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事業拡張とともに増加した問題
起業後、事業拡張に伴いスタッフが増えてきた時のことだ。なぜか会社にいろいろな問題が起こるようになった。スタッフと直接話し、意見を聞く機会を設けていたのだが、人数を増やして以降、否定的な意見を言うスタッフが増え、意見の対立が非常に目立つようになった。意見の違いだけなら何とかなるが、それに呼応し、業務上の「問題」も明らかに増加している。このままいくと会社の業務そのものが回らなくなるのではと不安になったほどだ。
なぜ、そういう問題が起こるのか?ほどなくそれは偶然ではなく、事業やプロジェクトが大きくなってくると、必ず起こりうる問題なのだということがわかってきた。どういうことか? わかりやすい事例をもってそのからくりを紹介しよう。
300名の子供たちを引率するリーダーの悲劇
私は仕事柄、子供たちを連れたイベントによく参加する。何百人という大人数の子供たちを引率するのは大変なことだ。総勢300名の子供をバスに乗せてテーマパークに連れて行くというイベントに参加した時のことだ。
滞りなくイベントを進めるために、ある若いスタッフをプロジェクトリーダーに任命した。やる気にあふれるすばらしい若手スタッフだった。しかし、彼に大人数を動かした経験はほとんどなかった。彼は持ち前の「やる気」でこの大イベントをなんとか乗り切ろうとしていた。
イベントの当日、早速「問題」は起こった。「遅刻」だ。
絶対に遅れないようにと前日までに何度も子供たちに伝えていたにもかかわらず、集合時間に遅れる子供が出た。しかも、複数名である。開始早々これでは先が思いやられる。リーダー役の彼の顔はゆがんでいた。しかし、このままやって来ない子供たちを待ち続けていると全体のスケジュールが大幅に狂ってしまう。仕方がない。一人のスタッフを集合場所に残し、目的地に向かうことにした。
「皆さん、集団行動では一人が遅れると全体に迷惑をかけてしまいます。絶対に遅れないように!」。バスの中で切々と子供たちに語りかける彼は一生懸命であった。しかし残念ながら、子供たちの多くがその話には関心をも持っていなかった。車窓を流れる景色、手に持っているお菓子、そして何より、これから訪れるテーマパークのことで頭がいっぱいだった。
テーマパークに着くと子供たちは喜び勇んで、会場に駆け込んでいった。彼の訴えは効果がなかったことが1時間もたたないうちに明らかになった。財布をなくしたという子供が現れたのだ。それだけではない。その後次々と、「問題」が押し寄せてきた。気分が悪いという子供、けんかする子供、大声で騒いで会場の管理者から怒られる子供などなど……。こういった「問題」が上がってくるたびに、チームリーダーである彼の顔は蒼白になっていった。ほとんどパニック状態になりながら、懸命に問題を解決しようとしていた。
問題が発生する確率は思った以上に高い
これはリーダーシップの役割に慣れていない人にありがちな対応であるといえる。彼は、このプロジェクトを成功させるために、「問題」をなくすことに努めようとした。実は、そもそも、それが問題であったのだ。問題は必ず発生する。そのことを最初から計算に入れた対応をしておけば、これほどパニックになることはなかったはずだ。
人間は誰でもミスを犯す。程度の差こそあれ、ミスをしない人はいない。例えば、人間には1週間に1度発生するミスと、月に一度発生するミスがあるとしよう。300名のイベントを行うとたった1日でも確率上、週に1日程度のミスがそのグループ内で約42回発生し、月一回のミスは約10回発生することになる。
さらに年に1度しか起きないような頻度の少ないミスでも、365名いれば確率上1回は起こるのだ。
この種のイベントを何度もやっているとわかることだが、遅刻する人、気分が悪くなる人は絶対にいると考えられる。そして落とし物をする人など、全くもって当たり前にいるということがわかる。私自身、数万名が参加する大規模コンサートでアルバイトをしていたことがあるが、落とし物が出ない日はない。大勢の人数を動かす時、「問題」が発生することは「偶然」ではない。「必然」なのだ。これらの一つ一つに対していちいち、一喜一憂していても現状の解決にはつながらない。
多くの起業家が、必ず同様の問題に直面する。自分の事業規模が拡大してきた時、その成長のプロセスにおいて「数」と戦うことが必ず求められるようになるからだ。短期間で「ステージ」が変わり、これまでとは全く違う戦い方を急に求められる起業家にとって、この「数」に対する対応力を身につけておくことは極めて重要である。
全方位型問題対応力
この問題に対処する方法はとても簡単である。「問題は発生する」を前提にすべての事業に取り組むという考えに頭を切り替えるのだ。実はこの考え方は、危機管理システムにおいては基本的なアプローチ法である。問題が起こることを前提に準備をしておくと、実際に問題が起きても即座に対応することが可能になり、被害を最小限にとどめることができるようになるのだ。
コンピュータのハードディスクにあるデータを守る仕掛けに「RAID(レイド)」というものがある。ハードディスクを2つ準備し、両方のディスクに同時に同じデータをコピーし、保存する仕組みだ。ハードディスクにあるデータは壊れやすい。コンピュータの初期の段階では、壊れない仕組みをつくることに時間がかけられた。しかし、ほどなく100%完璧なシステムをつくることは不可能だという結論に達し、最初から壊れてもよいような管理方法がとられることになった。結果、2つのハードディスクに同時にデータが記録されるシステムが考案された。これによって一方のデータが壊れても、残りのデータで復旧が可能になったわけだ。結果、コンピュータのデータ管理能力は飛躍的に向上した。
ロボット工学においても同様のアプローチがあった。「二足歩行」を実現させるために、多くの学者が研究につぐ研究を重ねていた。ロボットを歩かせるために、考えられうる状況をすべてシミュレーションし、それらの情報をすべて記憶させ、ロボットを歩かせようとした。しかし、歩くたびに環境が変わってしまう中、すべての情報を記憶させようとすれば、それこそ天文学的な情報が必要になる。そこで、発想の転換が図られた。すべての情報を記憶させるのではなく、今、起きていることに「リアルタイムで対応する」という単純な数式にすべてを対応させることにしたのだ。結果は劇的であった。これによってロボットは歩き続けることが可能になった。
どんな問題にも対応できる秘けつ、それはどんな問題が起きてもよい力を身につけるということだ。「全方位型・問題対応力」と呼んでもいいだろう。300名の子供たちからすべての問題を取り払うことはできない。しかし、遅刻する者が出ることを計算に入れてすべての工程をつくっておけば、さほど大きな傷にはならない。
コンピュータのデータ管理システムや、ロボット歩行システムで実現した「飛躍的な成長」をあなた自身にも呼び起こすために、「全方位型・問題対応力」を身につけよう。問題が起こることを最初から計算に入れて行動するだけでよい。明日、あなたの身には必ず問題が起こる。そう思って日々を生活すると実は問題の多くが問題ではないということに気づくようになる。問題解決が特別な行為ではなく、日常的な行為に置き換わった時、あなたの能力は飛躍的に向上するに違いない。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate
of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。
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