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世界をあっと言わせた商品
2001年、大阪府・南河内郡の小さな町工場から、世界をあっと言わせる商品が生まれた。名前を「エアーハブ」と言う。自転車のタイヤの中央で車輪を支える「ハブ(タイヤの真ん中の部分)」から、自動的に空気を取り込み、常にタイヤの空気を満タンにするという画期的な商品だ。常識を覆すその発想を生み出した経営者、中野隆次さんにお話を聞きに行った。
中野鉄工所は、48年に創業し中野社長は2代目。自転車のハブ一筋で頑張ってきたが、中国製品の台頭などで業界そのものが衰退、今や日本でハブを製造する会社は、中野鉄工所、たった1社だという。このままでは倒産は目に見えている。様々な試行錯誤を重ねるがなかなかうまいビジネスモデルを描けない。もがき苦しんでいたそんなある日、取引先の社員が退職のあいさつにやってきた。その時、応接間でのちょっとした雑談が、世界中をあっと言わせる商品につながっていった。
「自転車ユーザーには3つの問題があるといわれています。1にパンク、2にサビ、3に盗難ですね。これらの問題をいかに解決するかがメーカーの努めなんですよね」。取引先社員のこの言葉に中野社長はひらめいた。
「ちょっと待ってください。では、もしパンクしない商品ができたら、消費者はその商品にひかれますか?」
「ひかれるも何も皆それで困っているわけですから、絶対売れますよ」
中野社長は大きくうなずいた。これだ! このアイデアで商品開発ができれば、自社を救える商品を生み出せるかもしれない。大半のパンクはタイヤから空気がもれ出ることから発生するという。空気がなくなってしまうと、タイヤの弾力性が失われてしまい、結果、パンクにつながってしまうのだ。であれば、これまでに開発してきたハブの技術を生かし、ハブから空気を自動的にタイヤに送れるような仕組みをつくれないかと考えたのだ。
様々な試行錯誤を繰り返し、ついに半年後に試作機を開発した。早速、取引先の大手メーカーにその商品を持ち込んだ。「パンクしない自転車をつくりました」という話に相手は半信半疑であったという。そこで実際にその仕組みを見てもらうことにした。わざとタイヤから空気を抜き、工場内を2、3週走ってみた。戻ってみると、タイヤの空気は満タンになっている。技術者は驚いた。すぐに上層部に報告すると言って駆けだしていった。すると社長や専務など、役員レベルのメンバーがわざわざその試作機を見にやってきた。もう一度同じパフォーマンスをやってみせた。結果は同じ。満タンになった自転車を見て、一同、驚きの声を上げた。すぐに中野社長は別室に呼ばれ、こう頼まれたという。
「中野さん、この商品をうちと独占契約させてもらえませんか?」
世界をかけめぐったエアーハブ
2年間のさらなる技術改良を重ねたうえで、04年1月、満を持して全国販売を開始。「パンクしない自転車」のうわさはたちまちメディアを席巻することになる。国内の新聞、テレビがこぞってこの商品に注目した。うわさはうわさを呼び、韓国、フランス、イスラエルと世界中のメディアもこの商品を取り上げていった。応接間の雑談からここまで、たったの2年半である。
自転車市場は、日本で年間約1000万台の需要がある。米国では約2000万台、欧州でも約2000万台、中国に至ってはなんと約4000万台の需要がある。年間約9000万台の世界市場に、もし、エアーハブが標準装備されたらどうだろう? 驚きは連鎖する。自転車業界だけではなかった。大手自動車メーカーの幹部もこの小さな鉄工所に視察に来るようになった。もし車にエアーハブが取り付けられたら……。それこそ天文学的な額の売り上げがこの小さな鉄工所に入ってくることになる。さらには、化粧品メーカーまでもが視察に来た。エアーハブの単純な原理が、モーターを使えないある商品に利用可能という理由だ。ほかにも、中野社長ご本人が驚くような提案が次々にやってきたという。常識を覆す商品を世の中に出せば、その驚きが連鎖を始め、市場自体がこの商品に全く新しい可能性を与えてしまうのだ。
常識を突破する思考がサプライズを呼び込む
もちろん「常識リバース」の原理原則は、エアーハブにも隠されている。これまでの自転車はタイヤに空気を入れなければならなかった。メーカーもユーザーも誰もがその常識の中で自転車を開発し、自転車を利用していた。常識とは怖いものである。一度、常識となってしまうと誰もがその枠内でしか発想しなくなる。頭からタイヤは空気を入れるものとしか考えなくなり、それを疑問に思うこともなくなってしまうのだ。実は、中野社長が試作品を持ち込んだメーカーでも似たような商品を開発していた。空気のもれを感知し、そろそろ空気を入れる時期ですよということをユーザーに知らせるという仕掛けであった。しかしこの商品はそれほど売れていない。「空気」を入れるという発想からは抜け出せていないから「驚き」がない。そこから与えられるイメージはせいぜい「プチ便利」といった程度だ。エアーハブは違った。「もれて困るんだったら、反対に送り込めばいいじゃないか!」この発想の転換が、「パンクしない自転車」へとつながっていった。完全な常識リバースがあったからこそ、強い吸引力を持つことになった。常識を覆せば、その商品は、驚くほど多くの人を巻き込む力を持ち始めるのだ。
事業家は甘えることができない
もう60歳を超え、引退すら近い年齢の中野社長に最後に質問した。
「新しい発想を生み出すことは重要だというと誰もがそんなことはわかっているという顔をします。しかし多くの人がそれを実行していない。できないんです。知らず知らずのうちに『思考停止』に陥ってしまう。しかし中野さんは違った。失礼ながら、もう発想力が落ちてきてもおかしくない年齢なのに、なぜそのような大胆な発想をすることができたんでしょうか?」
「それはね、追い込まれたからなんですよ。日本で最後のハブメーカーとなり、倒産する危険もある。こんな小さな会社でも社員が30人、それぞれに4、5人ぐらいの家族がいる。ということは、私には150人を食わせるという重要な責任がある。その追い込まれた状態になれば、考えるのをやめるなんてことはあり得ないですよ。本当に考えに考え抜いた。だからちょっとした雑談も逃さなかったんだと思います。少し厳しく言うと、考え続けることができないという人は、甘えているんじゃないでしょうか? 雇われの身ですと考えなくても給与が入ってきますからね(笑)。私ら事業家は甘えることはできないんですよ。考えに考えて、失敗しても考えて、さらにうまくいっていてももっと考えなければならない。そういうことができなければ、事業家にはなることはできませんね」
中野社長は会社倒産という危機に追い込まれた。しかしそれが逆に自身の大成長に貢献したのだという。環境の変化で生命の危機に追い込まれた生物が、自身を進化させることで乗り越えていったという事例は数多くある。今つらい状況にある人は喜んでほしい。今こそ、最大の自己成長のチャンスなのだ。中野社長に続こう。次に世界をあっと言わせるのはあなた自身である。
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補足○前号の宿題の解答例 |
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「ガムをつくっているメーカーと提携し、ガムの広告を載せた傘を製作。KIOSKで同メーカーのガムを買った人だけに無料で広告傘を進呈。ガムは100円程度なので、傘を買うより安い。もちろんKIOSKは広告マージンも収入となる。そして、これを雨の日限定のサービスとしてPRする」
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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