経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第95回・経済が戻る順番

経営者に必要な「着眼点」の鍛え方  第95回・経済が戻る順番

起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。

いきなりですが、クイズです!

昨年12月から今年の1月にかけて、東京・銀座にある商業施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」に入っていたコスメブランドやアパレルショップなど20数店舗が立て続けに閉店したことが大きなニュースになりました。前回のこの記事で「長い目で見たら今のコロナ禍は今年の春で終わる」という予測を披露し、「だからこそ大量閉店などに踏み切らずにあと少し頑張ろう」というメッセージを送った私から見ても、この経営判断は妥当だと思えるものでした。さて、それはなぜでしょうか?

クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある

前回の記事「●経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第94回・コロナ自粛はいつまで続くか」では、「医療面やウイルスの特性などの観点から、今のコロナ禍は今年の春には収束する」という私の予測を披露しました。

今回はその続きで、「収束後の経済がどのように戻ってくるか」についてお話ししたいと思います。といっても、魔法のように以前の状態にすぐに戻ることはありえず、どうしてもタイムラグが生じるものです。その時に、実は業種によって状況は大きく変わります。

その違いを、「GINZA SIX」のケースを例に考えてみましょう。

それでは解説します!

今年の春には収束し、夏頃から少しずつ回復を見せ始めるのが、飲食業界と旅行業界の「Go Toキャンペーン組」です。国会でも追加予算が議論されましたが、飲食店と国内旅行については手厚い政策によって業界が救済されていくのは間違いないでしょう。

Go Toキャンペーンが導入された時の状況を振り返ると、約半数の国民は「そんなものは必要ない、やらなくていい」という否定派でした。一方で「これはお得だ!」と喜んだ肯定派も、同じく約半数だったのです。

何を言っているのかというと、このように半々に分かれるというのは、日本国民の典型的な構造なのです。ですから、今年の夏になっても「コロナはまだまだ怖い」と言っている人が半数いて、同様に「もう怖くない」という人も半数はいることになるでしょう。

その時に経済を回していくとしたら、「もう怖くない」と思っている半数の人たちをどう回していくかが最大のポイントになるわけです。

そこでのキーワードが「価格弾力性」です。「値段が下がるほど、お客さまが増える(消費が増える)」と価格弾力性が大きいとされるのですが、その代表的なものが飲食と旅行なのです。Go Toキャンペーンとぴったりと軸線が合うわけですから、結果として真っ先にこれらの業界が回復するわけですね。

では、回復が遅い業界とはどこでしょうか。その筆頭が「アパレル業界」です。

「アパレル業界は飲食や旅行に比べると見捨てられている」などとものすごい悲鳴が上がっており、実際に倒産する企業も出始めていますよね。確かに深刻な問題ですが、これは経済的には別の見方ができます。

それは、先ほどの価格弾力性の話で、服というものは値下げしたからといってものすごくたくさん売れるわけではありません。数着あれば事足りる人がほとんどであり、しかも1月になると冬物がバーゲンで大幅に値引きされるような業界ですから、そこでまとめて買う人もいるでしょう。つまり、アパレル業界は価格弾力性が小さく、「Go Toキャンペーン」的なことでは救うことができない業界なのです。

アパレル業界の場合は飲食業界や旅行業界とは違い、夏になっても「コロナはまだまだ怖い」と引きこもっている人たちが、「もう安全なんだ」と気がつくまでのタイムラグがどうしても発生してしまうというわけですね。

もっとも先が見通せない商売とは?

このようなタイムラグが発生しやすい業界の2つ目が、「耐久消費財」を扱う業界です。

リモートワークを始める人が増えた時に、机やパソコン、椅子を買い換えた人が増えたのを覚えていると思います。ただ、それが一周してしまった今、あえて買い直す人は少なくなっています。むしろ収入が減った中で「どこを節約するか」を考える時に、耐久消費財はその対象になりやすいのです。それを考えると、家具業界や家電業界は今年の冬くらいまでは厳しい状況が続きそうです。

もう1つタイムラグが発生しやすい業界があります。それが「インバウンド」です。

「海外旅行に出かけて発散する」みたいな娯楽が一番戻りにくく、あと1年以上は厳しいだろうと見ている人が多いようです。一番は「入国」の問題で、日本だけでなく世界中の国々が、コロナはもうおさまったと判断するまではそこを緩めたくないと考えています。その流れを見ると日本だけの問題ではなく、まだまだ当分時間がかかりそうです。

これらを踏まえて考えると、今一番厳しいのは「インバウンド」を目当てにした「アパレル業界」で、まさに「銀座」ということになるわけです。

GINZA SIXの店舗がこのタイミングで一度撤退し、インバウンドが戻ってくる時期まで資金を確保しておこうと動いたのは、ある意味で妥当な判断でしょう。回復までの時間が長そうだと見て、こうした判断をしたのだと思われます。

ただし、ここが重要なのですが、本格的に経済が元に戻ってきた時に、逆リバウンドがもっとも大きいのがインバウンド業界で間違いありません。

日本人の需要はこれ以上増えなくても、アジアが成長する限り、外国人観光客が増加するのは間違いないでしょう。今のレベルで止まる数字とは到底思えないうえに、これまで抑圧されていた分、その反動は相当なものが期待できそうです。

コロナ後の戦略を今のうちから計画しておこう

世界中でいろいろな業界が打撃を受けているわけですが、例えば車を1つ見てみると、日米欧では需要はかなり下がっているものの、実は中国だけは絶好調だったりします。そうしたことからも、思ったよりも早い段階で中国人観光客が日本に戻ってくるかもしれませんね。

そうなった時のことを考えると、いつでも事業を戻せるように、場合によってはすぐに拡大できるように、戦略的なところは今のうちから計画しておいた方がいいかもしれません。皆さんの業界における影響について、今のうちに考えてみておくといいでしょう。

最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「インバウンド需要がしばらく戻らないから」でした。ちなみに、私はハワイが大好きなので、コロナが収束したらすぐにでもハワイ旅行に出かけようと今から楽しみにしています。皆さんの楽しみは何ですか?


PROFILE
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経営戦略コンサルタント
百年コンサルティング株式会社
代表取締役
鈴木貴博

東京大学工学部卒業後、ボストン・コンサルティング・グループに入社し、数々の大企業の戦略立案プロジェクトに従事。1999年にはネットイヤーグループの創業に取締役として参加。2003年に独立し、百年コンサルティングを創業する。大手企業の経営コンサルティング経験を元に2013年に出版した『戦略思考トレーニングシリーズ』(日本経済新聞出版社)が累計20万部を超えるベストセラーに。現在はビジネスをエンタメクイズ化する経済エンタテナーとしても活動中。『パネルクイズ アタック25』(優勝)、『カルトQ』などのクイズ番組出演経験も豊富。近著に『戦略思考トレーニング 最強経済クイズ[精選版]』(日本経済新聞出版社)、『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』『「AI失業」前夜―これから5年、職場で起きること』(ともにPHPビジネス新書)など。
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アントレSTYLE MAGAZINE
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