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起業した知り合いの徹底した値引き交渉
ある起業家仲間の買い物に付き合うことになった。自身の事業で使う道具を買うのだという。 店に入ると、彼はしばらく複数の品物を物色していた。しばらくしてお気に入りが見つかると、おもむろに店員に声をかけた。 「おじさん、これさ、もう少し安くならないかな?」 「いやー、もうこれでいっぱいですよ、無理ですね」 起業家君は引き下がらない。 「いやいやそんなことはないでしょう(ここでにっこり笑顔)。ね、少しでいいから引いてよ。今日はね、すごく遠方から来たんだから……ね!」 起業家君はロジックで攻めてみたり、人情で攻めてみたりと、あらゆる手段を使って値引き交渉にいそしんだ。 しばらくたって、店員が根負けした。値引き交渉が成立したのだ。心ばかりの値引きをしてもらって、彼はうれしそうに店を出た。 そこから何軒かほかの店を回った。数軒回ってわかったことだが、彼はどの店に入っても基本的に値段交渉をする人であった。しまいに、その店で売っていたドリンクさえも、まけさせようとしていたのには驚いた。 店を出て聞いてみた。 「ドリンクは無理じゃないですか」 苦笑しながらそう尋ねてみると、 「ええ、普通はそうですよね。でもまれにね、まけてくれることもあるんですよ。以前ね、ある店で、まあ無理だろうと思いつつも、まけてよってお願いしてみたら、お店の主人が笑いながら、これでよかったらと余った販促商品をくれたことがあったんだよね。こんなことも時にはあるんだからやってみる価値はある。1円も無駄にはできないから、こういう姿勢が商売には必要なんだよね」 なるほど、確かに「まけてよ」という声を店員にかけても損にはならない。しかし、この一言を伝えなければ、まけてもらうことはあり得ない。だったら、だめもとで言ってしまえばいいじゃないか?という発想だ。
起業に成功する人は「しつこさ」が違う
起業家として成功する人と、しない人の違いは何かと問われた時、この「値引き起業家君」が持つ資質を挙げることができる。 「しつこさ」の違いだ。起業家は、基本的にしつこい。周囲の人が時にそれはやりすぎでしょ、と思うことにこだわる時がある。やり始めたらとことんやる。この値引き交渉もそうだ。 このこだわりに意味がある。ほかの人が途中で投げ出してしまってもまだやり続けるという姿勢、そういう姿勢が「革新」を生み出す。まだ誰も到達していない領域までやり続けるからこそ、誰も見つけなかった新しいダイヤの原石を発見することができるのだ。起業家と開拓者は同種であるといえる。 もしあなたが起業を目指すのであれば、ここがポイントになる。簡単に言えば「ほかの人があきらめる以上のことをやれ」ということだ。それさえできれば起業家として必要な資質を手に入れたことになる。 例えば、考えるということ。成功するアイデアを見つけたいなら、徹底的に考える必要がある。ほかの人があきらめても考え続けるのだ。しかし、起業家に向かない人は、頭を2、3回転させただけで満足する。起業家はそうではない。さらに徹底的に考える。ほかの人があきらめてしまってもどんどん考え続ける。そして膨大な回答を準備し、その幅広い選択肢の中から最適なものを選択する。このあきらめない思考法が、起業家が生き残る可能性を高めるのだ。 さて、起業家に向かないと思われる人の思考パターンはどうか? 彼らが、全く考えていないということはない。考えてはいる。しかし、「考え続け」てはいない。もしあなたが起業家になりたいのであれば、考えを止めない思考法を習得することだ。
思考を回転させ続ける思考回路のつくり方
ここで、誰でも簡単にできる、起業家向けの思考法をお教えしよう。「PICNIC(=ピクニック)」という。アクティブラーニング社が企業研修などで指導し、人気を博している思考法だ。ピクニックでは、PICNICの頭文字から取った5つの思考プロセスを言語化していく。止まらずに思考を回転させ続けようとすることが目的だ。 1.P=Problem(問題の言語化) 2.I=Ideal(理想の言語化) 3.C=Concrete(対策の具体化) 4.N=Negative(否定要因の言語化) 5.I=Ideal(理想の言語化) 3.C=Concrete(対策の具体化) 詳しい事例とともに説明してみよう。あなたが画期的な販売系ビジネスを思いついたとする。やりたいことが生まれたなら、即座に問題点を言語化してみよう。例えば、「自分は販売の経験がなく、モノを売る自信がない」と考えたとする。これが「1.P=Problem 問題の言語化」だ。 これで、「うーん、やっぱり無理だ」と思ってはいけない。すぐにやるべきことがある。「2.I=Ideal 理想の言語化」だ。問題さえわかれば、次に取るべき行動が見えてくる。「販売経験がないことが問題なら、販売の経験がなくてもOKにすればいいわけだよね!」と考える。問題をベースにその反対の形を言語化するだけだから、ここまでは何も難しくないはずだ。 次は「3.C=Concrete 対策の具体化」だ。「2」の理想を実現するための具体的な対策を言語化する。例えば「じゃあどうすれば自分に販売の経験がなくても問題がなくなるのか? あ、そうか。例えば、販売の経験がある人を雇うっていうのはどうだろう?」と具体策を考える。ずば抜けたアイデアである必要はない。ぱっと思いつく程度のものでよい。 次は「4.N=Negative 否定要因の言語化」だ。「3」で思いついたアイデアは、ぱっと思いついた程度のものなので、必ず障害がある。例えば「えっと、雇用するってアイデアのマイナス要因としては、人件費というコストがかかることだな……」と考える。 一瞬、再び無理かなと気が滅入りそうになるが、あきらめてはいけない。「2」で考えたことのマイナス要因を言語化できたということは、実はチャンスなのだ。それがそのまま解決の方向性を示しているからだ。例えばこんな感じだ。「だったらコストをかけずに販売経験のある人が雇える方法を考えればいいわけだよね」 理想の方向性が見つかったら、即座に「5.I=Ideal 理想の言語化」へと進む。「どうすればそれを実現できるか……。あ、そっか、だったら例えば、販売経験のある人に給与を払うのではなく、完全出来高制にしたらどうだろう? これならコストはかからない」 この後、さらに問題点、理想系、具体案と続け、3、4、5を何度も何度も繰り返す。「PICNIC→NIC→NIC……」と続けていくのだ。この思考法を10分も続ければ、ものすごい数の解決法が、様々な角度から量産されることになる。 ピクニックのポイントは、正解にたどり着くことではない。この思考法を繰り返すことで、何十もの解決法が自然に量産されるということに意味がある。多数の「解」の中から、最適なものを選んでいけば、生き残る確率は大いに高まる。 考え続けることが苦手な人は、ピクニックを使って、先ほどの例のようにアイデアを出し続けてほしい。それを新商品のアイデア、資金集めの方法、従業員の教育問題など……どんな対象においても大切なのは、何度も繰り返して考え続けるということ。ピクニックを使えば、考え続けることが「苦」にはならなくなる。そうして出てきたアイデアの中に、必ず「ダイヤの原石」があるはずだ。 このあきらめない思考法が、きっとあなたを真の起業家に導いてくれる。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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