|
一日2000個のたい焼きを売る店
先日、東京のとある街を歩いていると、突然、いいにおいがただよってきた。その出所はたい焼き店であった。
「1個ください」
「申し訳ありません。今からですと、1時間半待ちになります」
「え? 1時間半も? すごいなー」
「店内でのお召し上がりですと、おひとつだけになりますが30分で召し上がっていただけます」
「それでも30分待ちなんだ……。うーん、でもいいですよ、待ちます」
時間もあったので、どんなにおいしいたい焼きが食べられるのかと楽しみにしながら待たせてもらうことにした。途切れなく客がやってくるところを見ると、かなりの人気店であるらしい。すると店内から今をときめく有名女優が満足げな顔で出てきた。なるほど!こんな有名人もやってくるんだから、よほどおいしいに違いない。偶然の「演出効果」も手伝い、今か今かとたい焼きの登場を待つことになった。
ほどなく焼きたてのたい焼きが目の前に現れた。一見、普通のたい焼きであったが、よくよく見ると皮がぱりっとしていて、あちこちに焦げ目がついている。食べてみて理由がわかった。たい焼きの皮が普通よりずっと薄いのだ。ただ、その薄皮が見事にたい焼きの味をひき立てていた。
ひとかみすれば、さくっと薄皮に歯が通る。すると中から熱々のあんが飛び出してくる。危なくやけどしそうになる。ただ、このあんこもかなりの美味であった。甘すぎず、味にしっかりと奥行きがある。有名女優までもが足を運ぶ理由が何となくわかってきた。
昭和レトロ風の古びた店内には、客と楽しそうに会話しているおじいさん店員がいた。今では息子さんに経営を任せている先代オーナーなのだという。話を聞いておどろいた。なんとこのお店、たい焼きを初めて世に送り出したお店なのだという。大阪から来た先代がアイデアマンで、ただの今川焼きでは面白くないと、たいの形で売り出した。これが大ヒット! 今でいうFCのような形で他店舗での販売を認め、たちまちのうちにたい焼きは全国に広がっていった。このおじいさん、実はあの大ヒットソング、『およげ!たいやきくん』のモデルにもなった人らしい。私と同世代の読者なら、「へ〜」とうなずかれることだろう。実際、レコードのジャケットには、このおじいさん(当時はおじさん)がモデルとなったキャラクターイラストが描かれている。たい焼きを買うためだけに1時間半も待たされる理由がよくわかった。
職人がていねいに、一個ずつ焼き上げる
「すごくはやっていますねー。一日何個ぐらい売れるのですか?」
「いやー、3人で焼いているんだけど、一日2000個が限界なんですよ。だからそれ以上は売らない」
「2000個! そんなに売れるんですか?」
1個150円のたい焼き。かなり強気の値段だ。それが平日でも休日でも一日2000個が飛ぶように売れていく。単純計算で一日の売り上げは30万円になる。実際にはたい焼き以外の商品も売れているので、もっと売り上げがあるに違いない。年商にすると1億円前後になる計算だ。
なぜそんなに売れているのか? 単純にいうと「おいしいから」につきる。ではなぜこんなにおいしいのだろう?それはこの店のあちこちに徹底した「こだわり」があるからである。
焼き場を見学させていただいて驚いた。一個ずつ、丹念に焼いているのだ。普通の店のたい焼きは、一気に20、30個のたい焼きを焼く。ここではひとつひとつ、職人が丹念に焼き上げていく。もちろん、異論もあるだろう。効率の悪さ、コスト計算はどうなのかなどなど。しかしこの店ではそんなふうに考えない。ひとつひとつ焼くことでおいしくなるのであれば、時間は当然かけるべきだし、お客様にも当然待ってもらうべきなのだ。この店のこだわりは、調理方法のあちこちにも垣間見ることができる。たい焼きに入れるあんこのために、十勝産の小豆を毎日8時間かけて練り上げるという。そして、その日の天気などにあわせて、火加減、砂糖や塩の加減を微妙に調整していく。我々、素人にはわからない微妙なところに徹底してこだわっている。それらのこだわりこそが、多くの人をひきつけてやまない、一流の商品づくりにつながっていることは疑いない。
一流のデジタル職人の驚異的なこだわり
どんな世界であっても、一流の職人は強いこだわりを持っている。最先端のデジタルの世界であってもそれは変わらない。先日、ある有名なCGアーティストに、弊社の会社ロゴを使ったCGアニメーションを作成してもらうことになった。有名なテレビコマーシャルのCGを作成している実力者で、その才能を、作品ができ上がる前から、見せつけられることになった。
まず「ベースアニメーションができたので見てほしい」といわれた。完成品ではないが、方向性にずれがないかを確認するための第一段階の仮作品であった。私が伝えたコンセプトが見事にCG映像に表現されていた。「すごいなー、完璧ですよ。もうこのまま使ってもいいんじゃないのかな?」
「ありがとうございます。でも、まだ完成品ではありません。実際、この後、最終映像に仕上げていきますが、今お見せしたCGの素材は全部つくり直します。もう一度、すべての素材をゼロからつくり上げていくんです」
「え? もったいない(笑)。十分使えそうなのに……」
「いえ、今の段階では、ひとつひとつの素材にちょっとしたノイズがあるんです。これらをていねいに消していき、何の違和感もなくなった時に、やっとお見せできる作品に仕上がるんですよ。だから全部つくり直します」
一流と平凡の違いはどこにあるのか?
一流と平凡の違いは何か? それは強い「こだわり」にある。一流と呼ばれる人々は、素人考えならどうでもよさそうな細かいところに徹底してこだわる。この異常なまでのこだわりが、ほかとの「差」を生みだす。ほんの1ミリのずれであっても、一流はそれを許さない。「こだわり」に反することが目の前に立ちはだかると、とことんそれに立ち向かっていく。この逃げない力、「不逃力」こそが、彼らを一流へと育て上げる原動力なのだ。
あなたが起業に興味を持っているのなら、この「不逃力」を身につけることをお勧めする。不逃力があれば、あなたの商品やサービスが「自己成長」を始めるからだ。こだわりとは、別の言葉でいえば、「フォーカス(=焦点)」である。成長は、焦点があるところに起こりうる。「なるほど、あきらめずに繰り返す精神力が重要なんですね」と考えたあなた。半分正しく、半分間違っている。継続は力なり、確かに繰り返すことも成長につながる。しかし、ただ繰り返せばいいというものではない。ある部分に焦点を当て普通の人がやらないところまで突き詰めることが重要なのだ。あなたがたい焼き職人であれば、「水」の量に焦点を当ててみる。そこから目をそらしてはいけない。毎日毎日、徹底してそこにこだわってみる。どんな種類の水がいいのか? 何度ぐらいの温度がいいのか? 水に焦点を当てたことで、新しい知見や技術が蓄積されてくる。そこにほかとの差が生まれ、強みが生まれてくるのだ。
一流は決して逃げない。徹底したこだわりが彼らを上の次元に引き上げていく。あなたは今日、何にこだわったのだろうか? こだわりなくして成長なし。自分の日々の生活を見直してみよう。身の回りのあらゆるものに、あなたの成長のチャンスがある。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
アクティブラーニングスクール代表 羽根拓也 |
|
ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
|
|
|
|
|
|
|