものではありません。
また、世のなかの食文化や人の好みも変わっていきます。それを見越して、何を育てれば収益が上がるかを考え、計画を立てていかなくてはなりません。そのような中では、毎日新しい発見があり、自分が想像していなかった出来事に対して“どのように対処して、利益に結び付けるか”を考えながら仕事に取り組む必要があるのです。
自分を成長させてくれる場としてぴったりだといえるでしょう。
脱サラ農業のデメリット4つ
続いては、脱サラ農業のデメリットをご紹介します。
プラス面とマイナス面のどちらも理解したうえで、脱サラ農業に挑戦するかどうか検討するといいでしょう。
1.1年目の収入は少なくなる
脱サラ農業は“すぐに結果が出ないこと”がほとんどです。作物を育てて収穫するまで時間がかかりますし、初年度は思うような収穫量にならない可能性もあります。
そのため、特に1年目に関しては“収入はほとんどない”と覚悟しておいた方がいいでしょう。
そこを耐え忍び、自分で収入を作れるようになれば楽しさを感じられるかもしれませんが、”すぐに収入に結びつかないこと”はデメリットであるといえます。
前述した助成金を活用したり、自己資金を確保しておいたりするなど、1年目の低収入・無収入に対応した準備を進めましょう。
また農業は、会社員時代のような安定した収入が得られるわけではありません。台風などの災害に見舞われたり、病気やケガをして作業ができなくなったりしてしまうと収穫量が減り、その年の収入が予想より少なくなることもあります。
脱サラ農業が失敗してしまう大きな要因の1つが、生活資金が足りなくなってしまうことです。お金の管理は現実的に考えて、もしものときに備える保険などの対策もしておくと安心です。
2.まとまった休みが少ない
自由に自分のペースで働ける反面、農業は作物の状況を毎日チェックする必要があるため“まとまった休みを取りにくいところ”がデメリットです。もちろん、農作業のない農閑期がありますが、収穫の前後などは農繁期といい、収穫から梱包まで作業が多く、早朝から遅くまで働かなければ間に合わない時期もあります。
会社員のようにあらかじめ定められた土日祝日の休みや、GWや夏休みなどの大型連休があるわけではないので、この点で辛さを感じる方もいるでしょう。
その反面“農業は基本的に自由である”ので、休みたいときに休んでも問題ありません。一般の人たちの長期連休とずらして休みをとれば、混雑を避けて休暇を楽しめることもあります。
休みをいつとるかどうかも、どこまで作業を行うかも自由である反面、すべて自己責任となることは覚えておきましょう。
3.体力的に厳しいこともある
農業は体力勝負であり、ときには炎天下で長時間作業をしなければならないこともあります。体力に自信がある方であっても“厳しい”“しんどい”と感じることもあるでしょう。
“楽しいことばかりではなく、疲れてしまうこともある”という点は、他の仕事と同じであり、デメリットであるといえます。自分の体力や体調管理にも留意しながら、どのような作物をどのくらいの作業量で育てていくか、慎重に考えて決めましょう。
また、すべてを自分1人で行おうとせず、場合によっては人を雇用したり家族で作業を分担したりするようにしましょう。
4.逃げ場がない
脱サラ農業といえば“田舎に移住して、脱サラ農業を始めること”が一般的であるといえます。しかし、慣れない地方エリアでは、コミュニティが狭くなってしまうこともあります。ときには農業の仕事とプライベートなつながりが近くなりすぎることで、“逃げ場がない”と感じてしまう方もいるのが事実です。
都会独特の“周りに対して興味・関心がない”という状態に慣れている方にとっては、その状況に慣れるまではデメリットと感じてしまうかもしれません。しかし、その土地独自の気候や慣習などもあるので、それらを知るためには、コミュニティとの太いつながりが必要です。土地の人にとっては当たり前すぎることに気付かず、大きな失敗につながることもありえます。
また、子どもがいれば、その子はその地域の学校に通い、そこで友達を作ることになります。脱サラ農業という一大決心をしたのであれば、コミュニティの中に飛び込んでいく勇気を持ちましょう。それでも、デメリットだと感じる方は、スポーツや楽器など仕事と離れた趣味を作り、ストレスをコントロールしましょう。
脱サラを目指すなら“アントレ”もチェックしよう
農業は国からのサポートも充実しており、脱サラをして新規参入しやすい分野であるといえます。その反面、お伝えしたデメリットがあることも事実です。よい面だけを見て飛び込んでしまわないよう、じっくり考えて決断するようにしましょう。
もし脱サラをして独立・開業することを考えているなら、農業以外の選択肢も検討するのがおすすめです。比べることで、改めて農業で生きる魅力を実感することが出来たり、新たな自分の可能性に気付いたりすることもできるでしょう。
“アントレ”には全国規模のフランチャイズや代理店、開業支援など役立つ情報が数多く掲載されているので、ぜひチェックしてみてください。
独立開業・フランチャイズ・代理店ならアントレ<毎週金曜更新>
<文/北川美智子>