前のページへバックナンバーへ次のページへ  

 ●第4回 圧倒的な売りのつくり方常識リバースII


事業を立ち上げるということは、数多くの商品・サービスの中から
自分の商品・サービスにお金を払ってもらうということだ。
それは生半可なことではない。そこで必要になるのは、
自分の商品にしかない圧倒的な売り。今回は前回に引き続き、
常識を覆すことで圧倒的な吸引力を持つ商品を生み出す、
「常識リバース」の続編である。

 

多くの起業希望者は、売りがないのに起業する?
 最近、貿易会社に勤めているという、50歳を超える起業希望者A氏の相談に乗った。
羽根●どんなスタイルの起業を考えていらっしゃるんですか?
A氏●コンサルティングをやろうと思っています。
羽根●なるほど、どんな分野のコンサルティングなんですか?
A氏●そうですね、貿易関係の会社でずっと働いておりましたので、そのあたりの知識を生かしたコンサルティングをやりたいと思っています。
羽根●貿易ですね。で、もう少しつっこんでお聞きしたいのですが、コンサルティングといってもいろいろありますよね? 具体的には何を売りにされるつもりですか?
A氏●売り? そうですね、まあ、この道の経験も長いですから、それなりにほかの人にない知識や見識があるつもりですから、そのあたりを売りにできればと思っています。
羽根●ほかの人にない知見とおっしゃいましたが具体的には何ですか? ほかの人には全くない、自分だけの知見、その知見に高いお金を払ってもいいという売りがあるんですか?
A氏●うーん、そこまで言われるとはっきりとした売りはまだないかもしれません。これからつくっていければと思っています……。
 起業を目指す人とお話ししているとよくこんな流れになる。つまり、起業意識はあっても、よくよく聞いてみると「売り」がほとんどないままに起業しようとしている人があまりにも多いということだ。売りがないのに起業するというのは、目的地を決めずに小船で大海に躍り出るに等しい。しばらくは波間をさまようことはできるが、いずれ高波をくらって沈没してしまうことは目に見えている。
 起業し、独り立ちするということは、マーケットの中で数限りなくある商品やサービスの中から自分の商品を選んでもらうということである。あなたが自分のお金を財布から取り出す時、わざわざ、さして魅力がないものにお金を支払うだろうか? ましてやコンサルティングという形のないもので勝負したいなら、中途半端な「売り」ではまず誰もお金を支払ってはくれない。膨大な商品が立ち並ぶマーケットの中で自社商品を選んでもらいたければほかの誰にもないような「売り」を持つことが重要だ。どこにでもあるものには価値はない。誰もが認める圧倒的な「売り」を自分の商品やサービスに盛り込もうとする姿勢が起業家には必要なのだ。それがつくり出せないのであれば、起業そのものを思いとどまることをお勧めする。こういうと、やっぱり起業は難しい、自分にはハードルが高すぎるのかな、と思ったあなた。あきらめるのはまだ早い。圧倒的な売りをつくる方法がある。前号から紹介している、アクティブラーニングの大人気・新商品開発手法、「常識リバース」だ(詳しくは前号のコラムで説明している。アントレnetにバックナンバーが掲載されている)。

常識を覆せば人をひきつけられる
 人間は知らず知らずのうちに常識というフレームを頭の中に持ち、それに基づいて日常生活を送っている。そこをひっくり返してやると、人はその商品に強い関心を持つことになる。例えば、傘。傘といえば、こんな形をしている、こんな目的で使う、こんな場所で手に入れることができる、といった常識が我々の頭の中に存在している。「形状」「用途」「値段」といったこれらの属性が、知らず知らずのうちに我々の行動に強い影響を及ぼしている。
 この常識を覆す情報が頭の中に入ってくる時、人は強い衝撃を受け、反応する。具体事例で説明してみよう。先日、ある激安ショップに行った時のことだ。103円のビニール傘が販売されていた。そばにいた人がそれを見て思わず「安い!」と声に出し、なんと、その傘を3本も手にしてレジへと向かっていった。その人はおそらく傘を買いにその店に来たわけではない。しかし、その値段が「常識」を覆していたために、思わず購入してしまったのだ。さてビニール傘の値段とは、どのくらいが常識的な値段だろうか? 最近では300円から400円で販売されているケースが多い。これでもずいぶんと安くなったような気がするが、それがさらに103円である。確かに驚きの安さである。
 もし、あなたが世の中の常識を覆すような安さで商品を提供できれば、それだけで人々はその商品を選択する可能性が強まる。「え? そんな安い値段で売るなんて、大量生産しないと無理だよね」と考えた方、それはいかにも「常識的」な考え方だ。ここは既存の考え方を取っ払って常識を覆す思考を展開してみてほしい。激安なんてみみっちいことを言わず、いっそのこと「無料の傘」を提案してみたらどうだろう? そんなことが可能なのか? 例えばこんなアイデアはどうだろう? 傘の内側、外側いっぱいに広告を載せて広告費を徴収するビジネスを考えてみる。新商品や新サービスの告知をしたい企業から広告を取り、たくさんの傘に同じデザインの広告を載せる。これを主要駅に置かせてもらい、雨が降った時に自由に持ち帰っていいことにする。文字どおり、無料の傘だ。広告は傘の内側と外側に載せる。これで傘を使った本人には内側で広告を見せ、行きかう人には外側で広告を見せるので、かなりの人の目に触れることになる。傘を持ち歩くのはけっこう面倒だ。しかしこのサービスが主要駅はもちろん、デパート、映画館、イベント会場など、人が集まる場所に設置されていればどうだろう? とても便利、と思う方は多いはずだ。これが当たり前になるともしかするともう誰も傘を持ち歩かなくてよくなるかもしれない。いつでもそこに「広告傘」があるからだ。
 実はこのアイデア、私が指導しているデジタルハリウッド大学院の「常識リバース」のクラスで受講者が考えたアイデアだ。デジハリ大学院は、第一線で活躍する社会人が数多く受講する大学院(院生以外の一般参加も可能)なので、出てくるアイデアもなかなかユニークなものが多い。そこで「傘は有料だよね、だったら無料の傘があったらどう?」という視点で考え始めたアイデア商品だ。ビジネスとして成り立つ可能性は十分にあると思う。

問題の解決を導くGAPの穴埋め
 常識を覆すという時、ただ闇雲に今までなかったことを提案すればいいということではない。最も重要なのは、リバースしたアイデアに対して、徹底して、実現のための問題解決を行うことなのだ。これをアクティブラーニングでは「GAP(=問題点)の穴埋め」と呼んでいる。「もしも傘が無料だったら……」というアイデアは、確かに常識を覆した魅力的な提案だ。しかし無料にすると商売にならないというGAPがある。これを埋めなければならない。そこで広告を載せてみたら? という広告傘のアイデアにつながった。もしこの傘を主要駅などに置いてもらえれば、とっても便利だ。うまくいくかもしれない! しかし、これで満足してはいけない。まだ大きなGAPが存在している。例えばその傘の設置を、鉄道会社がすんなり認めてくれるだろうか? 利用者にとっては大きなメリットだが、設置する鉄道会社にはメリットがない。むしろ駅の場所のあるスペースを占有するため、迷惑千万と考えられるかもしれない。
「どうすればいいの?」。通常ならここで私から答えを提示し、このコラムは終わってしまう。しかし今回はあえて宿題としてみたい。答えをもらう姿勢から、自分で答えを導く姿勢をぜひ身につけてほしい。毎日の通勤、通学の時に、考え続けてみてほしい。鉄道会社にぜひこの傘を置かせてほしい、と思わせるアイデアを考えられればあなたも起業家思考を手に入れたことになる。その答えと話の続きは、次号で!

PROFILE
photo アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也
ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。


前のページへバックナンバーへ次のページへ