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自論を積極的に発表するアメリカの学生たち
その昔、私がアメリカの大学で教えていた時のことだ。学生がいきなり手を挙げて、「質問ではないですが、私の考えをみんなと共有してもよいですか?」と言ってきた。面白そうなので「どうぞ」と許可すると、とうとうと持論を展開し始めた。「お前は教師か?」と、思わず突っ込みたくなるような態度であったが、アメリカの大学ではさほど珍しいことではない。
学生はこれを「良かれ」と思ってやっている。実際に、このような学生の言動を評価する風潮がアメリカにはある。教師の言葉をただうのみにするのではなく、独自の考えを持ち、それを発表しようとする態度を尊ぶ考え方だ。
中には、「そんなつまらないことをみんなの前で発表するなよ」といったレベルの低いものもある。しかし、時には、教師もびっくりするような優れたアイデアを提示してくる学生もいる。
「独自の考え」を持つということは、それほど簡単ではない。特に我々、日本人はこのことに慣れていない。本人は独自の意見を述べていると思っていても、実際にはどこかで聞いたことだったりする場合が多い。独自の考えを持つことと、自分が知っていることを述べることは違う。前者は「創造」であり、後者は「伝達」である。「コピペ(=コピー&ペースト)」された情報からは価値あるものは生まれない。
今、私は日本の大学で教鞭をとっている。意見を述べよと言うと、本や雑誌で聞きかじったこと、ある識者がしゃべっていたコメントなど、「どこかで聞いたことのある意見」を述べる学生がほとんどだ。当然ではあるが、そこに「独自の視点」はない。
ビジネスパーソンですら、「発案」と「伝達」を勘違い
この話は大学生に限ったことではない。悲しいかな、社会人となった大人であっても大差はないようだ。有名企業の社員であっても、「自分のオリジナルの意見」を述べられる人は少ない。新規事業のアイデアのコンサルティングを行っている時に、よく耳にする「流行キーワード」がある。
「バズマーケティング(口コミ)にトライしてみましょう」「SNSを使ったらどうでしょう?」「ウェブ2.0の手法を取り入れてみましょうか?」……。もちろん、悪いアイデアではない。しかし、いずれも「独自のアイデア」ではないのだ。これらの話を誰かから聞いたので、それを伝達しているにすぎない。まるで「私には考える力がないんです」、と言わんばかりだ。この程度の発想からは、当然のことながら市場をうならせるような新規事業が生まれることはない。
では、日本人からはアメリカ人のように独自の視点でアイデアを出すことはできないのだろうか? いやいやそんなことはない。松下もソニーもトヨタもホンダも、これまでに多くの「世の中にない新しいビジネス」を生み出してきた。世界に名だたるこれらの企業は、すべて日本人によってつくり上げられてきたのだ。では、これらの会社の人々にできて、「あなた」にできていないことは何なのだろうか? その違いは「不逃力」の有無にある。
「不逃力」を使って、しつこいほどに繰り返す
独自のアイデアを持っている人には「しつこい人」が多い。松下幸之助も本田宗一郎もしつこい人だった。しつこいという言葉は否定的であるが、別の言葉で言うと「こだわりがある」ということだ。あることに関心を持って着目すると、徹底してそこを深堀りし続けていく。このしつこさにこそ、独自の視点を生むカギが隠されている。
先日、ある起業家とイタリアンレストランに行った。パスタを注文したのだが、これが格別においしかった。普通の人なら「ああおいしかった」で終わりである。しかし「しつこい人」は違う。その起業家から3日後にメールが来た。翌日、その店に社員を連れて行ったという。「何も翌日行かなくても」と言うと、「いや、あまりにもおいしかったもので」と苦笑していた。それから1カ月後、またその起業家に出会った。その後、なんと10回もそのレストランに行ったという。「飽きないの?」と聞いてみると、うれしそうにこう答えてくれた。「飽きないよ。リゾットもすごくうまいんだ。いや、あそこはサラダもおいしくてね。そのドレッシングがさぁ……」
ここまでくるとマニアである。しかし、マニアはマニアゆえの貴重な情報を持っている。「で、一番のオススメは何なの?」「よく聞いてくれた。あのね、一番うまいのは、裏メニューのデザートだね。これはね、店長にこっそり頼めば出してくれるんだけど、そのおいしさときたら……」。
「マニア」と「おたく」と「プロフェッショナル」と「起業家」は、その呼び名は違えど、同じ種類の人々だといえる。あることに興味を持ち、通常の人がやらないレベルまで何かを繰り返した人々のことだ。そもそも日本人は、それが得意なはずだ。こだわって、こだわって、さらに細かいところまでこだわって、何度も何度も飽きずに繰り返す。そうすると、それまで見えなかったものが見えてくる。その先にこそ、「独自の視点」が現れてくるのだ。
あなたが何か新しいものを生み出したいのなら、周囲から見るとちょっとおかしいぐらいまで繰り返すことが大切だ。逆の言い方をすると、そこまで何度もしつこく繰り返さなければ、情報は価値あるものには変わらない。
ここに単純な法則がある。誰もが持っている情報には価値がない。しかし、誰も持っていない情報には価値がある。価値ある情報を手に入れたければ、ほかの人がやめるところを「開始地点」だと考えれば良い。ということは、ほかの人が到達したことがないレベルまで繰り返した時のみ、その情報に価値が生まれるということである。
独自の世界観を与えてくれる「フォーカスアウト」
早速、明日からできる独自の視点を持つためのトレーニング方法を紹介しよう。「フォーカスアウト」というアクティブラーニングの技術である。あることに焦点(=フォーカス)を当てて、繰り返し、そのことを観察する。そうすれば、今まで見えなかった結果(=アウトカム)を導くことが可能になるというものである。
例えば、通勤時にビジネスパーソンが読んでいる雑誌に着目してみる。どんな雑誌が読まれているのか? 1人、2人、5人、10人と見続けていくうちに、見えないものが見えてくる。実際に100名のビジネスパーソンが読んでいる雑誌を集計すれば、それはすでに価値ある情報になっている。年齢別、性別などの属性情報も加えると、さらに貴重なデータになるだろう。20代の男性、30代の女性、40代の男女が読んでいる雑誌。ある点にフォーカスを当てて情報を集め始めると、そこに必ず別の世界が現れてくる。雑誌を読んでいる人と読んでいない人の違いは? ぱらぱらと雑誌をめくる人、じっくりと雑誌を読む人の違いは? 焦点を当てたポイントが、自分に独自の世界観を与えてくれるのだ。
フォーカスアウトは自身の起業のアイデアを磨くためにも使うことができる。もしあなたが癒やし系のビジネスを始めたいのなら、自分自身の「疲れ」にフォーカスを当ててみる。どんな時に人間は疲れるのか? 肉体的な疲れ、精神的な疲れ……。毎日、疲れてはいるのだが、そこにフォーカスを当てて見続けることで、これまで見えないことが見えるようになってくる。ほかの人が見ない領域まで見続けることによって、あなただけの価値ある情報が蓄積されるはずだ。あなたが持つ情報を価値あるレベルに高めるために、明日から「不逃力」を使って、フォーカスアウトを続けてほしい。
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アクティブラーニングスクール代表 羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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