「あなたの好きなことはなんですか? 好きなことを仕事にしていますか?」
今回インタビューしたのは、矢萩邦彦さん。矢萩さんは20年間、教育・アート・ジャーナリズムの3領域を中心にパラレルキャリアを歩んできました。
前編では、20年の時間をかけて培われたパラレルキャリアの価値について伺いました。
後編では、具体的にどのようにパラレルキャリアを動かしていくのか、パラレルキャリアに向く職業、そして何から始めるべきなのかをお聞きします。
「大人だからこそ、自分の気持ちに正直でいてほしい。」毎日の仕事に追われ、本当にやりたいことを見失っている人へ。矢萩邦彦さんインタビュー後編、スタートです。
教育ジャーナリスト/知窓学舎塾長/株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
教育・アート・ジャーナリズムの現場で活動し、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を目指す日本初のアルスコンビネーター(松岡正剛より拝命)。
横浜に「受験指導×探究型学習」をコンセプトにした統合型学習塾『知窓学舎』を開校、プロデュース、講義の他、教育コンサルタントとして受験指南・講師研修・企業研修等も手がけている。
代表取締役を務める株式会社スタディオアフタモードでは、ジャーナリスト育成や大学との共同研究に従事、ロンドン・ソチパラリンピックには公式記者として派遣。
ネット媒体では、Yahoo!ニュースを中心にオーサーとして取材・撮影、記事・コメント等を執筆。主宰する教養の未来研究所では戦略PRコンサルタント・クリエイティブディレクターとして企業の未来戦略やブランディングを手がけている。
パラレルではなく”スパイラル化”させることで、もっとキャリアはおもしろくなる。
―矢萩さんは現在、教育・アート・ジャーナリズムの主に3つの領域を中心にさまざまなお仕事をされていますが、多数の仕事を同時にこなすコツなどはありますか?
仕事の切り口を揃えることだと思います。そうすることでキャリアがパラレルではなく、スパイラル化するんです。
どういうことか簡単に説明しましょう。
僕の場合、教育にせよアートにせよジャーナリズムにせよ、全て「伝える」という切り口で統合しています。
たとえば、僕は2012ロンドン・2014ソチパラリンピックをジャーナリストとして取材しました。
現地で選手たちの活躍を追うことはもちろん、国際大会で起こるさまざまな問題や開催国の現状を目の当たりにしたのですが、それをネットメディアや紙媒体で記事として執筆・配信することはもちろん、テレビ番組や講演などでもお話しさせて戴きました。
また塾や予備校では社会科の授業の一環として、イギリスやロシアを題材に歴史や時事と結びつけた講義やワークショップをしたり、さらに撮影した写真を作品として発表したり、現地で得たインスピレーションを元に作詞作曲をしたり、俳句の素材として使用したり。
はたまた町づくりのアイディアに活かしたりしたりと他領域でも活かしています。
またメディアの技法を授業に持ち込んだり、逆に教育の手法をメディアに持ち込んだり相互に乗り入れる事でスパイラル化が加速していきます。
さまざまな領域で仕事をしているというと、一見普通の人の何倍もの仕事量をやっているように見えるかもしれませんが、実は活用法やアウトプットあるいは見え方が違うだけで、仕事自体は共通している部分も多いんです。
―なるほど、パラレルキャリアをする上で仕事を結合することはとても重要になるんですね。
その通りです。結合が上手に出来て回せるようになれば、パラレルキャリアはどんどんおもしろくなるし可能性も広がります。
また、例えば同じ現場でも教育者として取材するのとジャーナリストとして取材するのでは見え方がまるで違ってきます。
さまざまなフィルターを使い分けてインプットし、多様な切り口でアウトプットをする。
それを目的や場に合わせて使いこなすことこそ越境者ならではの価値ではないかなと思います。
ただ、反対に編集や結合が苦手な人、仕事を「切ったり貼ったり」することが苦手な人にはパラレルキャリアは向かないと思います。
―例えばどんな人ですか?
1つのことでないと集中できない人だったり「この仕事が終わるまでは次に進めない、他のことはできない」といったように、仕事が秩序立っていないと気がすまない人にはあまりおすすめできません。
仕事を結合するためには、編集的に頭を使う必要があります。
「これとこれをくっつけたらおもしろいんじゃないか? もっと価値を生み出せるんじゃないか?」といった問いが常に自分の中にある人、常識や先入観に縛られず、その場に応じて臨機応変に動ける人は向いていると思います。
ただし前編でもお話しましたが、どちらの人がいいとか悪いとかではありません。
この記事を読んでくださっている皆さんには、自分の向き不向き、そして何より自分がどうしたいのかという目的に合わせてキャリアを選んでもらえればと思います。
自分の経験と知見を、教育の場で活かす。講師業がパラレルキャリアに向く2つの理由
―20年以上もパラレルキャリアを実践されている矢萩さんから見て、パラレルキャリアにしやすい仕事ってなんだと思いますか?
パラレルキャリアにしやすい仕事という点では、まず講師業でしょうか。
というのも、パラレルキャリアにとって重要なポイントは、2つあると考えています。1つは、それら複数の仕事を遂行することが物理的に可能かということ。そしてもう1つは「それら複数の仕事を両立することにどんな意味があるのか」を自分で説明できることです。
その2点を満たしやすい職業として講師業が挙げられると思います。
―1点目から解説していただけますでしょうか?
まず物理的に仕事の両立が可能かという点は非常に重要です。
時間帯という観点で見れば、講師業のメインとなる時間帯は夕方から夜にかけて。塾は学校が終わってから行くものですし、一般的な社会人のアフター5と重なります。
学習塾に限らず、社会人向けのセミナーや教室なども17時以降に設定されているものが多いですね。なので、副業規定などの制約がなければ、サラリーマンでも可能です。
―仕事と仕事の時間がかぶってしまうと両立は難しいですもんね。
そしてもう1点は、なぜ複数の仕事を両立しているのか、そのメリットは何なのかを自分の口で話せるということ。
昔に比べてパラレルキャリアという言葉を聞くようになってきたものの、まだまだ一般に浸透している働き方とは言えません。
それどころか、ほかの働き方と比べて社会的な外圧が強いんです。スペシャリストがみなプロフェッショナルであるかどうかは甚だ疑問ですが、一般的には専業の方が信用を得やすいものです。
色々な事をやっているというと、それだけで厳しい目を向けられることもあります。その外圧を跳ね返すためには、まず自分の中でちゃんと理由付けができないといけない。
そして、パラレルキャリアの自分だからこそできる仕事だということをクライアントに納得して貰えなければ、専業にはかないません。
そのためには、それぞれの仕事を続けてキャリアを積む事が必要です。それができるようになるまでは、「周りが何と言っても、自分はこの働き方を実践していくんだ」という意志が必要なんです。
―たしかにまだまだ一般的ではありませんよね。
だから講師業はパラレルキャリアに向いていると僕は思うんです。
教えるのと同時に、自分がしている仕事や自分がやってきた経験も伝えることができる。
例えば現代において、家族と先生以外の社会人と学生が触れ合う機会ってあまりないんですよね。
特に日本は教育以外の仕事を経験している教員は5%にも満たない。多くの場合、社会経験が狭い大人が進路指導を担当してしまっているんです。
だからこそ、パラレルキャリアの講師には社会的な意義があると考えます。
自分も普段社会に揉まれながら、何かしらの勉強をしながら講師として教壇にも立つ。そうしたインプットとアウトプットのバランスが上手な先生は、やっぱり魅力的ですしいい仕事をします。
―つまり、そこに自分の働き方の意義を見い出せるんですね。
はい。自分の経験や知見を教育の現場で活かすことは、立派な社会貢献でもあると思います。
もしあなたがパラレルキャリアを実践するとして、何が社会に還元できるか。
つまり、あなたが2つ以上の仕事を持っていることが「それは社会的に意味があるよね」とみんなが納得した時に初めて、パラレルキャリアというものが受け入れられるようになると思うんです。
講師業以外の職をパラレルキャリアに選ぶ場合も、何かしらの意義付けができるとブレずにいられるのではないでしょうか。
大人だからこそ、自分の「想像と実感」にもっと正直に生きてほしい。
―では、これからパラレルキャリアを始めようとする方は、何から手を付ければいいのでしょうか?
まずは個人の趣味をたくさんやる、くらいでいいと思いますよ。パラレルキャリアというのは、自分の好きなことを始めるところからでいいんですから。
先程お話した2つのポイントはとても大事なことではありますが、最初から重く考え過ぎてしまうと一向に前に進みません。
自分の好きなことで現状できていないもの、それをまずは実行に移してみてください。
―自分の好きなことを仕事にするということが、ピンときていない会社員の方も多くいらっしゃるかと思います。そうした方が自分の好きなことを見つけるにはどうしたらよいのでしょうか?
自分の好きなことを見つけるためには、2つのパターンに大別できると考えています。
1つ目が知識や過去の経験などから「自分はこういうことが好きなんじゃないか」という想像をすること、そしてもう1つはたまたま実際に経験してみて「あ、これは好きだな」と実感すること。
つまり「必然的想像」と「偶然的実感」でしか、自分の好きなことを見つけることはできないんです。
例えば僕の塾にも「うちの子の好きなことが何なのか分からないから、見つけてほしい」という保護者さんが多数いらっしゃいます。
では教育の現場において、子どもたちに好きなことを見つけてもらうために何ができるかというと、とにかく好奇心のタネを蒔き続けることなんです。
とにかく「これは好き? これはどう?」といったように、子どもたちに対して常にさまざまなキーワードを投げかけていきます。その中で「この子はこういうことが好きそうだ」という手応えを感じたら、そのキーワードに付随する情報を持ってきて触れさせてみる。
そうした地道な作業を繰り返して、子どもの興味の幅を徐々に広げていきます。結局のところ、知らなければ興味の持ちようがないので。
―しかし、大人はなかなか塾に通う機会がありませんよね。
はい、この問題が厄介なところはまさにそこだと思います。子どものうちは学校であれ塾であれ、教育というフェーズで多くのことを学ぶチャンスがあるのですが、大人になるとそもそも教育の場に行くまでが大変なんですよね。
生活のパターンや日々の問題解決のアルゴリズムがある程度完成されていて、そのループの中で「自分の好きなことはなんだろう」と考えても堂々巡りになってしまうのは当然だと思います。
―どうすればいいのでしょうか?
自分で意識してインプットの量を増やすことですね。あとは偶然の確率を上げる。どちらにしても活動を増やすことです。
自力で自分の好きなことを探すには想像と実感しかありません。
とりあえず手探りでも今まで手にとったことのないテーマの本を読んでみるとか、イベントに足を運んでみるとか課外活動を増やしてみるとか、自分の好きなことを想像してみる機会を増やす。
そして自分自身でやってみて、実際に好きかどうか確認する。
子どもと違って社会人の難しいところは、自分の好きなことを見つけてくれる”大人”が、周りにいないこと。
であれば自分がその”大人”になって、自分の好きなことを見つけてあげればいいんです。
―最後に、これからパラレルキャリアを始めようとする人に何かアドバイスをください。
先程の話にも関係してくるのですが、パラレルキャリアという生き方を選ぶなら、自分の好きなことでないとなかなか続きません。なので自分の内側に対して常にアンテナを張っていてほしいと思います。
「あ、これおもしろいかも!」「興味あるな」みたいな、自分の些細な心の変化に気付けるようになると、見える世界が変わってくるかもしれません。