会社分割を行う際、債務を分割会社(分割前の元々の会社)に残すか新設会社に移動させるかによって債務保護手続の内容は変わってきます。
今回は、債権者保護手続の内容や方法のほかに、異議を述べることができる債権者について紹介していきます。
債権者保護手続とは
債権者保護手続とは、“株式会社が債権者の利害に重大な影響を及ぼすおそれのあることを行う場合に、債権者を保護するために公告および異議を述べることができる債権者に対し、各別の催告をすること”を指します。
たとえば、新設分割をするときに、会社にあるどの債務を新設会社に移動するのか、どの債務を分割会社に残すか、その分属により、一部の債権者にとって、債権回収のリスクが増加するという事態が発生してしまうことがあります。
一部の債権者にだけ不利な(有利な)条件の会社分割(※1)行われ、裁判になることも少なくありません。
そこで、会社法は債権者に1カ月以上、異議を述べる機会を付与しています。
債権者といってもすべての債権者が異議を述べることができるわけではありません。
※1)“濫用的会社分割”と呼びます
異議を述べることができる債権者
異義を述べることができるのは、以下の債権者のみです。
1.分割会社に対して“債務の履行” “連帯保証債務の履行”のどちらも請求することができない分割会社の債権者
会社分割後、分割会社への債務が承継会社(吸収分割の場合)や新設会社(新設分割の場合)に移転し、分割会社が返済について保証してくれないなどの際は、債権者への影響が大きいので当該債権者は当然異議を述べる権利を有するべきですね。
分割会社が連帯保証や重畳的な債務引き受けをする場合は、吸収分割なら分割契約書、新設分割なら分割計画書に記載しましょう。
2.「人的分割(※2)」の形で会社分割を行った場合の分割会社の債権者
承継会社の発行する株式が、分割会社の株主に割り当てられる場合(※3)などには、現物資産が分割会社から外部に移転します。
そのため、債権者にとっては債権回収に以前よりコストがかかるようになり、また分配可能額による制約が課せられていないこともあり、分割会社の債権者にも異議権を与えているものです。
これは異議権であり、拒否権ではありません。
※2)人的分割とは会社法制定前の用語で、分割会社が会社分割の対価である株式(持分)の全部または一部を効力発生日にその株主に分配する会社分割の手法を指します
※3)商法上の人的分割、法人税法上の分割型分割
3.承継会社の債権者の場合
債権者保護手続が必要なのは、吸収分割の時のみで、新設分割の場合は不要です。
承継会社の債権者は、承継会社に対し、無条件に会社分割について異議を述べることができます。
吸収分割の場合、分割会社から事業を受け入れる対価として承継会社は自社の株式を発行して支払います。
その取引が妥当な条件で行われないと承継会社の価値を毀損し、返済の可能性に大きく影響するため、異議権は当たり前の権利と言えるでしょう。
参考:会社法第799条1項
債権者保護手続の内容
債権者保護手続とはどのように行うのでしょうか?
1.公告
公告は必ず必要です。
公告の方法は下記の3点があります。
・官報公告(必須)
・時事に関する日刊新聞紙(定款に定めがある場合)
・電子公告(定款に定めがある場合)
2.各別の催告
公告が官報だけの場合、異議を述べることができる債権者(※4)に対する各別の催告が必要になります。異議があれば述べるように記載します。
官報以外の公告がなされた場合は、不法行為によって生じた債権者を除き、これらの債権者に対する各別の催告は不要となります。
異議催告をどの債権者にまで出すか、どの範囲まで出さないといけないのか、法律上の抜け道はないかどうかは、実務上遭遇する検討事項です。
公告の書き方によって将来的なリスクの度合いが変わることもあるので、必ずM&Aの専門家に相談してから実行することをおすすめします。
催告を受けた債権者には商法の債権者保護規定が働きます。
※4)法律用語では“知れている債権者”と呼びます。
参考:会社法第789条3項
参考:会社法第799条3項
債権者保護手続が終了していない場合
分割効力発生日までに債権者保護手続が終了していない場合は、分割の効力は生じません。
1.異議が出された場合の処理
通知から1カ月以内に債権者が異議を申し出ると、会社は債権者に対して弁済または担保の提供、または相当財産の信託を行わなければなりません。
2.異議が出されなかった場合
催告して会社分割の日から1カ月以上かつ会社が定めた期間内に異議が出なければ、分割を承認したものとみなされ、分割無効の訴えの出訴権を失います。
弁済、供託、信託は不要です。
債権者保護手続が終了してない場合・強行突破した場合
分割効力発生日までに債権者保護手続が終了していない場合は、分割の効力は生じません。
また、異議がなされたにも関わらず、会社分割を強行した場合は、この債権者は分割登記の日から6カ月以内に限り、会社分割無効の裁判を起こすことができます。
会社分割をしてもその債権者を害する恐れがないときは、これらの弁済などの措置をとる必要はないということになっています。
その場合には、その債権者の異議を無視して、その債権者を害するおそれがないことを証する書面を添付して、会社分割の登記を申請することが可能です。
ただし、異議を述べた債権者がこの措置に不満を持つ場合“会社分割無効の訴え”を提起します。
しかし、実務上“債権者を害するおそれ”がないことの立証は難しいです。
各別の催告が必要であるにもかかわらず、会社が各別の催告を行わなかった場合、“会社分割無効の訴え”の対象となってしまいます。
参考:会社法828条1項
参考:法務省「株式会社合併による変更登記申請書」
まとめ
債権者は分割会社、承継会社双方の会社に対して債務の履行を請求できます。
責任の限度額が定められていますが、会社分割によって、その債権者に対する返済の可能性が低くなる場合、弁済や供託の必要性が出てくるかもしれません。
これらは、異議を述べることができる債権者がいる場合に限ります。
このような形で会社分割の債権者保護手続はおこなわれます。
前垣内 佐和子 M&Aコンサルタント
キャピタル・エヴォルヴァー 株式会社
代表取締役
クライアントの立場に立った交渉、付加価値の高い提案を行うほか、当事者としてのM&Aも経験しているため細かいM&A実務のサポートも行なっていくため、数多く存在するM&A仲介会社の仲介人とは一線を画しています。
日本全国、世界各地にクライアントを抱え、マッチング力にも定評があります。