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若気の至りで、上司を攻撃してしまう
「この上司は明らかに間違っている。僕が間違いを正してやろう!」正義感にあふれる青年がこんなふうに考え、自分の上司のやり方に不満を持ち、ある行動に出た。さらに上の上司に直訴しに行ったのだ。実は、20代の頃に私が取った行動である。「若気の至り」とはこのことだ。
直属の上司の方法論が間違っており、不公平なものであるということをビッグボスに説きふせに行った。そして私が考える、より良い方法を提案してみた。思いつきではなく、何度も考えたアイデアであったので、ビッグボスもそれなりに納得してくれたようであった。ビッグボスはその考えを受け入れてくれ、今度の全体ミーティングでその提案を皆にしようと申し出てくれた。
その日がやってきた。ビッグボスは、直属の上司の取った行動を間接的に否定し、そういった方法は求められていないので、やり方を改めるようにと言ってくれた。そして私のアイデアを取りあげ、優れているので実行に移すようにと宣言してくれた。大勝利である。
ここまでうまくいくとは思っていなかった。やってみるものである。映画のワンシーンのような光景に我ながら驚いた。かわいそうなのは直属の上司である。目を白黒させ、あわてふためいているのが手に取るようにわかった。ミーティング終了後、息のかかった部下に対し、「誰だ、こんなことを仕掛けたやつは……」とささやいている声が聞こえたほどだ。
その直属上司のやり方に否定的であった人はけっこういたので、ミーティング終了後、ひそかに私にお礼を言いに来てくれる人もいた。皆に喜ばれる良いことをしたのだと満足感でいっぱいだった。しかし、物語はこのままでは終わらなかった。ハリウッド映画ばりに印象的な展開へと物語は進んでいった。直属上司の反撃が始まったのだ。
直属上司は、自分を飛び越えてビッグボスに告げ口した私のやり方に当然のことながら激怒していた。ミーティング後、私がビッグボスに告げ口したことは職場では周知の事実となっていたので、当然、怒りの矛先は私に向けられることになった。
石を投げれば石が投げ返される
人間社会の中では、古今東西、必ず繰り返されている黄金ルールがある。笑顔を投げかければ笑顔が返ってきて、石を投げれば石が投げ返されるというルールだ。これを「授受の法則」と言う。ローマの時代から繰り返されてきたこの黄金ルールの必然性を、私はこの20代の時点で全く理解していなかったといえる。
直属上司は私が投げた石を見事に投げ返してきた。しかも、「負」の授受の法則のルールどおり、さらに大きな石を投げ返してきた。私の上をいく攻撃を仕掛けてきたのだ。ビッグボスが私を支持したので、それ以外の権力者を自分の味方に引き込んだ。職場での経験が長く、ビッグボスにひるまない長老を引き込み、ビッグボスは反論しづらい立場に追いやられていった。そうして、私に対するマイナス情報を職場に流し始めた。私が職務上、問題があり、仕事をきちんと遂行していないというのだ。さらには、職場には適さない人間であるというネガティブキャンペーンを展開し始めた。
私を辞めさせようとするXデイが近づいているという情報が入ってきた。そんなばかな……。いくら何でもそれはやりすぎである。私は方法論を正そうとしたのであって、その上司を否定したわけではない。しかし、向こうはそう受け取ってはくれなかった。私は皆の前でその直属上司に大恥をかかせ、職場に大混乱を招いた張本人であるととられているのだ。
自分の投げた石の大きさに、この時、初めて気がついた。しかし自分は悪いことをやっていないという自信があった。自分の味方になってくれる人も多くいた。「職場のそういった問題を解決してくれる弁護士に話をしたら?」と助け船を出してくれる人さえいた。なるほどと思い実際に弁護士に相談してみたら、「不当解雇に当たるので、ゴーサインを出してくれたら動いてくれる」という。
しかし、そんなどろどろの職場でその後も働くことに嫌気がさし始めていた。そして、こっそりと転職の準備を進めることにした。結果、Xデイが来る直前に、私は全く別の職場へと転職を決めていたのだった。
プレーヤーは自分だけではない
私はこの体験から、実に多くのことを学んだ。まず何より、こんな大きな騒動になるとは思っていなかった。ちょっとした気持ちで、行動に出ただけなのだ。しかし、そこに計算外の問題が起こってしまった。それは相手の「気持ち」である。この現状を何とかしたいと思って行動したわけであったが、今にして考えてみると、全く相手のメンツや気持ちを考えることなく行動していたといえる。ミーティングで突然攻撃された相手の心情を考えると、相手は全力をもって防衛しようと働いただけであったともいえる。当然のことといえば当然のことだ。実に単純なことであるが、「プレーヤーは自分だけではない」という大切なことを、私は、いわゆる若気の至りで理解していなかったのだ。
その後、職場を変え、そこでは上司を立てるということを意識するようになった。どんな職場でも問題のある上司はいる。しかし多くの場合、上司に問題があるのではなく、意見の違う人がいる、というだけのことなのだ。そこで相手の立場を無視して一方的に自分の考えを述べ、行動に出ると、必ずしっぺ返しを受けることになる。
何度も言うが、プレーヤーは自分だけではない。将棋をする時、へたなうちは自分の戦略だけで相手に攻撃を仕掛ける。しかし、ちょっと将棋がうまくなってくると、相手の心情を読み、相手の動きを計算に入れながら、先手を読むようになってくる。人生という名の将棋もまた同様だ。相手の動きをしっかり計算に入れなければ、望む結果を手に入れることはできない。
相手を立てれば、相手が動き出す
起業し、自分自身の行動がそのまま自社の業績に直結するという立場になり、授受の法則の重要性をなお一層痛感するようになった。どんな場面でも相手を力ずくで動かそうとして、うまくいったためしがない。
ある時、社運を決するような交渉をしなければならなくなった。私は自社の利益を優先し、一歩も譲らないという構えを見せた。相手は授受の法則に従って、うちも一歩も譲れないという態度を示してきた。結果は、交渉決裂であった。別の機会に、今度は相手の取り分を多めにすることを提案してみた。相手は驚きながらも、当然、その申し出を快く受け入れてくれた。それ以降、その会社との関係は極めて良好で、毎年、先方から契約の更新を申し出てくれる。今でも最重要クライアントの一社として良い関係を保っている。
簡単な法則である。相手を先に立てればいい。それだけで相手は、授受の法則に基づいて動き始めてくれる。もし相手がこの法則どおりに動かず、自分に都合の良い行動だけを取ってきたらどうすればいいか? 簡単である。その後の交渉も、共同作業もする必要がないということだ。それこそ、その後の自分の取るべき行動が明らかになったといえる。そんな相手であるということを示してもらえただけで、十分に得るものがあったといえる。
今後、起業を目指す皆さんにとって、この授受の法則は、大切な黄金ルールであるということを忘れないでほしい。しつこいようだが、最後にもう一度!プレーヤーは、あなただけではない。
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アクティブラーニングスクール代表 羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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