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起業家スピリットが地方再生のカギ
「やたがらす」という言葉をご存じだろうか? サッカー日本代表のエンブレムにも描かれているので、なんとなく聞いたことがある人も多いだろう。神武天皇が東征の際、紀伊半島の山中で道に迷い込んだ。そこに現れ、道案内をしたことで国づくりに貢献したとされる伝説のカラスが、やたがらすだ。
この「やたがらす」が自分たちの先祖であるという人たちがいる。面積が日本一広い村、奈良県十津川村の住民だ。十津川村は、紀伊半島の中央部に位置し、総面積は琵琶湖のそれを超える。面積の99%は山林に占められており、日本三大秘境の一つともいわれている。そんな歴史ある村が今、廃村の危機に瀕している。人口の減少になかなか歯止めがかからず、市町村合併の話に巻き込まれているというのだ。現在、村民の99%は合併に反対しているが、このままでいくと、近隣の大きな町などに吸収されてしまうのは時間の問題だ。
なぜ人口が減ってしまうのか? 答えは簡単、「仕事がない」からだ。昭和の時代に十津川の経済を支えていた林業も、外国からの安価な材木の輸入に押され、多くの林業農家が廃業せざるを得なくなってしまった。土木業、観光業などへのシフトを図ってみたものの、思うようにはいかず、人口は減少する一方……。この動きをなんとしても止めたいという十津川村村長からの依頼で、私はこの地域に産業を育成するためのプロジェクトのプロデューサーを引き受けることになった。そして、多くの地方自治体が同様の問題を抱えている中、これまでとは違う産業育成のモデルをつくり上げ、今後の日本の地域活性化における道しるべになればという思いで「やたがらすプロジェクト」を立ち上げたのだ。
一見、『アントレ』読者とは関係なさそうな話に思えるかもしれないが、これが大ありである。このプロジェクトに参画し、どうやって産業育成を行うべきか検討してきた結果、地域経済を活性化させるためには、自主独立、つまり、「起業家スピリット」を地域に根付かせることが最重要であるという結論にたどり着いたからだ。
これまでの地方自治体の動きは、政府への依存型であったといえる。何をせずとも政府からの助成金を得ることができる体質であったため、誰も本気で地元の財政を改善させようとは思わなかった。夕張市の財政破綻がいい例だろう。財政的に破綻寸前の地方自治体が急増してきたことで、国は、自立できない市町村は合併すべきだという方針を打ち出していった。01年に3242あった市町村が、06年には1896にまで減少している。たかだかこの5年間で、日本の市町村の数はほぼ半分になってしまったのだ。
今後もこの流れは、加速すると思われる。もし、この流れの中で地方自治体が生き残りをかけたいのなら、財政的、かつ精神的に自立できる体制をつくるしか方法はない。自分の食い分は自分で稼ぐ、この当たり前の原則に、地方自治体は、いち早く気付く必要がある。地域住民と一体になり、死に物狂いで「自治体起業」に取り組まなければ、合併の流れに取り込まれてしまうであろう。自らの手で、自分の地域に合った産業を創出し、自らの手でこれを育て、市場に売り込んでいく。そう、文字どおり「起業家スピリット」がこれからの地方自治体には必須の資質となっていくだろう。
絶対まねできない参入障壁とは何かを考えてみる
さて、十津川村が自主独立をしていくためには、どのような産業育成が可能なのか? 十津川村の資産を分析してみた。「ここには豊かな自然がある」と自治体の職員は口をそろえて言う。しかし、ここでも起業家スピリットが必要になる。確かに十津川村の自然は素晴らしく豊かではあるが、「豊かな自然」を売りにしている地方自治体がいったい全国でいくつあるだろう。多くの地方自治体が、「豊かな自然」という使い古されたキャッチコピーをいまだに利用している。自治体起業を目指すのなら、このような横並びの行為がすでに自分の商品価値を落としていることに気付かなければならない。大切なことは、十津川村にしかないもの、ほかが絶対まねできない参入障壁を有している何かを見つけ、これを事業の柱にすえることなのだ。
1年近くの時間を使って調査した結果、十津川村には「古道ウォーク」というスーパーコンテンツがあることを見つけ出した。十津川村には、世界遺産に認定された「道」が2つも通っているのだ。一昨年、ユネスコに認定された紀伊半島一体を通っている「紀伊山地の霊場と参詣道」は、複数の霊場、複数の古道から成り立っている。そのうち、「大峯奥駈け道」と「熊野古道・小辺地」という2本の道が十津川村を通っている。世界遺産の道が2つも通っている地方自治体は日本中を探してもほかにない。これらの道は、修験道の行者や、熊野詣でに参る人々が、1000年の年月を超えて、歩き続けてきた。昭和に入りすたれてしまったが、それまでは多くの人々をひきつけてやまない伝説の古道だったのだ。
十津川村の人々は、この資産の「価値」に全く気付いていなかった。これらの道が一昨年、世界遺産として認定されたことで、初めてその価値を再認識した。全世界にある「世界遺産」の中で、「道」が世界遺産に認定されたのは、スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」と、ここしかないという。それほど希少価値のある「道」だったのだ。
この十津川の話と同じように、多くの起業を目指す人々が、自分が持っている本当の価値に気付いていないのだ。本当の売りは「自分自身の中」にあるにもかかわらず、それに気付くことができずに、検討はずれのものを追い求め、失敗していくというケースがなんと多いことか……。
価値は自分自身でつくり上げるもの
十津川村にしかない商品コンテンツをつくり上げる。これが、我々「やたがらすプロジェクトチーム」の最重要課題であった。1年の歳月をかけて、素晴らしい売りが生まれた。世界遺産の「道」を利用した、「人材育成・体験ツアー」である。
修験道の行者や、上皇、貴族らが1000年以上にわたって歩き続けてきた古道を、最先端のワークショップを体験しながら歩いてもらい、自分を変えるきっかけにしてもらおうというものだ。山上の電気も水道も整備されていない小屋に泊まり、朝4時に起床し、雲海を眼下に見下ろしながら山上の尾根を歩く。五感に訴える様々なワークショップを行いながらのウォーキング体験は、都会で仕事をしている人々にとって、強烈な印象を体に刻み込んでくれるに違いない。とっておきは8時間以上歩いた後でのクライマックス体験。熊野奥の院と呼ばれる伝説の神社「玉置神社」が、今回初めて、神社内へのツアー客受け入れ、宿泊を許可してくれることとなったのだ。山上の神秘的な神社に宿泊することができるというだけでも、このツアーの価値は何十倍にも跳ね上がったに違いない。どんな旅行会社にも企画できないだろうツアーが、十津川村全面協力であったからこそ可能になった。
ツアーの詳細は、9月に放映予定の『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)で紹介するので、ぜひそちらを見てほしい。最後に、全国の地方自治体、あるいは起業志望の皆さんに、このプロジェクトを通して生まれたメッセージをお伝えしておきたい。
「価値は、そこにあるものではない。自分でつくり上げるものなのだ」
十津川村は今、この起業家スピリットをもって再生しようとしている。次はあなたの番だ。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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