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変化に反応する脳が持つ習性
テラスに座って本を読んでいた。目の前をさっと鳥が飛び去っていった。あなたの目は無意識にその鳥を目で追いかける。この日常的な現象に、脳の大切なメカニズムが隠されている。脳は目の前に起きた「変化」を無意識に追いかけようとする習性がある。美しい青空を見ている時、あなたの脳は知らず知らずのうちに空よりも流れる雲に目を向ける。青空の変化に比べ、雲の変化の方が大きいからだ。脳は変化度の高いものを優先的に追いかけるという習性がある。この脳の習性を「追変(ついへん)反応」と呼んでみよう。 なぜ「追変反応」が起こるのか? 周辺の変化に即座に反応することが、生物学的に見て有利に働くケースが多いからだと考えられる。例えば自分を襲う動物が迫っている。その変化にいち早く対応できなければ、生き残ることはできない。自然環境の中で生き残っていくためには、環境に起こる変化に即座に反応できる仕組みを脳に持たせる必要性があったのだ。 「追変効果」は日常生活において頻繁に観察できる現象である。例えば「音」。我々は音の変化に反射的に反応する。道路を歩いている時、ガシャーンという音が耳に飛び込んでくれば、すぐにそちらを振り返る。振り向く必要があったかどうかは問題ではない。我々はその音に単純に機械的に反応する。 「要は動いているものに脳は反応するってことでしょ?」と思われた方、半分正しいが、半分間違っている。確かに動いているものに、脳は反応しやすい。しかし、それはその前に動きがなかった場合に限られる。動きがない状態から動きが出たのであれば、脳はそれを「変化」として受け入れる。ただし、反対にその前にも同様の動きがあり、今、その継続としての動きがある場合は、脳はそれを「変化」とは受け取らない。自分の部屋で仕事を終え、コンピュータを消した時、急に部屋の中が静かになったと感じ、「あれ? こんなに大きな音がコンピュータから出ていたんだ!」と驚いたことはないだろうか? 音が出ていてもその音に変化が起きなければ、脳はその音を認識しなくなる。脳にとっては、音が出ているかどうかは重要ではない。前と違う現象が起きたかどうかが重要なのだ。
脳は変化度の高いものを優先する
音響心理学で「マスキング」と呼ばれる現象がある。2つの音が同時に耳に入ってきた時、大きい方の音が聞こえ、小さい音が聞こえなくなるという現象だ。iPodなどで使用される「MP3」という音楽ファイルのシステムは、この現象を利用することで成り立っている。2つの音が重なって聞こえていると判断された場合、小さい方の音を切り捨て、強い方の音だけ記録される。音がなくなっても脳はもともと認識していないので問題はないというわけだ。この仕組みを取り入れることで、「MP3」は記録する情報量を大幅に減らすことができた。 さて、この仕組みで利用されているマスキングという現象も「追変反応」の一つであるといえる。「変化」を好む脳は、2つの「変化」が同時に脳に届いた場合、「変化度」が高いものを優先させる。それどころか、変化度の低いものは切り捨てられ、「認識」すらしていない。変化度の高い情報に反応する方が有益であるといわんばかりだ。この興味深い現象は、聴覚に限ったことではなく、あらゆる感覚器官においても等しく見られる現象である。
マジックから1週間まで「追変反応」の利用例
マジック(手品)の世界で「ミスディレクション」という技術がある。マジシャンが右手を高々と空中に掲げ、手の中に何も入っていないというジェスチャーをする。そしてその手を大きく回し、自分の胸元に引き寄せ、手をもみはじめるとその手から鳩が飛び出し、観客をどよめかせる。このマジックで大切な役割をしているのは、最初に高々とかかげられた右手ではない。その時、ほとんど動いていない左手である。右手が大きな動きをするので、人々は知らず知らずのうちにそちらに「追変」してしまう。しかし、その間に左手ではこっそりと大切な準備が行われている。右手の動きが大きければ大きいほど、観客は左手に起きている小さな動きを認識できなくなる。「視覚的マスキング」だ。マジックの世界では、こうした脳のメカニズムを逆手に取り、不思議な世界をつくることに成功している。 別の例も挙げてみよう。脳の「追変反応」は、瞬間的なもののみならず、より長期的なスパンにおいても起こり得る。例えば、平日と週末の関係。週末は楽しい。なぜか? それは我々の脳が平日の労働の後に来る週末を「変化」として着目するからだ。しかしもし毎日が休みであったらどうか? 脳は休みを休みとして認識できなくなる。ある知人が、けがをして1カ月入院した。退院後、「ゆっくり休めて良かったね!」というと、「それは最初だけ。毎日することがなくてこれほどつらいことはなかった」と嘆いていた。1週間を7日と区切り、日曜日を休みとしたのは、人を生産的に動かすための優れた発明であったのだ。 ディズニーランドの生みの親、ウォルト・ディズニーは「テーマパークは永遠に完成しない作品である」と含蓄のあることを言っている。アニメーションの大御所であるウォルト・ディズニーが「追変反応」の原理原則を理解していたことは想像に難くない。この思想のもと、世界中のディズニーランドでは、毎年毎年、新しいアトラクションが生まれ続けている。
起業家としていかに追変反応を利用する?
脳が「追変反応」のメカニズムを持つということを知った以上、起業家を目指すあなたもこれを利用しない手はない。自分のやりたい事業分野の既存サービスを調べ、どんな特徴があるのかを徹底的に分析してほしい。そして既存の商品の特徴がわかったら、そこから逆算し、お客さんの脳に明らかに「変化」として受け入れられる商品の開発、販売戦略を立てられないかと考えてみよう。 例えば、あなたはパン屋で起業したいと考えている。どんなパン屋を開業する? 店で出すパンは何パン? あんパン、メロンパン? それともクリームパン? 目立った特徴もない中途半端なパン屋であれば、お客さんの脳はあなたの店も商品も全く認識してくれないだろう。市場にはより優れたアイデアを持った人々が多くいる。普通のものしか準備できそうになければ起業はあきらめるべきだ。でなければ、あなたの商品やサービスは、残念ながらよりレベルの高いパン屋にマスキングされ、「認知」すらされることなく、市場から消え去ってしまうことになるだろう。 脳が「追変反応」をするということを知った以上、ただのパン屋では全く意味がないと考えなければならない。例えば宅配パンはどうか? 周辺のパン屋を見て回ると、店舗でお客を待ち、販売する形式ばかりだった。だったら「うちのパン屋はご自宅まで運びますよ!」と言ってみたらどうか? いや、ただ宅配するだけでは不十分だ。もう少し新しい要素を加えられないだろうか? そうだ、宅配しながら各家庭の好みを聞き出し、家庭ごとに、味付けを変えたり、トッピングを変えたり、家庭ごとのオリジナルパンをつくるというサービスはどうだろう? 起業を目指すのであれば、「変化」を意識した商品開発を行うべきだ。いやいや起業前だけのことではない。起業後も同様だ。どんなによい商品でも同じように並んでいると変化として認識されなくなってくる。ディズニーの言葉を借りれば「起業とは、永遠に完成しない作品をつくり続けることである」といえる。そのことに気づいた時、あなたは本当の起業家に一歩大きく近づいたことになる。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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