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1000年にわたり、人を惹きつけてきた世界遺産
日本から飛行機で15時間、太陽の国スペインに行って来た。このコラムでも紹介した、奈良県十津川村の世界遺産プロジェクトの一環として、スペインの巡礼の道「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」の視察に行ってきたのだ。サンティアゴの道は、十津川の道同様、世界遺産に登録されている。現在、全世界に812(2005年8月現在)の世界遺産が存在しているが、このうち「道」が世界遺産に登録されているのは、スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」と十津川村を通る「紀伊山地の霊場と参詣道」の2つのみである。
スペインにあるサンティアゴの道は、もともとはただの荒野であった。通りすがりの羊飼いが、夜空の星からひとすじの光がふりそそぐ不思議な場所を見つけ、その地を掘り返すと、有名な聖者ヤコブの墓が見つかったという。伝説めいたその話は、やがてヨーロッパ中に広がっていき、聖なる地をひと目見ようと、巡礼者がこの地を訪れるようになっていった。1000年の歳月をかけ、サンティアゴは、エルサレム、ローマと並ぶキリスト教三大聖地のひとつとなったのだ。
1000年もの間、多くの巡礼者をひきつけてやまなかったというこの道に、一体どれほどの魅力があるのだろう。私自身も「人をひきつける技術」を指導しているコンサルタントとして、その魅力を解明することを楽しみにやってきた。
道を歩く体験に、人材育成の効果あり?
現地に赴き、道沿いにある市町村の村長や町長とお会いし、サンティアゴの道が持つ魅力を伺った。さらには、最終ゴールに当たるサンティアゴの大聖堂を擁するガリシア州の観光局長、ならびに古道振興協会の幹部の方までもが時間をつくってくださり、貴重なお話を伺うことができた。そうやって関係者の話を聞くうちに、日本を出る前に予想していたことが、しだいに確信に変わっていった。それはこの道が「人材育成の道」として大きな役割を果たしているということだ。
宗教的な背景からつくり上げられた道ではあるが、今は、宗教的な理由で歩く人は減っており、代わりに様々な個人的な理由でこの道を歩く人が増えている。実際、サンティアゴの道を歩く人々にインタビューしてみたが、9割の人は宗教的な理由で歩いているわけではないと言い切っていた。そのことは、州の観光局長や宗教関係者らも理解しており、決して悪いことではなく、ある意味において、それはもともとあったこの道の価値そのものでもあるのだという。それはどういうことなのだろうか?
自分自身がヨミガエル再生の儀式
ゴールに当たるサンティアゴの大聖堂には、毎日、何百人、何千人という人が到着する。ここでゴールをした人に、なぜこの道を歩いてきたのかを聞いてみた。「そうですね、何かに挑戦してみたかったのです。先月仕事を辞め、これから新しい仕事を始めようと思っているんです。その前に、何か自分を変えられるような体験をしておきたかったんです」。「私は今、仕事上でもうひとつ上のレベルを目指したいと思っています。この長い道のりを歩き切ることで、達成感のようなものを得たかったんですね」。こういう理由を話す人が実に多かった。
宗教的な理由というより、仕事や自身の生活上での強さを得るために参加している人がこんなに多いというのは、驚きであった。一人ではなく、友人、カップル、家族総出でこの道を歩いてきたという人もいた。それも1組や2組ではない。何組ものカップルや家族連れに出会った。そして、あるカップルはこう言った。
「2人で共に歩き、ゴールを迎えるというのは強い体験でした。とても心に残るね。道中での出来事は2人の心に深く刻み込まれています。きっとこの旅を通して、私たちの関係はより深いものになったに違いありません」
家族で参加していた母親はこう言った。「感動的な旅でしたよ。今の気持ち? そうねえ、新しい人生が始まるという感じかしら」。この言葉を聞いた時、私は2つの世界遺産がつながるのを感じた。私が今、プロデュースを手がける十津川村の道も「ヨミガエリの道」として1000年もの歳月をかけ、多くの人をひきつけてきた。熊野信仰では、紀伊半島の熊野の地を訪れることが、自分自身の再生、つまり「ヨミガエリ」につながると信じられ、皇族や商人など多くの人をひきつけてきた。洋の東西を問わず、これらの道を歩くという行為そのものが、「ヨミガエリ」、つまり「再生」の儀式として、人材育成の機能を果たしていたのだ。ここでいう再生とは、自分が新しい自分になること。つまり人生の再出発のきっかけとなることである。ここにこそ、これらの道が1000年にもわたり、多くの人々をひきつけてきた、普遍的な価値があったと考えられる。
サンティアゴの大聖堂に到着した人の中には、感極まってその場に立ち尽くし、泣き出す人もいる。「もう……、ただただ最高の気分です。これ以外に、言葉はありません」。フランスの国境から西を目指し、スペインの最西端にあるこのサンティアゴの地まで歩けば、1カ月強の時間がかかる。その間、山を越え、谷を越え、当然、雨も降れば風も吹く。人との温かい出会いもあれば、つらい別れもある。道を歩くという行為は、人生そのものを再体験することにほかならない。その途中には、喜びもあれば悲しみもある。しかし、途中で投げ出すことはできない。歩き切らなければならない。その道を歩き切った時、一つの人生を終えたような達成感を持つことができる。それが「再生の儀式」として、多くの人々に新しい人生を再出発するネルギーを与えてきたのだ。
サンティアゴの道の中でも山間部にあり、1000年以上にわたって多くの巡礼者を受け入れてきた神秘的な修道院に行くことができた。そこで出会った神父が、この考えを裏付ける話をしてくださった。
「この道を歩くことで、人は自分と向き合い、そして最後に新しい自分に出会うことになるでしょう。この特別な体験は宗教や民族を超えたものであり、誰もが素晴らしいと感じるはずなのです。だからこそ、世界遺産として登録されたのではないでしょうか? このサンティアゴの道、そしてこの体験を我々は世代を超えて守り続けていかなければなりません。なぜなら、これは人類の遺産なのですから」
意図的な儀式が自分を変える
自分を変えたいなら、自分の心に刻み込まれる強い体験が必要だ。これを「セルフ・セレモニー」と呼んでみよう。ただ、こうなればいいなと思い描いても、なかなか夢や目標を実現することはできない。自分を変えることにつながる強い体験を提供してくれる「意図的な儀式」が必要なのだ。
インタビュー中、起業前にこの道を歩いたという人に出会った。「自分の気持ちが本物かどうか、確かめたかったんです。歩きぬくことができれば、起業できるだろうって……。そして僕は今日、この道を歩き切りました。ええ、もちろんです。私は起業します。今日、ここに到着して、私ははっきりと決心することができました!」。笑顔でそう答えた彼の目からは、何ものにも負けない強い意志を感じることができた。
自分の心に迷いがあるのなら、セルフ・セレモニーの旅に出かけることをお勧めする。強い体験が、強い自分をつくってくれるに違いない。さあ出かけよう、自分を変える儀式の旅に!
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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