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経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第139回・「いい値上げ」の極意

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起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。

いきなりですが、クイズです!

お菓子の企画から販売までを行うやおきんが、創業以降初めて「うまい棒」を10円から12円に値上げしたのがニュースになりました。この値上げは、経営コンサルタントの視点で見たら「非常にいい値上げ」だと考えられます。イーロン・マスク氏が買収したツイッターで大量のリストラを行ったのも、うまい棒の値上げと同じ理由から、経営コンサルタントの視点からは「いいリストラ」と考えられるのですが、さて、その理由として挙げられる2つの「共通点」とは一体何でしょうか?(ヒント:答えは3つあり、値上げとリストラの「やり方」に関するものです)

クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある

2022年を振り返ると、「値上げ」にまつわるニュースがすごく多かったですよね。原油高や小麦高などの影響に加え、半導体不足も重なって、あらゆる生活必需品が値上げされました。

値上げが家計を圧迫し、我々の生活にも大きな影響を与えましたが、しんどい思いをしたのは値上げを行った企業も同じでしょう。原材料費や資材料の高騰から、泣く泣く踏み切った企業も多かったはずです。

例えば、お菓子の企画や販売を行うやおきんが、初めて「うまい棒」を値上げしました。消費税が導入されても10円で販売し続けていたうまい棒を、12円に値上げしたのです。

私は経営コンサルタントとして「2022年は値上げに成功する企業が勝つ」とずっと言ってきたのですが、このやおきんの値上げは2022年におけるベストプラクティスだったと考えています。

それでは解説します!

うまい棒がなぜいい値上げだったのか。それを説明する前に1つ触れたいのが、ツイッター社のリストラの話です。イーロン・マスク氏が買収したことで大きな話題となりましたが、その後、従業員を大量にリストラすることを発表し、さらに世間を騒がせました。

実はうまい棒の値上げとツイッターのリストラは、経営コンサルタントの視点で見ると共通点があります。そして、その共通点の内容から、それぞれ「いい値上げ」「いいリストラ」だといえると私は考えています。

その共通点というのが、「一度だけ」「深く」「十分な深さ」で行った、という3つです。

まずツイッターのリストラについてですが、アメリカの大企業はよくリストラをしているイメージがあるかもしれませんが、決してそうではありません。これは日本の企業も同じですが、リストラは痛みを伴うものであり、すごくエネルギーを使います。評判や評価にも影響することなので、企業だって何度もやりたくはありません。

だからこそ、やるなら一度だけ、深く、しかも十分な深さでやれるかがポイントなのです。いろいろな意見があった決断ではあったようですが、その点から私はツイッターの選択は企業経営の観点においてはいいものだったと考えているわけです。

うまい棒の値上げも同じです。値上げをすればお客が離れていくことを覚悟しなくてはいけないため、できれば何度もやりたくないのが企業の本音です。だからこそ、一度だけ、深くやる必要があります。

ではどこまで深くやればいいのかですが、そこについては数値を参考に考えてみましょう。

十分な値上げの「目安」をどこに置くといいのか

消費者物価指数が2022年10月時点で3.7%上がっていますが、値上げを考えるうえでさらに注目したいのが「企業物価指数」です。これは、企業間で取り引きされる商品の価格を指数化したもので、特に2021年以降は上昇を続け、現在は高止まり状態。2022年10月の国内企業物価指数の数値を見ると前年同月と比べて9.4%も上がっています。

昨今の値上げラッシュを見てみると、多くの企業が恐る恐る3〜9%程度の値上げを発表しているようです。

しかし、これらの指数から判断すると、最終的には9%以上は値上げをしないとコストが吸収できないことになります。結果、多くの企業で最初の値上げだけでは不十分となり、その後に2回目、3回目……を行わなくてはいけなくなるわけです。

うまい棒の場合は、原料であるトウモロコシの価格高騰や、パッケージに使うプラスチックは原油高の影響を受けるわけですから、当然値上げは避けられません。それで10円から12円に値上げしたわけですが、たった2円ではあるものの、比率でいうと一気に20%も値上がりしていることになります。

ここがポイントで、20%値上げすれば、値上げ分で原材料や包装材、輸送費などのあらゆるコストの値上げを十分に吸収できます。加えて、その後も余裕を持って経営できると考えられます。つまり、それ以上の値上げを急いで行う必要がなくなるわけですね。

余談ですが、私は仕事柄、大企業の想定為替レートをよくチェックするのですが、ほとんどの企業は想定が甘いといわざるを得ません。2022年4月に調べた際は、ほとんどの企業が1ドル125円から130円の想定で、1社だけ「133円と想定しているので円安は心配していない」といっている企業がありました。しかし結果はご存知の通りで、150円までいってしまいました。

ここから透けて見えるのは、「最悪を想定しない」企業が実は多いのではないかということです。世界経済において何か大変な事態が起こった場合には、思い切った値上げやリストラをしないと生き延びることはできませんが、そこまで想定できているかどうかで対応は変わってきます。その時にこそ、一度だけ、深く、十分に策がとれるかは一つ重要なポイントなのかもしれません。

コストがどれだけ上昇するかはまだまだ予測不能

日本においては、突出すると叩かれる傾向があることから、企業が値上げを行う際に「なるべく目立ちたくない」という気持ちが働くことは理解できます。「赤信号、みんなで少しずつ渡れば怖くない」といった感じで考えてしまう企業も多いでしょう。

よって、必ずしも「一度だけ」「深く」「十分な深さ」という3つの定石が正解なのではなく、「これが正解」というものが常にあるわけでもなく、あくまで「振り返ってみたらうまかった」ということだと理解してください。

やおきんの場合は、創業してから初めての値上げだったということや、値上げがたった2円だったことなども関係しているのかもしれません。そういう意味では「時の運」も味方にしたのでしょう。

原油高はだいぶ落ち着いてきましたが、その他の要因によるコストの上昇はまだまだ予断を許しません。必要条件である3つの定石に加え、「時の運」を味方につけるのは簡単ではありませんが、引き続き皆さんも頑張ってください。

最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「一度だけ、深く、十分な深さで行った」でした。ちなみに、古い話ですが、オイルショックの影響で10円だったチロルチョコレートが20円になったことが、当時小学生だった私にとっての忘れられない値上げの原体験でした。今の子どもたちがうまい棒の値上げで何か感じるのだとしたら、それは1つの貴重な勉強なのかもしれませんね。

構成:志村 江

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PROFILE
鈴木貴博

東京大学工学部卒業後、ボストン・コンサルティング・グループに入社し、数々の大企業の戦略立案プロジェクトに従事。1999年にはネットイヤーグループの創業に取締役として参加。2003年に独立し、百年コンサルティングを創業する。大手企業の経営コンサルティング経験を元に2013年に出版した『戦略思考トレーニングシリーズ』(日本経済新聞出版社)が累計20万部を超えるベストセラーに。現在はビジネスをエンタメクイズ化する経済エンタテナーとしても活動中。『パネルクイズ アタック25』(優勝)、『カルトQ』などのクイズ番組出演経験も豊富。近著に『戦略思考トレーニング 最強経済クイズ[精選版]』(日本経済新聞出版社)、『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』『「AI失業」前夜―これから5年、職場で起きること』(ともにPHPビジネス新書)など。

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