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学生をひきつける言葉の力を探せ!
前回、学生団体「ジコピー」の紹介をさせていただいた。ちなみにジコピーとは、学生が自ら就職活動の勉強会を行っている団体だ。学生同士で就職活動に関する情報を交換し、お互いに切磋琢磨しながら、社会人になる意識を高め合っている。アクティブラーニングから生まれた団体なので、毎年、監修支援をさせていただいている。
最近、このジコピーがユニークな取り組みを始めた。「ビビット分析」という。100名近い学生を集め、企業の採用ホームページ、あるいは採用情報などが載ったパンフレットを読んでもらう。そのうえで、「いいなぁ」と肯定的印象を喚起した言葉と、「いやだなぁ」と否定的印象を喚起した言葉を抽出してもらう。最終的には、複数の中から入社したい会社を選び、どういう言葉に自分がひきつけられたのかを書き出していく。データをすべて集計し、分析すると、学生が企業を選ぶ際の基準が明らかになる。このデータは優秀な新入社員を獲得したい企業にとって、のどから手が出るほど貴重なデータとなる。これをジコピーの学生たちは一般企業に売り込み、見事、複数企業から受注を獲得している。
「価値観の言語化」がやりがいを生み出す
しかしこの企画、もともとビジネスライクなものではなかった。始まりは、学生たちが、自分自身の価値観を言語化するために始めたトレーニングであった。企業情報を見ながら、肯定的に響く言葉、否定的に響く言葉を多数集めることで、自分自身の価値観が浮き彫りになってくる。肯定否定を行き来しながら自分の価値観をはっきりさせ、それに合った会社を選ぼうというのがそもそもの始まり。価値観の言語化を通して、学生は自分に合った企業を選べるだけでなく、面接でもぶれずに、自己PR、志望動機を話せるようになる。また就職後も、企業と自分の価値観がうまくマッチしているので、やりがいを感じながら、仕事を続けることができる。これは企業にとっても学生にとっても理想的なことだといえる。
「何を見ているのか?」を言語化する
「価値観を言語化する」という行為は、学生のみならず、企業にとっても重要なことである。ミッションステートメントという言葉はご存じだろうか? 直訳すると「使命を言語化したもの」。一般的には、企業理念や行動指針と訳される。今、米国企業がこの「価値観の言語化」の重要性を認識し、組織力を向上させるための方法として研究を進めている。ビビット分析を通じて企業にひかれる学生も、実は多くの場合、この企業理念の言葉にひかれて、企業を選んでいる。つまり、価値観をうまく言語化できないと、学生を惹きつけることもできないということだ。
就職活動全般を見てみても、うまく学生をひきつけている企業とそうでない企業の違いは、この企業理念をうまく言語化できている企業と、そうでない企業ということができる。前者は「コトバの力」を持っており、後者は「コトバの力」を持っていない。「コトバの力」を定義するなら、その会社の特徴、価値観を見事に言語化し、アウトプットできている企業といえる。しかし、それがきちんとできている企業はそれほど多くない。
今の学生はイメージ先行で会社を選ぶ傾向が強い。トヨタやソニーといった有名企業、あるいはマスコミやコンサルティング会社など、学生にとって肯定的イメージを喚起しやすい業界を希望する傾向が強い。しかし、無名で、3K的な業界であっても、うまく学生をひきつけている企業もある。「コトバの力」を持った企業である。
「うちは物流企業です。やる気のある人、募集しています」とパンフレットに書かれていても学生はひきつけられない。「例えるなら、カラダの血液みたいな仕事。表だって見えづらいが、全国にいろんな大切なものを運んでみんなの役に立っています」。こんなコトバが書かれていると、学生はその企業にひきつけられるようだ。
こう説明すると「なるほど、かっこいい言葉を並べればいいんだな。よし、コピーライターにでも頼もうか」と安直に考える人がいる。これは半分正しく、半分正しくない。確かに言葉のセンスというものは必要だ。特に、大手企業はこのために莫大なお金を広告会社に支払っている。しかし、もっと大切なことは、言葉を通じて「何を見ているのか?」ということを示すことだ。ここにこそ、コトバの力のかぎがある。
見方が変われば世界が変わる
今、子供が赤信号の横断歩道を横切った。「危ないな〜」と思う人、「最近の小学校では、道の渡り方も教えてないの?」と教育問題として受け取る人、「アメリカじゃ、普通かもね」と文化論としてとらえる人……などなど。同じ現象でも、受け取る人によって全く異なった感想が生まれる。違うのは「見方」である。極論すると、「コトバの力」とは、「世界をどうとらえたか?」を示すための力なのだ。
企業理念も同じである。自分たちは、社会のことをどう見ており、どんなふうにお客さんとの関係を保ちたいのか、あるいは社会とのかかわりをどう持ち続けたいと思っているのか? 企業理念とは、これらを言葉にしたものである。ここに正解などない。ただ、見方の違いがあるだけだ。しかし、共感できる見方と、共感できない見方がある。言葉は見事でなくても、本気でそう思っていると思える「見方」は人をひきつける。逆に、どこかで聞いたような見栄えの良い言葉しか並べただけで本気が感じられないと、学生にはビビッとこない。繰り返す。見られているのは、言葉遣いではない。会社が持つ、この世の中に対する「見方」なのだ。
かの偉人たちが唱えた時代を動かすコトバ
いつの時代にも、その時代時代を動かしてきたコトバがある。「それでも地球は回っている」「人民の人民による人民のための政治」などなど。これらの言葉は、ただ響きが良いから人を動かしたのではない。その時代が求めていた視点を、うまく一つの言葉に凝縮したので人を動かすことができたのだ。ガリレオのこの視点がなければ、私たちは旧式な世界観から脱皮することができず、科学の進歩を手に入れることができなかったかもしれない。あるいはリンカーンの視点がなければ、民主主義は世界に根づいておらず、多くの人々が今も王侯貴族のために汗水流して働いていたかもしれない。
言葉は世の中に、新しい見方を与え、実際に新世界をつくり出す。言葉は人々を動かし、切り開いていく力を持っているのだ。ある意味において、起業するとは、世の中に新しい見方を与え、新世界をつくり出していくことだといえる。これまでになかった商品やサービスを出すということは、世の中に新しい視点を与えることにほかならないからだ。しかし、これらの商品に「コトバの力」が無ければ、人をひきつけることも、世の中を動かすこともできない。そして何度も言うが、そこで大切なことは単なる言葉のうまい下手ではない。どういうふうに世の中をとらえ、どう世界を変えていけるのかを明確に伝えられる新しい「視点」が重要なのだ。これから起業を目指す人、すでに起業した人、いずれも、以下の質問に答えてほしい。
●ほかの人が持っていないあなただけの強みとは?
●あなたの会社、商品の魅力は?
この質問に対する答えが、使いふるされた言葉で終わってはならない。ガリレオやリンカーンを超える視点を盛り込むことができれば、社会は動く。
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アクティブラーニングスクール代表 羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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