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自身の価値を意識しない日本人
仕事をするということは、自分が持っている価値を提供し、金銭的対価を支払ってもらうことである。そのためには、当然であるが対価を支払ってもらうだけの価値がなければならない。我々が社会人として求められていることは、ほかの人にはできない「私だけの価値」を最大化させ、社会からのニーズに対応していくことである。
しかし多くの人が「自身の価値」をはっきりと意識していないし、ましてやそれを向上させようとも思っていない。それは日本の社会では「自身の価値」を意識する機会が少ないからだと思われる。例えば大学生に、自分の良さをPRしなさいと言うと大抵の学生は困った顔をする。何をPRしてよいのかわからないと言うのだ。しかしアメリカの学生に同じ質問をした場合、少なくとも何を答えていいかわからないという学生に出会うことはほとんどない。それどころか、そこまでPRしなくてもいいよというぐらいに大仰に自己PRをする学生の方が多い。なぜそのような違いが生まれるのか?
日本の教育では、授業の中で「自身の価値」を考えたり、表現したりする機会がほとんどない。教師の言うことをただ暗記すればよしという「正解コピー型」のスタイルに慣れ親しんできているので、いきなり大学3年になって「君の強みをPRせよ」と言われてもぴんとこないのだ。しかしアメリカの教育は、幼児期の段階から自分の意見を主張させることに主眼を置いている。小学校の授業であっても、教師が学生に繰り返しする質問は「What
do you think?(=あなたはどう思うか)」である。自分独自の意見を出せということだ。この質問では自分の知識や経験から、ほかの人にない独自の答えを出せば良い回答ということになり、ほかの人とさして差が無ければ悪い回答ということになる。このような「正解育成型」教育を受け続けると、自然に自分の価値や世の中での役割を意識するようになると考えられる。
こういうと学生だけの問題かと思われるかもしれないが、実際には社会人でも大差ない。日本の会社で働く限り、自身の価値を意識することはそれほどないと言っていい。振り返って考えてみてほしい。自分の価値をこの数カ月の間に意識することがあっただろうか? ましてや市場で、自分がどのくらいの対価を持って評価されるのかということを真剣に考えたことがあるだろうか? あるとすれば、それは就職や転職をするときくらいだろう。会社から与えられた仕事をこなしておけば、ある程度の評価はしてもらえる。毎月の給与が変動することもないので、ますます自分の対価を意識することもなくなってしまう。だから自分の価値を向上させようという意識も起こりにくい。
起業することが自己価値意識をはぐくむ
あなたが本当に自分の価値を知りたいなら良い方法がある。それは起業家になることだ。起業すれば、自分の価値を日々、意識せざるを得なくなる。毎日の売り上げが目の前につきつけられるからだ。起業家になれば、売れなかった理由を、商品のせいにしたり、上司のせいにしたりすることはできなくなる。それはすべてあなたがつくったもの、あなたの思考と行動から生まれたものであるからだ。売れない理由はただ一つ。自分にその力がないということだ。もし世の中や市場に自分を認めてさせたいなら、今まで以上に自身の価値を向上させるしか方法はない。起業家になればそのことを嫌というほど思い知らされる。
あるケースを紹介しよう。私が講師を務める起業家育成道場に、ケーキショップの経営者が参加された。妻の「手づくりケーキ」が友人知人に大評判。これは商売になると考えて退職金をつぎ込み、妻と一緒に自宅を開放してケーキショップを始めたのだという。オープン当初は人がたくさん来てくれた。しかし、数カ月後もたつと客足は次第に減っていった……。よくある話だ。ショップの周辺エリアを散策してその理由がわかった。近くにフランスで修行したというパティシエ(菓子職人)のショップがオープンしていたのだ。何でもフランスの有名な職人の下で修業してきたらしい。今や毎日、行列ができている。手づくりケーキであることは同じだ。しかし向こうにはフランス修業という輝かしい実績がある。自分たちにはない。自分の価値より、相手の価値が市場に受け入れられたということだ。
しかしこのまま甘んじているわけにはいかない。それ以上の価値を市場にPRしなければ店がつぶれてしまう。経営者は知恵をしぼった。技術で勝てないのなら、サービスで対抗したらどうか? デリバリーなんてどうだろう? 早速、店内に「デリバリー始めました!」というビラを張ってみた。ぽつぽつと利用してくれる人はいたが、売り上げを大きく向上させるほどの効果はなかった……。
すぐに次の手を考えた。誕生日のお祝い用に心ばかりの手づくりプレゼントをサービスでつけてみたらどうだろう? これもあまりうまくいかなかった。コストをかけないプレゼントは安っぽいだけで、喜んでもらえない。しかしコストをかけすぎると利益にならない……。
そこで次のような方法を思いついた。店内でケーキと一緒にピアノの生演奏を楽しんでもらっては? 店の雰囲気に付加価値をつけるのだ。
これが当たった。自宅にあったピアノを使って、親戚の音大生のつてを使っただけ。街中の喧騒から逃れた隠れ家的なイメージの演出につながったのだ。パティシエの店は街の真ん中にあるので、これが決定的な差別化につながったのだ。「よく途中でめげずに頑張りましたね」と苦労をねぎらうとその経営者はこう言った。
「いや、まだまだです。結局、新しいことをいくらやってもお客さんはそれが最高とは考えてくれません。結局、いつかそれ以上のサービスが市場に出てくるんですよね。今の経営に満足せず、自分たちにできる最高のパフォーマンスを出し続け、そしてお客さんの反応を見ながら常に向上させていかないといけないと思っています」
ジコピー→評価→修正向上これを繰り返すこと
自己PRとは、単に口先だけで「自分にはこんな価値がある」と売りつけることではない。大した価値もないものを、いかにも価値があるように口先だけで売りつけても必ず見破られる。大切なことは、自身の価値をアウトプットし、それが即座に評価される環境に身を置けば、価値の向上をせざるを得なくなるということだ。先ほどのケーキショップが良い例だ。
(1)自身の価値をPRする
(2)他者がこれを評価する
(3)さらなる修正向上を継続
この3つのフローのトップにくるのがジコピーなのだ。自分の価値が何であるかをはっきりと意識し、これをアウトプットしようという行為が、自身の価値の向上を促進する。何度も言うが、自分の見かけの価値を演出することがジコピーではない。自身の価値を促進するために、意図的にジコピーを繰り返していかなければならないのだ。
最後に宿題を出そう。例えばあなたに講演の依頼が来たとして、一体、いくらぐらいの時給がつくであろうか? 自分の知識、経験に対し、一体いくらぐらいの価値がつけられるのか? ジコピーをしてみてほしい。そして、それを社外の第三者に評価してもらおう。あなたの予測と第三者の評価に違いはあっただろうか? そうやってジコピーすることで、自分の今の価値を知ることができれば、自分が何を向上させるべきかが見えてくる。そこにジコピーの真の意味がある。
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アクティブラーニングスクール代表 羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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