エピテみやび株式会社/群馬県甘楽町
代表取締役社長
田村雅美さん(36歳)
1982年、群馬県生まれ。歯科技工士専門学校を卒業した後、技工所で約2年間勤務。2005年にステップアップの機会として渡米、エピテーゼと出合う。帰国後、歯科医院に勤務する傍らエピテーゼの技術を学び、17年に「エピテみやび」を開業(18年に法人化)。「着け指」と「着け胸」を中心に、完全オーダーメードのリアルパーツを製作・提供する。女性技術者によるワンストップサービスは特徴的で、利用者からの信頼も厚い。人材育成にも注力、その活動が注目されている。
「エピテーゼ」とは、医療用具として体の表面に取り付ける人工ボディーのこと。田村雅美がこのエピテーゼに出合ったのは2005年。歯科技工士としてアメリカで仕事をしていた頃、研修に訪れた大学病院で初めて目にした。戦争で左の目や頬、耳を失った元兵士が、顔面エピテーゼによって自分を取り戻す場面に居合わせた田村は、「いい意味で強烈なショックを受けた」。本人や家族が泣いて喜ぶ姿を前に、見た目だけでなく心をも回復させるエピテーゼの力に感動したのである。
帰国後、日本でもエピテーゼの技術を習得できることを知り、仕事を続けながら学んだ。独立したのは17年、以来、相談者一人一人に寄り添いながら「着け指」や「着け胸」などを提供している。皮膚の質感、ほくろやシワといった細部をカスタマイズして“再現”する技術力に加え、相談からフォローまでを一貫して担う田村の存在は希少だ。メディアに取り上げられたことや口コミで相談者が徐々に増え、昨年秋には東京にも出店するなど、確実な事業展開を見せている。田村が挑んでいるのは、まだ日本で認知の浅いエピテーゼを広め、新しい価値観を生み出すことだ。
「人と違うのは当たり前」という価値観を
本当の意味で根づかせる。
それが、笑顔あふれる社会につながっていく
━ 起業に踏み切った経緯は?
帰国後は歯科医院に勤めていたんですけど、患者さんと向き合いながら、その場で人工歯をつくっていく仕事スタイルに喜びを感じていました。1つには、希望や使い勝手の良しあしなどを直接聞けるやりがい。そして口元、つまり見た目を整えたことで自信がつき、性格まで明るくなった患者さんを見られること。私のベースには、アメリカで出合ったエピテーゼに近い感覚があったのです。そこに気づいたので、改めて人工ボディーの製作技術を学ぼうと。
起業すると決めたきっかけは、乳がんで胸を失った友人の言葉でした。「知らなかった。着け胸があれば好きな温泉にも行けたのに」。聞けば、当人も家族もエピテーゼという選択肢があることを知らず、精神面での回復は容易ならざるものでした。私に何かできるかもしれない、社会にもっと広めなければ…そう強く思ったのです。
━ デリケートな商品で宣伝や集客が難しいと思うのですが。
それは今も苦労しています。こと日本では、人と違うところを隠そうとする傾向が強く、おおっぴらには相談しづらいことですから、関係者間でのつながりも浅い。医療現場でさえ、エピテーゼは周知されていません。なので、まずは知ってもらおうと、さまざまなビジネスプランコンテストに応募したり、展示会を開いたり、情報提供に努めてきました。ブログやホームページでの発信も正直に、地道に続けてきたことが、最近になって実を結び始めた感じです。
私が目指しているのは、従来の医療寄りではなく、医療と美容の“間”にあるエピテーゼ。再建手術や美容整形より身近で、メークより立体的なものとして、市場に新しい領域を創出したいと考えているんです。事業として差別化できますし、伴って広報も、そういうアプローチで丁寧に続けていきたいと思っています。
━ 大切にしているポリシーは?
カウンセラー的な側面もあるので、一緒に前を向いて、その人が持っているビジョンを引き出すことを大切にしています。エピテーゼを利用して生活をどう豊かにしていくか、美しくしていくか。次のステップに登るお手伝いをするのが私の役目です。例えば、指を失ったために長年コンプレックスを抱えてきた方が、着け指をすることで「人前で手を出せるようになった」「新しい趣味を始められた」と顔を輝かせる瞬間。それは私にとっても最高の喜びですね。
職人としては、日々勉強です。技術にゴールはないけれど、「明日はもっといいものを」と考え続けています。新しい材料や3Dプリンターなどを取り入れながら技術を磨き、お客さまにとっての“完全”を目指さなければ、本当に価値あるものは提供できませんから。
━ 今後の展望については?
すでにワークショップを始めていますが、初志である「エピテーゼを広める」ためにも人材育成に注力したいです。大がかりな場所や機械は必要ないですし、エピテーゼに興味があれば誰でも始められるので、全国に事業者がいるような仕組みづくりも実現可能だと思うんですよ。加えて医療機関との連携や美容業界とのコラボレーションを進めていけば、事業の可能性は無限だとも感じています。
いずれにしても、見た目の違いから心身ともに苦しみ、悩みを抱えている人たちが広く相談し合えて、かつフォローし合えるような社会が形成されれば素敵じゃないですか。そしてもっと言えば、「エピテーゼがおしゃれ、カッコいい」くらいの世界観にまで持っていきたい。人が喜ぶ顔を見たくて始めたこの仕事は、私自身に想像以上の可能性と夢を与えてくれたと、つくづく感じています。
取材・文/内田丘子 撮影/刑部友康