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分析のカギは多面的アプローチ
起業家になると、日々が「修正向上」の連続であるということに気づく。もっとお客さんを集めるためにはどうすればよいのか? 従業員から今以上のやる気を引き出すための方法は? 日々、目の前の現象に対して、「分析」を重ね、新たなる「対策」を考案し、「実行」していく。「分析」→「対策」→「実行」、この繰り返しが起業家の仕事だといってもいい。
例えば、お客さんを引き寄せるためにチラシをまいたとしよう。しかし、まいたはいいが思うように客は集まらなかった。どうしてなのか? そこでもう一度だけチラシをまくことにした。今度は失敗は許されない。そこで我々は「分析」を行う。チラシの数が少なかったのではないか? もう少し数を増やしてみたらどうだろう? いや待て、数だけが問題だろうか? 同じ数をまいてもより多くの客を集められるチラシと、集められないチラシがある。原因は、チラシに書いた「言葉」にあったのかもしれない。チラシの言葉がもっときらびやかで客をひきつけるものであったらどうだろう? より多くの客を集められるのかもしれない。あるいはチラシの「デザイン」? もっとおしゃれなイメージを出していれば女性客を取りこめたのではなかろうか? 起業家は様々な角度から分析に分析を繰り返すことが求められる。
分析のポイントを一言でいえば「多面的アプローチ」だといえる。角度を変えて様々な視点から分析を行うことが重要なのだ。多面的な角度から分析を行うことがなぜ重要なのか? それは、この後、「分析」→「対策」と進んでいけばわかることだが、多くの分析が、思うようにはいかないからだ。むしろ、ほとんどが失敗に終わってしまうといってよい。「分析」とは、現象をある視点からまことしやかに解説したものにしかすぎず、現象のすべてをとらえたものではない。ゆえに、たった一つの「視点」から導き出された解決策では、抜本的な問題解決につながらない場合が多い。特に市場では、その他大勢の競合とひしめきあわなければならない。その中で生き残っていくためには、何百、何千という分析を経て、初めて他を凌駕する何かにつながっていくのだ。
本や雑誌に出ているビジネス上の成功美談は、読者にわかりやすく伝えるために、そのエッセンスだけを抜き取って解説している場合が多い。しかし実際には、成功している商品やサービスには、幾重にもまたがった綿密な仕掛けが盛り込まれている。ウォークマンが売れたのは、その名前とデザインと新しいライフスタイルの提案と、そしてその他の様々な地道な積み重ねがあったことが原因であった。たった一つの原因が、歴史的な大ヒットを生み出したのではない。イチロー選手が大リーグで活躍できている理由を、たった一つの原因に絞りきれるだろうか? あの優れた活躍の陰には、何千、何万という分析が何年にも渡って緻密に繰り返された結果だと考える方がはるかに合理的ではないか。
思考の「硬直化」という人間の構造的問題
視点を変えた「多面的アプローチ」が、分析には重要である。しかし、多くの人がこの話を理解はできても、実際の現場では活用できていない。
最初に思いついた単一的な視点で満足し、その限られた視点からのみ、対策を打とうとしてしまう人が驚くほど多いのだ。なぜか? それは「視点」が持っている硬直性にある。もちろん視点を持たなければ、現象を分析することはできない。しかし、一度持ってしまった「視点」が、我々の世界観を硬直させてしまうのだ。ある現象をある視点から眺めると、我々はそれ以外の視点から世界を見ることができなくなってしまう。
例えば、今、「自分の店で売り上げが伸びていない原因は何か?」と分析を始めたとする。そこで「販売員のやる気のなさが原因だ」と分析したとしよう。そうすると、「販売員が遅刻している理由は何か?」とか、「業務時間中もおしゃべりをしている理由はなぜだろう?」といった、「販売員のやる気のなさ」に起因した分析は次々に導き出せるようになる。しかし、情報が集まってくればくるほど、その視点での分析が進めば進むほど、思考は硬直化してくる。集まってきた分析によって一つの世界観が構築され、その他の視点での分析がしにくくなってしまうからだ。そういった分析をした後で「販売員ではなく、上司である自分にも原因があるのではないか?」という「視点移動」を行うことは極めて難しいことなのである。
心理学でよく使われる「だまし絵」に、老女と若い女性の両方に見える絵がある。老女で見てしまうと、とたんに若い女性で見ることはできなくなってしまう。我々の視点は、一方向から見てしまうと、別のものを見失ってしまうという構造的問題を抱えているということができる。
「視点移動」をルール化する
分析が「視点の硬直化」という構造的問題を持っているのなら、最初から「視点を動かす」ことをルール化すればよい。「反対視点で見る」ことを習慣化するということだ。私がアメリカに住んでいた頃、視点移動がうまい友人がいた。彼は、話をしながら次々に視点を変えていく達人であった。
例えば、環境問題のためにゴミを捨てるべきではないと誰かが言ったら、「じゃあ、ゴミを捨ててもいいという可能性はないのだろうか?」と切り返してくる。「世界が平和であるべきだ」と誰かが言えば、「あえて話を面白くするために世界が平和であるべきではないという考えを持つことはできないだろうか?」と問題提起をする。最初はただのあまのじゃくではないかと思ったが、つきあいが長くなるにつれ、彼が純粋に「視点移動」のトレーニングをしているのだということに気がついた。彼はただ反論するだけではない。その後に反対視点からの推考をきちんと進めていくのだ。ゴミを捨てるべきではないという反対視点に立った後、「例えば、プラスチックを捨てることが環境に悪影響を及ぼすというのであれば、プラスチックの素材自体を自然にかえせる素材に切り替えていけばどうだろう? こういった視点を持つことで、ゴミ問題が構造的解決できるのではないだろうか?」。こういった視点移動は我々をはっとさせることがある。環境は汚すべきではないという考えは間違っていない。しかし、この一視点からだけでは、導き出される解決法にも限りがある。単純にいって、反対の視点もあわせもつだけで可能性は倍に膨れ上がる。しかもこれまで考えもしなかったような全く別の世界観を導きうる可能性を持ち合わせている。
ふりこリバース法でトレーニング
反対の視点から分析する方法を「ふりこリバース」と呼んでみよう。方法は簡単だ。ある問題に対し、分析を行う。最初に思いついた視点から分析を行ったら、即座にふりこのようにその反対の方向に視点をふって、異なった角度からの分析を行うというものだ。
例えば、会社が嫌なのは「上司が悪いからだ」と分析したとする。そしたらすぐに、その反対の視点で「ではその反対の部下に問題はないだろうか?」という分析をするのだ。何度もやっているうちに、頭の中で視点移動が習慣化できるようになってくる。これが習慣化されてくると、問題解決の可能性が大きく開けてくることが実感できるようになる。簡単にできるトレーニング法であるが、分析力を上げるのに高い効果が期待できる。早速問題を出してみよう。あなたがまだ起業家になれない理由は何なのか? 早速、「ふりこリバース」で、最低限2つ以上の視点で分析を行ってみよう。これまでには見えなかった全く新しい世界観が広がってくるかもしれない。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate
of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。
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