起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
第109回・商品化に10年かかった大ヒット弁当
いきなりですが、クイズです!
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
20校の給食で使う1カ月分の食肉となると、間違いなく相当な量になるはずです。それが突然、在庫になってしまったら、ほとんどの中小企業にとっては一大事で、まさに死活問題でしょう。
しかも、その量を考えれば既存の取引先だけで何とかできるわけはなく、まったくの新規の取引先を見つけなければ、さばくことはできません。
今回紹介するのは、そんな難易度の高い新規取引先をうまく見つけたある会社の話です。コロナ禍で苦境に陥った会社はたくさんあったと思いますが、まさにこの会社は、社長のひらめきでそれを乗り越えたわけです。
それでは解説します!
さて、この会社が開拓した新規取引先とはどんなところだったのでしょうか。
1つ大きなヒントを出すと、新たな取引先となったのは、「そのお肉のおいしさをすでに知っている人」でした。
というのも、学校給食用の食肉は全て国産のものが使われていて、高品質で安心・安全なものを提供するようにと決まっています。それが分かっているからこそ、すぐに買ってもらえたわけです。
分かりましたか?答えは、その給食を食べていた人たち、つまり「生徒たちの家庭」に向けて販売したのです。
最初は大量の在庫に頭を抱えた社長でしたが、すぐに7000枚ほどのチラシを作り、社員総出で近隣住宅に配って回ったそうです。チラシでは、給食用に卸している高品質な食肉であることをアピールし、しかも卸売価格に近い値段で販売するため、普通に買うよりも安いことを伝えました。しかも、まとめて買ってくれる人には無料で配達するサービスも考えたのです。
その結果、「どうせお肉は買うものだし、安心・安全で高品質なものを安く買えるのであれば」というニーズとマッチし、たくさんあった食肉は全て売り切ることができたのです。会社が傾かずに済んだわけで、まさに思わぬ苦境を冴えたアイデアで乗り越えたすごい事例だと思います。
今回の食肉卸会社は、一斉休校という思わぬかたちで訪れた苦境によって、大量の在庫を抱えることになったわけですが、その時に最後の最後に頼れるところは「普段からその商品を使っている人たち」だったということです。
そこに気づくことができたのが、今回の一番のポイントであり、この話の面白いところではないでしょうか。
店の味を自宅で楽しめるデリバリーのビジネスも
今回取り上げたような、思わぬ苦境を乗り越えようとする時に、よく利用されるのはTwitterです。
例えば、お店が仕入れの際に桁を1つ間違えてしまい、大量の在庫を抱えてしまったという話がたまにありますよね。最近だと、そういう時にはTwitterであえて発信することで、その商品をほしがっている人が興味を持って買ってくれたりして、無事にさばくことができるたりするようです。
また、無駄にしないように多少値段を下げてお店に並べ、それが口コミなどで広がってあっという間に売り切れてしまうケースもよくあります。私が先日、那須に行った際、卸先に困っているジャージー牛乳がいつもよりも安く売っているのを見たのです。あまりにもおトクだと思ったのでまた買いに行ったら、案の定売り切れていたということがありました。
今回のクイズと近い話では、新型コロナウイルスの影響で大変な思いをしている飲食店の多くが、お店の料理をデリバリーで販売することが増えていますよね。たとえば自宅で鍋を囲みたい人に、お店の鍋セットを通販しているといった具合です。
そこでは、宴会需要がなくなって困っている飲食店と、そのお店の味を気軽に楽しみたいというお客側の需要がマッチして、ビジネスとして成立しています。しかも、結果的には「本来お客様になる人」に商品がしっかりと届けられている構図になっているわけです。
困った時は「エンドユーザー」
コロナ禍に限らず、日々直面する苦境をいかに乗り越えるかは、経営者にとっては重要な課題の1つであり、同時に腕の見せ所でもあります。
その時に1つ覚えておきたいのが、本当に困った時に最後に買ってくれる新規のお客さんとは、「普段から利用してくれているエンドユーザー」であることが多いということです。
コンサルティングの世界でもよく話題になるのですが、特にBtoBのビジネスをやっている人は、意外とエンドユーザーを知らないことが多いのです。そういう意味では、エンドユーザーを頼りにするという判断は、普遍的であり非常に有効なやり方だからこそ、意識してみる必要があるかもしれませんね。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「(その給食を食べている子どもたちの)家庭」でした。ちなみに、この販売は大好評だったそうで、「また売ってほしい」という声があがったことから、以降は月に一度「直販会」を行うようになったのだそうです。さらに、これを機に卸だけでなく小売業への進出計画が進んでいるのだとか。次のビジネスチャンスの開拓にもつながっているのは、本当にすごいと思います。
構成:志村 江