めまぐるしく変わる社会情勢。先行きが不安でも、一度きりの人生だからと脱サラして飲食店を始めたいと考える人は多いようです。
飲食業は身近な事業のため開業イメージがしやすく、お客さまとコミュニケーションもとれて楽しそうに思える方も少なくないのではないでしょうか。本記事では移動販売(キッチンカー)の開業についてご紹介します。
飲食店の開業資金
飲食店を開業するにはかなりの開業資金が必要です。
そこで、「店舗を構えるのは難しいけれど、屋台や車での移動販売なら開業資金が少なくて済み、自由に自分の時間が持てそうだ」と、移動販売(キッチンカー)で起業する方も増えています。
実際に、「移動販売」や「キッチンカー」というキーワードで検索している人は2020年頃から急激に増え続けており、移動販売車の営業許可件数は2016年(平成28年)頃から特に顕著に増えています。
「キッチンカー」検索数(Google Trends)は以下のようになっています。
「2020年土地白書」の、「図表 2-1-32 東京都における移動販売車の営業許可件数の推移」を見ると、年々移動販売車が増えていることが一目瞭然です。そこで、これから移動販売(キッチンカー)を始める人向けに、チェックしておいた方がよいという点を見ていきましょう。
「2020年土地白書」(東京都福祉保健局/食品衛生関係事業報告)
P.76より
※リンクの遷移先はPDFファイルです。ダウンロードに大量の通信費がかかる可能性があります
脱サラして独立・開業しやすい移動販売(キッチンカー)
下記は、2020年に東京都内における「飲食店営業施設数」と「自動車施設数」を表したグラフです。コロナ禍で内食やテイクアウトなどが増え、移動販売の需要が高まったことも、キッチンカー増加の追い風になったといえるでしょう。
「図a)東京都の飲食店営業施設数と「自動車」施設数の推移」(J-Net21)
初期費用は融資いらず!低コストで開業可能
移動販売(キッチンカー)を始めるにも初期投資は必要ですが、店舗を借りるときのような高額の保証金はなく、凝った内装も必要ありません。
そして最小限の設備投資や人件費で運営し、人が集まる場所へ出向いて販売できるので、効率よいビジネスモデルといえます。
自宅を事務所とする場合、キッチンカーの購入・什器類・手続き費用・その他費用を合わせても、300〜500万円を見込めばよいでしょう。
脱サラした時点で貯蓄や退職金があれば、融資を受けなくても開業できる可能性は充分にあります。
日々の失敗は、すぐ改善できる
キッチンカーは、1人もしくは2人がその場で簡易な調理をして回転よく販売する業態であり、道路使用許可や都市公園法など出店許可が得られるなら売り上げが伸びる場所へといくらでも移動できるという強みがあります。
また、メニューや調理方法を改善するにも調理スタッフが少人数のため、教育する時間や調理レベルのバラつきがないのも強みです。
したがって、毎日のお客さまの反応をいかに汲み取って即座に改善していくかが、移動販売成功のカギといえるでしょう。
調理と接客が1人なら最少の人件費
多くのキッチンカーでは、オーナー単独もしくはそのパートナーと2人など、最低限の人数で運営するケースがほとんどです。
最も固定費を圧迫する人件費を最少にできれば、提供スピードを少々犠牲にすることになっても利益が出しやすいビジネスといえます。
提供スピードは材料の仕込みやメニューの工夫で短縮できる場合が多いため、まずは少人数でいかに効率よく提供できるかを追求していくようにしましょう。
開業費用は数ヵ月の運転資金を見込む
飲食店の開業費用は、店舗や設備にかかるものだけでなく運転資金も含まれます。商品が売れても売れなくても固定費用はかかるため、固定費の6ヵ月程度は用意しておきましょう。
また、当面は利益が出ないことを想定して6ヵ月〜1年程度の生活費が手元にあれば、精神的にも安心して業務にじっくり取り組めます。
もし資金が不安なら、日本政策金融公庫の融資などで調達しておきましょう。本記事の後半で紹介します。
移動販売(キッチンカー)の開業に必要な費用
移動販売は、店舗型の飲食店よりも開業資金が少額で済みますが、店舗型にはない移動販売車両ならではの費用を見ていきましょう。
キッチンカーの購入費用
ここでは、キッチンカーの設備や備品の費用についてみていきましょう。キッチンカーは、荷台がキッチンスペースになったトラックタイプやバンタイプが主流です。
車載重量の分類ではおおむね下記の3種類に分かれますが、完成車両の購入ではなく荷台部分のみの調達や持込み改造ができる場合もあります。
軽トラック型 軽バン型 | 新 車:200万〜300万円 中古車:100万〜200万円 |
普通車1トン型 | 新 車:300万〜500万円 中古車:150万〜400万円 |
普通車1.5トン型 | 新 車:350〜600万円 中古車:200〜500万円 |
荷台の箱部分のみ | 車載型:30〜100万円 |
車両持込み改造 | 軽トラック型:50万〜100万円 |
上記はあくまで目安であり、購入先や仕様や経過年数などによって変動します。
キッチンカーの調達方法は、購入だけでなく、1日ごとレンタルするプランや1ヵ月や半年・1年契約のリースを利用することも可能です。
高額な資金を投入して購入する前に、レンタルやリースのキッチンカーを利用して移動販売の腕試しをしてみるのもよいでしょう。
調理器具やその他の費用
キッチンカーには下記の設備が必要であり、費用の目安は50万〜60万円となります。
• エンジン発電機もしくはポータブル蓄電池
• 照明器具・換気扇
• 水道・シンク・貯水タンク
• 収納
• 冷蔵庫
• 調理台(コンロ・鉄板・焼き台など)
キッチンカーでは給水タンクと排水タンクの2つを設置しなければなりません。タンク容量(40・80・200リットル)によって販売できるメニュー・調理の工数・仕込み作業の可否などが異なります。必ず確認するようにしましょう。
これらの設備基準については都道府県などによって基準に差異があるので、販売エリアに適合した内容になっているか確認してください。また、都道府県をまたいで営業する可能性がある場合も気をつけましょう。
設備以外にも、テイクアウト容器・箸やスプーン・輪ゴム・手さげビニール袋など、消耗品の確保も必要です。
開業時の広告宣伝費
設備の準備とともに、いかにしてお客さまを集めるかも重要です。
販売地域を固定して活動するなら、オープン時の初回広告は折込みチラシやポスティングチラシなどを行うと効果的です。デザインから印刷・配布まで一括して請け負ってくれる会社もあるので、比較・検討してみるとよいでしょう。
移動型の機動力を活かす広域の販売なら、SNSを活用した告知との相性がよいでしょう。クチコミ投稿や会員募集・ポイントカードなどの割引で固定客を増やし、定期的な投稿で情報を提供し集客していくのが、上手な広告宣伝方法といえます。
しかし、毎日の仕込みや移動、販売で時間が作れない場合などは、有料のSNS運用代行サービスを検討してもよいかもしれません。
移動販売スタートまでの流れ(1)営業許可・資格編
ここからは、移動販売をスタートさせるまでに必要な、準備や手続きについて解説します。
食材の仕込みやストック場所を決める
素材を切ったり火を入れたりと事前の仕込み作業が必要な場合には、食品衛生法に基づき、保健所の営業許可を受けた仕込み場所を確保しなければなりません。
しかし、仕込み場所を別に借りると、せっかく初期投資を抑えた移動販売のメリットが薄れてしまいます。開業資金が膨らまないように、飲食関係の知人の厨房を仕込み場所に借りたり、仕込済みの食材を仕入れたりするなどの工夫をしましょう。
保健所から営業許可をもらう
出店する場所が同じ都道府県内でも、市区町村や場所によっては複数の保健所で営業許可を取得しなければならない場合があります。
また、道路・公園・公共施設・民間の商業施設などでは、それぞれ管理権限者が異なるため許可申請の窓口も異なります。許可要件は自治体や施設ごとに定められており、販売メニューによっても設備の要件や基準が異なるため、事前によく調べましょう。
営業許可等の申請手続きについては、代行業務を専門とする行政書士もいます。このような経験豊富な専門家にお願いしたり、アドバイスを受けたりするのもよいでしょう。
食品衛生責任者の資格を取得する
営業許可を取得するためには、食品衛生責任者の資格が必要となります。食品衛生責任は食品衛生管理者とはまた別の資格になり、食中毒や食品衛生法違反を起こさないための責任者です。
食品衛生責任者は、1店舗につき必ず1名、移動販売であればキッチンカー1台につき必ず1名設置しなくてはいけません。
栄養士・調理師などの免許を取得していれば申請だけで済みますが、そうでなければ、都道府県が行う食品衛生責任者の養成講習を計6時間受講しなくてはなりません。定員が満席になることも珍しくないため、早めに予約して取得しておきましょう。費用は、東京都の場合で1万2000円です。
PL保険(生産物賠償責任保険)に加入する
移動販売を行うためには、PL保険(生産物賠償責任保険)への加入が必要です。
PL保険とは、販売する食品(生産物)が、もしお客さまに損害を与えてしまった際に、お客さまの損害を補償する保険です。万が一販売した食品から食中毒を出してしまった場合には、お客さまに対し数十万〜数百万円もの賠償をしなければならなくなる可能性もあります。
出店許可条件にPL保険加入を必須とする場合が多いため、損害保険会社や日本食品衛生協会、商工会議所などで必ず加入しておきましょう。そのほか、さまざまなリスクに備えた店舗総合保険もあるので、保険についても検討してみるとよいでしょう。
移動販売スタートまでの流れ(2)メニュー・機材編
開業資金や営業許可の目途が立ったら、販売するメニューを決めてキッチンカーの取得に向けて動きます。
販売するメニューを決める
キッチンカーの運営で最も大切な要素の一つが“メニュー(商品ラインナップ)”でしょう。
多国籍料理などの変わりダネや和食中心の弁当といった定番メニューなど選択肢は多彩ですが、キッチンカーを利用する方の購入動機には「珍しいものが食べられる」という意見が少なくありません。
また、ありきたりの定番メニューでは競争相手が多くなるため、低価格競争に陥りやすいという傾向が見られます。
さらに、場所の使用許可の条件としてメニューごとの設置件数(和食弁当1件、カレー1件、ラーメン1件、多国籍料理1件、粉もの1件、スイーツ1件など)を決めている場合もあります。競合が多い定番メニューでは出店機会が少なくなりやすいため、下記の観点を考慮して決めましょう。
• 購入ターゲット(年齢・性別・属性)
• 客単価とボリューム
• 競合の数
• 時事・トレンドメニュー
• 場所とのマッチング
• 時間帯や曜日、季節
キッチンカー(移動販売車)を購入する
キッチンカーのタイプは、メニューや調理工数、出店する場所などによって必要設備が異なります。
また、完成新車・完成中古車・既存車を改造・リース(レンタル)から、自分の希望や予算と相談して決めます。もしも大きな鉄板や調理台が必要なメニューなら、1トン以上のキッチンカーが必要になるでしょう。
移動販売スタートまでの流れ(3)出店場所探し編
開業資金・営業許可・販売メニュー・キッチンカー入手方法が決まれば、次は出店場所の選定や通年の大まかなイベントの把握をしましょう。
開業前に出店場所の目星をつける
売れ行きは出店してみないと判からないものの、人が集まる場所や傾向が事前に分かれば、対象とする属性も明確となり、勝機が見えてきます。
顧客層に据えた属性の行動には一定の傾向や規則性があるため、特徴を整理して推測し、検証を重ねてパターンを見つけましょう。
土日・祝日のイベントカレンダーを作る
人が1ヵ所に集まる、土日・祝日のレジャー施設や公園・行楽地、商業施設を狙います。
季節ごとに催される定番イベントは最も売り上げが見込めるため、まずは最優先の出店予定とするなど、イベントカレンダーを作るのが効率的です。
キッチンカーなら、大きな祭りや野外フェスだけではなく小規模の祭りや催し物でも充分に採算が合うため、競合が少ない郊外のマイナーイベントでも積極的にカレンダーを埋めれば、充分、勝ちパターンになり得るでしょう。
脱サラをして移動販売で独立するも、失敗した事例6選
ここからは、脱サラをして移動販売で独立した方の失敗事例を見てみましょう。失敗事例から学ぶこともあるはずです。
失敗事例(1)キッチンカーの購入費が高い
気合いを入れすぎて初期投資額が膨らみすぎないように気をつけましょう。
インスタ映えするようなオシャレな食べ物を扱うなら、キッチンカーの見た目や雰囲気は重要です。しかし、キッチンカーの客単価は下記のように1,000円を超えるのが困難であることを踏まえ、無理のない初期投資の予算を組みましょう。
「6.移動販売の利用にかける金額」(市場調査データ移動販売)
失敗事例(2)営業許可が下りない
2021年6月の食品衛生法の改正によって、各都道府県の保健所の許可要件はおおむね統一されました。
しかし、細かい部分は地域ごとで多少異なっているため、当該地域の基準を確認せずに憶測でキッチンカーや設備を準備して、許可が得られないケースがあります。
また、キッチンカーで必要となる営業許可には、キッチンカー内で調理した料理を提供する場合(調理営業)と、弁当など調理済みの商品を販売するだけの場合(販売業)があります。それぞれで必要となる施設基準が違うので注意が必要です。
さらに、出店場所が許可のある都道府県の外なら、改めてその地域の保健所の許可がいります。出店準備が水の泡にならないように、出店許可の事前確認は慎重に行うべきです。
失敗事例(3)LPガスが買えない
キッチンカー内で加熱調理を行うには、LPガスを利用するものがたくさんあります。LPガスは販売事業者と契約をして充填できる先を確保するだけなのですが、行政指導が厳しくなったため新規の契約を断られることもあり、常に供給できるとは限りません。行政指導が厳しくなった裏側には、ガス事故が起きた場合に現場に駆け付けることができる範囲内での販売を、経済産業省が推奨しているという理由があります。
あらかじめガス会社に問い合わせをして、必ず事前にLPガスの契約が可能か確認しておきましょう。
失敗事例(4)フランチャイズ加盟の問題
フランチャイズのキッチンカーの場合は、フランチャイズ本部が販売ノウハウのない加盟者へ移動販売業のサポートをしてくれます。フランチャイズへの加盟時には加盟金や保証金が必要な場合がありますが、移動販売車や調理器具をリースしてくれることもあり、サポートは心強いでしょう。
しかし、サポートの対価として売り上げに応じたロイヤリティを支払わなければならないため、加盟店の手元に残る利益は独立して営業するよりも少なくなります。 加盟前に自分の必要なサポートとその対価が見合っているか確認するようにしましょう。
失敗事例(5)出店場所が確保できない
効率的に売り上げられる出店場所は人気が高く、競合と取り合いになるため、先の予定を計画的に立ててよい場所は早く押さえましょう。
また、決めた場所を継続して利用していれば、売り上げの傾向が分かり、常連や固定客を増やしていけるでしょう。それでも場所の確保に困るなら、マンション群・オフィス街・商業移設などの出店場所のマッチングをしてくれる、有料の移動販売支援サービスを利用する方法もあります。
失敗事例(6)想定ほど売り上げられない
思うように売り上げが立てられないときは、下記を参考に見直すとよいでしょう。
• 出店場所・出店時間・ターゲット層を見直す
• 仕入れ先や稼働時間を見直して原価率を下げる
• 提供スピードを上げて販売数を増やす
• セットやサイドオーダーなどで客単価を上げる
• 集客に繋がる人気メニューを開発する など
安易に価格を下げるだけでは、売り上げが一時的に伸びても利益には繋がりません。ときにはこだわりを捨てて顧客ニーズに寄せる柔軟さも必要でしょう。
脱サラをして移動販売を始める際に利用できる融資や補助金制度
開業間もなくて、事業実績のない方が小規模な創業で利用できる公的融資制度や補助金(助成金)をご紹介します。
移動販売の初期費用を調達するためのローン
「日本政策金融公庫」は、創業前や創業後間もない事業者へ積極的に融資をしてくれます。用途は設備投資や運転資金が対象です。
なお、日本政策金融公庫の融資は他の融資制度と重ねて、無担保・無保証人での利用ができます。
新規事業で費用の補填ができる補助金や助成金
地方自治体が支援する補助金や助成金の制度を活用するのも一つの方法です。
補助金は年度ごとに申込期間が決まっており、応募をして審査に通過すれば支給されます。助成金も一定条件をクリアすれば支給され、他の制度と重ねて利用することも可能です。
補助金や助成金は原則として返済の必要がないため、資金調達に悩む小規模事業者にとって大きなメリットです。ただし、補助金制度のなかにはキッチンカーの設備工事・什器備品・広告費などの経費は対象としながらも、キッチンカー自体の購入費用は対象外とするものがあります。
移動販売で利用できる補助金・助成金の候補として下記をご参照ください。
• 小規模事業者持続化補助金
• 事業再構築補助金
• ものづくり補助金
• IT導入補助金
ほかにも、税理士や地元の信用金庫、国が運営する「よろず支援拠点」などに相談・アドバイスしてもらうとよいでしょう。
まとめ
移動販売(キッチンカー)は、同じ飲食店でも店舗を構える場合に比べると初期費用は少なくて済みますが、それでもある程度の資金は必要です。
さらに、開業後も継続して利益を出し続けるためには、SNSを活用したマーケティングや広告宣伝が重要です。これは、普通の店舗を構えた場合と同じといえます。
また、出店先の競合他社や悪天候などが理由で、お客さまが集まらないリスクもあるので、看板メニューやお店のコンセプトなど、独自性を打ち出し、お客さまに選ばれる商品を提供することも大切です。
販売場所を貸してくれるところにも喜ばれ、お客さまにも喜ばれ、人が自然と集まるような移動販売を目指すとうまくいくでしょう。
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<文/柴田敏雄>