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税理士・弁護士をリサーチしておこう!【起業前にやっておきたい5つのこと④】

2016年7月18日

「顧問税理士」にお願いしたほうがいい理由

あなたが今会社員だとしたら在籍されている会社では、恐らく顧問税理士に税金関係の処理・決算申告をしてもらっているでしょう。

起業して個人事業をするから「会社のような決算対応はいらない」という方や、会社(法人)経営で面倒な経理は「記帳代行サービス」の業者に任せればいい、と思っている方もいらっしゃるかもしれません。

■税金関連でのミスは長期に渡って影響する可能性も!?

でも、ちょっと待って下さい。

起業して仕事をする上では、個人事業なら「開業届」、会社なら「法人登記」をするだけで仕事はできますが、毎年の決算申告で「正確に脱税なく行われているか」税務署から厳しく問われます。

税金関連の時効は7年程度ですので、起業してすぐに税務署の税務調査が入らなくても、6年後くらいにひょっこり税務調査がやってきた際に、起業後すぐのドタバタでうっかりミスや申告漏れがあれば、ごっそり税金が督促されることになるのです。

目先のお金を出し渋るより、これからのかしこい起業家人生を送るために、個人事業・会社経営ともに顧問税理士をつけることをお勧めします。

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■他にもこんなにある、「顧問税理士」をつけた方がいい理由

税理士に頼らなくても、帳簿作成くらいは会計ソフトでも記帳代行サービスでも対応できますが、何年かに1回は必ずと言ってよいほど行われる税務調査で、税理士を用いた専門的な対応が必要になってくることがあります。

また、顧問税理士が記帳代行・経理処理・決算申告代行までやってくれれば、あなたは自身の業務に集中し時間を有効に活用できるようになります。またお得な節税対策も教えてくれることもあるでしょう。

顧問税理士に「税務対応の委任」や「専門家が詳細をチェック済み」と申告をしていると、税務署の問合せがあなたではなく顧問税理士に行われるようになり、面倒な税務調査対応に気をわずらわせる心配も減るのです。

「顧問税理士」はどうやって選ぶ?

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ただ、問題としては、同じ「税理士」といっても使い勝手の良いお手頃な税理士もいれば、相性も悪くあまり有能ではない歓迎されざる税理士もいるのが頭の痛いところです。

顧問税理士の契約を結べば会社設立費用を格安にしてくれるとか、設立3年目までは格安の顧問料と記帳代行料こみで済む税理士事務所もあるとか、様々なメリットをアピールしている情報もあふれています。

しかし、決算申告料は別途請求だったり、格安の創業から3年間を過ぎたら急に顧問料や各種料金が値上がりする仕組みだったりして、起業する際にうっかりお願いをしてしまったら、後々に大きなお金をロスするケースもあります。

■「顧問弁護士」は会社の近くでお願いしたほうがいい?

顧問税理士は会社の近くにいる方が良いと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、顧問税理士の仕事をしている方の中には、ほとんど顧問先に訪問しない税理士や訪問しても世間話程度でささっと帰る税理士もいます。

ネット検索で顧問税理士について調べてみれば、東京を中心にいろんな税理士事務所の情報がみつかりますが、特に東京や地元にこだわる必要は特にありません。

郵送で経理資料を送れば記帳代行も決算申告もコミコミで格安で対応してくれて、相談があれば電話・メールだけでなくオンラインテレビ会議で対応してくれるような、場所にこだわらない顧問税理士選びも検討しておくべきでしょう。

実際、東京にある税理士事務所は料金などが横並び・あまり差がなかったりする中で、大阪の税理士事務所に顧問税理士の契約を依頼して、東京ではオプション別途料金になるところを全部コミコミで安上がりになった例もありますよ。

「顧問弁護士」は起業前からリサーチしておこう

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顧問弁護士がいきなり必要な方はいないかもしれません。でも、いざと言う時にあわてて弁護士を探して高い弁護士費用を払うことになるのは、経費削減をする上でも避けたいことです。

今は月額3千円台や年間4万円程度から顧問弁護士を雇えるので、起業後の仕事をイメージしていざと言う時に担当弁護士に直接連絡をとれるように、あなたにあった顧問弁護士もリサーチしておくと良いでしょう。

弁護士との顧問契約がある場合、一般的には、いざと言う時の弁護士費用の割引があったり、ちょっとした法律関係の悩み事を通常の法律相談料より割安で対応してくれたり月額顧問料の中で対応してくれるところも多いのです。

また、中小企業・ベンチャー起業だからこそ、「ウチの会社は顧問弁護士がついています!」とホームページに掲載したりアピールしておくと、取引企業がいい加減な対応を行いにくくなったりする効果も出てくるでしょう。

請求代金をなかなか支払わない取引先や、法律知識が乏しいだろうと違法な無理難題をふっかけてくる企業がいても、支払督促・内容証明郵便での対応・訴訟・調停などの対応を、すぐに行えるのは顧問弁護士があってのことです。

顧問税理士も顧問弁護士も、かしこい起業家としてこれから生き働き続けていくうえで、わが身を守り積極的に攻めていくための投資と考えてみてはどうでしょうか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

監修:戸村智憲氏
(日本マネジメント総合研究所合同会社 理事長)

早大卒。米国MBA修了。国連勤務にて国連内部監査業務専門官、国連戦略立案専門官リーダーなど。
退官後、企業役員として人事総務統括や監査統括、JA長野中央会顧問、経営行動科学学会理事、
上場IT企業JFEシステムズ(株)アドバイザーなどを歴任。1児の父でダイバーシティ経営の指導者と
して育児・家事・仕事に取組む。著書30冊・テレビ/ラジオ出演・連載等多数。経営指導・講演/研修・
著述業の3つの柱で独立起業家として活躍中。URL:http://www.jmri.co.jp/

*専門家プロファイル(http://profile.ne.jp/)にも掲載中。「専門家プロファイル」は約1,000名の専門家の知識を「知る」ことが出来る、直接お願いしたい専門家を探すことが出来るマッチングサービスです。

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大人になれば誰しも1つは持っているお財布。

お金との付き合い方は人それぞれなように、お財布との付き合い方も人によって異なる。デザインや容量など、特徴の異なる一品を持っている人もいるだろう。

私事ではあるが、筆者はm+(エムピウ)というブランドの「ミッレフォッリエ」という財布を使っている。

これは小銭、お札、カードがコンパクトにまとめられる財布。気づけば10年ほどの付き合いで、現在は同じモデルの2代目を使用中だ。

ミッレフォッリエは根強いファンの多い財布で、同じモデルを使い続ける人が多く、発売から14年が経った今でも、月に800個は出荷されるという。

このお財布を生み出したエムピウの代表・村上雄一郎さんは、元・建築士という異色のキャリアの持ち主。彼は、一級建築士から革製品のデザイナーへと、どのように転身を果たしたのだろうか?

<プロフィール>
村上雄一郎さん

バッグ/革小物デザイナー。建築事務所に勤務していたが、素材としての革に興味を持ちバッグ・革小物のデザインを開始し、2001年「m+」(エムピウ)をスタート。設立から4年後、創業支援施設台東デザイナーズビレッジに1期生として入居。
台東区での業務の利便性を感じ、蔵前に拠点を構える。

遊ぶものは自給自足、ものづくりの楽しさを学んだ幼少期

− まずは村上さんが建築士になるまでをお聞きしたいです。建築士と革製品のデザイナーはプロダクトを生み出すという点で共通していますよね。ものづくりは昔からお好きだったのですか?

村上雄一郎さん(以下、村上さん)
幼少時代から好きでしたね。田舎に生まれて遊ぶものがないから、自分で作るのが当たり前だったの。拾ってきた真鍮を磨いてピカピカにしたり、木片で工作をしたり、手を動かして結果が現れるのが楽しかった。そうするうちにものづくりが好きになってしまったんだよね。

建築の道に進んだのも作ることに興味があったから。大学で建築を学んで、そのまま設計事務所に入ったんです。

− 事務所ではどのようなお仕事をされていたのですか?

村上さん
就職した事務所は建物だけじゃなく、都市計画やマップ、時には建物のなかで使う家具など、幅広く空間をデザインしている場所でした。

当時は幅広く様々な分野のアシスタントとして働いて、3年目から建築設計に携わりましたね。建築設計はよくドラマとかで出てくる、図面や模型を作る仕事です。でも、僕はその仕事に違和感を抱いてしまったんです。

「ものづくりがしたかったのに」という思いで始めた革工芸

− なぜ違和感を抱いてしまったのでしょうか?

村上さん
端的に言うと、ものづくりに関われなかったから。その事務所では、僕たちは設計とディレクション、施工は職人さんに分業されていて、現場と接する時間が少なかった。

ものづくりがしたいと思って建築業界に入ったのに、作る現場に携われないから「なんか違うな」と思うわけです。

自分は施工の現場を知らないのに、クライアントには図面や模型を前にして、「素材はこれがいいですよ」とか、まるで自分の目で見てきたようにプレゼンしないといけない。家も建物も一生の買い物ですよね。そういう性質のものを、想像だけで提案してしまうのが怖かったんです。

− そのモヤモヤが革製品を手がけるきっかけになったのでしょうか?

村上さん
その通り。ものづくりがしたいなら自分の手を動かせばいいんだと思って、革工芸を始めたんですよ。

− なぜ革だったのでしょうか? 木とか鉄とか、素材は色々ありますよね?

村上さん
革は手軽にできるんです。たとえば家具を作ろうとしたら、広い工房が必要でしょ? 機材もいるし、音が出るから都心では難しい。革なら大きな機械はいらないし、音も出ない。当時は設計事務所の仕事終わりに車のなかでコツコツ製作してましたね。

− それをお仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

村上さん
事務所の先輩に見せたことかな。作ったものは誰かに見てもらいたいじゃない。だから設計事務所の先輩を捕まえて、完成した小物を見せていたんです。

そうしたら褒められて。クリエイターはものを見る目がありますよね? そんな人に褒められたのが嬉しくってね。

作っては見せ、作っては見せを繰り返していたら、「お前こっちの方が向いてるんじゃないか? やるならイタリアの工房で修行して箔つけてこい!」って言われてその気になっちゃいました(笑)。

− いよいよエムピウが生まれるお話が聞けそうです。ちなみにその時、ご結婚はされていました? 奥さんがいると、説得も必要ですよね?

村上さん
結婚は建築事務所時代にしていました。イタリア行きはカミさんに黙って行くわけにもいかないので、相談したら「行ってらっしゃい」とお許しが出て。それで事務所を退職し、家族を日本に残してフィレンツェの職業訓練校に入学することにしたんです。

イタリア修行とエムピウの誕生、帰国直後は二足のわらじを履いていた

− イタリアに修行に出かけた村上さんですが、イタリア語は話せたのでしょうか?

村上さん
イタリア語どころか英語も話せなかったね。でも革工芸の基礎的なことは日本で一通り学んで行ったから、実技は見ていれば分かる。だから困ることはなかったかな。

職業訓練校を卒業した後は、イタリアの代表的な革ブランド「ベネトン」の工房に入ることができて、そこで1年間修行することができました。

1年経つと、今度は別の工房から引き抜きの話が来たんです。技術にも自信を持ち始めていたし、いよいよ日本にいる家族をイタリアに呼べると思っていたんだけれど、カミさんに相談したら「そろそろ戻ってらっしゃい」と言われちゃって。カミさんには逆らえませんよね、それで日本に帰国したんです。

− 志半ばという感じでしょうか?

村上さん
そうでもないんだけどね。でも、革のデザインを仕事にしたいという思いはあって。帰国後はすぐにでも自分のブランドを立ち上げたかったんだけど、家庭もあるし、取引先もなかったから、設計事務所に戻って建築士と革デザイナーを掛け持ちしてたの。

当時は革製品のメーカーから委託でデザインを請け負っていたりしてた。そのなかで、クライアントと打ち合わせをしたり、製品を作って卸したり、ブランドを運営するうえで一連の流れは勉強できたんだけど、やっぱり自分の作りたいものを手がけたい気持ちが強くなってきて。

自分のブランドが必要だと思って2001年にエムピウを設立したんです。

− エムピウとして最初のお仕事はどのようなものだったのでしょうか?

村上さん
最初に発注してくれたのは、銀座にある文具専門店でしたね。
製図用のA3サイズのバッグを作って提案したら置かせてもらえるようになった。でもそのバッグは5万円したから、全然売れなくってね(笑)。

色んなところに売り込みをかけながら製作を続けていたんだけれど、2004年には活動の幅を広げようと思って、台東区にあるファッションやデザインの創業支援施設「デザイナーズビレッジ」の第1期生に応募してみた。

無事選出されて、エムピウ1本で活動できるようになって、財布やペンケース、キーケースなどを、デパートの催事場などに置かせてもらって売り込みをかけていたんです。

看板商品ミッレフォッリエ、ヒットのきっかけは新聞記事だった

− ところで、看板商品の「ミッレフォッリエ」はいつ頃生まれたんですか? 今日はそのお話も聞きたくって!

村上さん
2004年にはもう販売していたね。ミッレフォッリエは発売して14年経つけれど、いまだに月間800個は出荷されていく。エムピウが続いているのもこの財布のおかげですよ。

− 根強いファンが多いお財布ですけれど、看板商品になるまでにはどのような経緯があったのでしょうか?

村上さん
ヒットは新聞記事がきっかけでしたね。松屋百貨店の催事場でミッレフォッリエを見た新聞記者がコラム枠で紹介してくれて、電話やFAXで問い合わせがじゃんじゃん来たの。それから先は口コミでファンが増えていったんです。

その時は、メディアの力ってすごいなと思いましたね。狙ってやったわけではないんだけど、人の目に触れさせることって大事なんだなと。

ミッレフォッリエはその後、パクリ製品が出るくらい人気になりました。お客さんから「パクられてますよ!」ってお怒りの電話がかかってくるんですよ(笑)。心境は複雑だったけれど、それだけお客さんから愛されているのは嬉しかったですね。

− 村上さんは蔵前に工房とショップを構えていますけど、お店はいつごろ構えられたんですか?

村上さん
2006年のことだったね。店はデザイナーズビレッジを卒業するときに事務所兼ショールームが必要になって構えたの。製品が売れるようになったら大家さんが2階も貸してくれるようになって、1階がショップ、2階が工房兼事務所という現在の形になりました。

承継は考えていない、エムピウは僕一代のブランドです

− エムピウは、財布以外にキーケースやペンケース、バッグなども手がけていますよね。これらの製品はどのようにデザインされているのでしょうか?

村上さん
うーん、ものによって様々だけど、基本的には自分が必要なもの、欲しいと思うものをデザインしてます。「デザインを考えてくれませんか?」という依頼もないことはないんだけど、納期を決められちゃうと嫌なんです。自分が興味関心を感じられるものじゃないと作れない。

製品が生まれるまではだいたい生みの苦しみがあるんだよね。うんうん唸って、長いこと悩んで。でも、生まれる瞬間は、頭に寝かせておいたアイデアや構造が組み合わさって腑に落ちるんです。「おっ! これだっ!」ってね。

村上さん
それをスケッチに落とし込んで、試作品を作って、あとは微調整かな。「うーん、ここのアールが違うな」とか(笑)。楽しいですよ。

− そんな風に作られているんですね。これだけ評判になると、ブランドは村上さん1人では運営しきれないですよね? 全国にお取引先もあると思いますし、組織としてはどのようにされているのでしょうか?

村上さん
言っても小さなチームですよ。営業はいないし、店舗の運営と受発注の作業だけスタッフに手伝ってもらっています。生産は工場に委託しているので、僕は工房でデザインしたり、お取引先や工場と打ち合わせをしたりすることが多いですね。

− 最後に、これからのエムピウについてお聞きしたいです。事業は軌道に乗っていますが、誰かに受け継いだりなどは考えていませんか?

村上さん
実はあまり考えていないんです。「m+(エムピウ)」は、村上の「m」と、使う人を表す「+」を合わせた名前。だから、僕がいなくなったら違う名前にするべきだと思っている。他の人が考えたデザインに「エムピウの商品です」って言うのも嫌だしね(笑)。

ブランドとしてはミッレフォッリエに負けない看板商品をもうひとつ生み出したいと思っています。色々試行錯誤はしているんだけれど、これを超えるものはなかなか生まれなくって。だから当面の目標はそこですね。

<インタビュー終わり>

このインタビューのなかで、「エムピウは僕一代のブランドです」という言葉が印象に残った。

なにか事業を始めて、それが軌道に乗ると、事業承継は考えずにはいられない問題だ。けれど村上さんはきっぱりと「承継は考えていません」と話してくれた。きっとその決定は、デザイナーであり職人である自分を大切にしたから生まれたものなのだろう。

仕事は大切なものだけれど、なぜ自分がその仕事をしたいのかは無視できないもの。
独立する前には一度立ち止まって、ゆっくりと考えてみたい。

M+(エムピウ)
住所:東京都台東区蔵前3−4−5
URL:http://m-piu.com/

<執筆・撮影:鈴木雅矩>

2018年11月16日

アントレアカデミーって何をするの?

独立開業を検討したら、まずは情報収集から始める方が多いと思います。
本で、インターネットで、探し始めると情報の海にのまれて疲れてしまうことも少なくないでしょう。
情報はたくさんありますが、取捨選択して絞り込んでいく必要があります。 (さらに…)

2018年11月15日

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