起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第83回・思わぬ経験が活かせる副業
いきなりですが、クイズです!
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
私は経営コンサルタントなので、いろいろなお店に行くと、何か面白い仕掛けがないかを気にしてしまう癖があります。
今回取り上げるのは、ビジネスホテルチェーンの東横インにある「棚」の話です。
ホテル宿泊時に、置いてある棚のことなどあまり気にしないかもしれません。しかし、そこにはちゃんと理由があることに気づくと、実に東横インらしいなあと感心してしまうはずです。
それでは解説します!
ビジネスホテルは、利用者が快適に過ごせるように限られたスペースの中でいろいろな工夫がなされています。
それなりに荷物を持っている人が多いため、大きなカバンを置いたり、カバンの中身を収納したりする場所が必要であることから、大体のホテルには引き出しが付いた棚が用意されてあります。クローゼットには扉も付いていて、いろいろなものが収納できます。
しかし、私が泊まった東横インの部屋の場合は、引き出しのないカラーボックスのような棚がただ置かれていたり、クローゼットには扉そのものがなかったりするのです。
実はこれには、ホテル側にとって都合のいい理由がいくつかあると考えられます。
1つ目は「清掃が楽になる」ことです。
ホテル経営においては、ルームクリーニングのコストと時間が相当なものになります。繁忙期などは1日に何部屋も清掃しなくてはならず、人件費を抑えるためには効率よく、時間をかけずに済ませることが重要になります。
その時に、引き出しをいちいち1つずつ開けて掃除する手間が省けるだけで、時間短縮になるわけです。つまり、オペレーションの問題です。
もう1つ理由として考えられるのは「忘れ物を減らす」ことです。
引き出しの中にものを入れっぱなしにして忘れてしまった、という経験はないでしょうか? ホテルでは非常によくあることで、部屋を出る時に指差しで確認したとしても、引き出しの中を見落としてしまうことは多いのです。
しかし、引き出しや扉がなく、目視で確認できれば忘れ物にも気づきやすいでしょう。利用者にとってもありがたいことですが、ホテルとしてもその後の手間が省けます。
この工夫の素晴らしいところは、ホテルの常識を取り払っていることです。利用者にしたら確かに引き出しがある方が便利だし、どこのホテルでも大概あるものなので「それが当たり前」になっている部分があるはずです。
しかし、大きな荷物を抱えて長旅をしていた100年前には必要だったかもしれませんが、ほぼ素泊まりのビジネス旅客が中心の今の時代には、いうほど重要なものではないのかもしれません。逆に引き出しがないことの方が、お互いにメリットがあるのかもしれません。
世界に誇る「トヨタ生産方式」が参考になる
作業の無駄を見つけて、その無駄をなくすための方法を徹底的に考える。これはまさに世界中がまねをする「トヨタ生産方式」と同じです。徹底的に無駄を排除した生産方式で、これも小さな工夫の積み重ねだといわれています。
例えばパーツとパーツをとめるネジなどは、必要な強度によって長さや太さが変わってくるものです。しかし、ネジが長すぎるととめるのに時間がかかるため、強度とかかる時間を分析し、効率のいいギリギリのところに決めるのだそうです。
製造ラインも、従業員が作業する高さ(場所)がバラバラだと時間がかかり、作業員の負担も多くなります。必ず同じ高さで作業できるよう、ライン自体が自動で高さを調節してくれたりと、数多くの工夫があります。
こうした工夫にまつわる話は、製造業で語られることが多いのですが、最近はサービス業など他の業種でも取り入れることが増えています。
例えばファミレスチェーンの「サイゼリヤ」では、店内の通路の幅を清掃用のモップの幅に合わせているそうです。清掃時間を短縮し、手間を省くための素晴らしい工夫ですよね。
街の中にあるいろいろな工夫をまねしてみよう
話を東横インの事例に戻すと、ビジネスホテルの経営においては、オペレーションの工夫が避けて通れません。利用者にとっては価値が下がらず、ホテル側にとってはコストが下げられる、そのギリギリのところをいかに考えるかがポイントです。
まさに棚の話はその分かりやすい例で、大げさかもしれませんが、業界の常識をも覆すような取り組みともいえます。
優れた事例から学ぶことはとても大事なことですので、みなさんも他の会社やお店に行った時は、何かまねできることがないかチェックしてみてくださいね。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「清掃が楽、忘れ物が減る」でした。ちなみに、この東横インの棚に気づいたのは10年以上前のことですが、今でもそのような部屋があることを確認しています。なぜ他のホテルがまねをしないのか、不思議でなりません。
構成:志村 江