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快く引き受けてくれたコーヒー50杯の出前
アクティブラーニングでは、毎月1回、トーク&ティーというイベントを開催している。代表である私のミニワークショップや、ゲストとのお話を皆さんに聞いていただくことを目的とした定例イベントである。ある時、アメリカに関連するテーマのトークが行われることになり、それに合わせてアメリカの飲み物を出そうということになった。するとあるスタッフが「ああ、最近オフィスの近くにできた、あのカフェのコーヒーはどうですか?」と提案した。当時、アメリカ発のカフェチェーンが急激に東京中に広まり始めていた。そのカフェが提供するコーヒーであれば、参加者も興味を持ってくれるのではないかと考えたのだ。
早速、近所にあるそのカフェにコーヒーを注文することにした。参加者50名近くなるイベントであるため、持ち帰るだけでも大変だ。そこで断られるのを覚悟で出前をお願いすることにした。すると店長さんが快く引き受けてくださった。
「言ってみるもんだね」とスタッフと喜んだ。一回OKが出ると厚かましくなるものだ。「ついでに、その店のスタッフにそのカフェの良さについて、5分でも話してもらえないかというお願いをしてみよう」というアイデアが出てきた。当時そのカフェチェーンは、破竹の勢いで成長しており、そのことが新聞などでも頻繁に紹介されていた。だったらそのお店で働いている人に直接お話が聞ければ、面白いのではないかと思ったのだ。早速「ダメもと」でお願いしてみることにした。すると店長さんが直々に来てくださると言う。夜に開催するイベントであるため、ちょうど店長さんの勤務時間後にあたったのだが、自分のプライベートの時間を利用してお話ししてくださるという。この申し出に、お願いした我々が恐縮してしまった。
企業理念はジャスト・セイ・イエス
イベント当日、大きなコーヒーポットを抱え、カフェの若い店長さんがイベントにやってきた。おなじみのカラーのエプロンがとても似合うさわやかな好青年であった。来てくれたことへのお礼を述べ、早速、みんなの前に連れ出し、質問をぶつけてみた。
「いやー、びっくりしました。なんで出前までしてくださったり、お話まで引き受けてくださったんですか? 失礼なお話ですよね(笑)」
店長さんはにこにことほほ笑みながら次のように答えてくれた。
「そうですね、私がこちらにお伺いしようと思った理由は、私たちのカスタマーポリシーに『ジャスト・セイ・イエス』というものがあるんです。お客さまの言うことには『ハイ』と言おうというものです。もちろん、お客さまの言うことすべてに『ハイ』ということはできませんが、できる限り、『ハイ』と言えるよう努力しましょうと考えているのです。まず、そのことが頭の中に浮かんできました。そして、もう一つ、私たちのミッションステートメント(企業理念)の5つ目に『地域社会や環境保護に積極的に貢献する』というものがあります。それで、同じ地域でスクールを運営していらっしゃるアクティブラーニングさんに多くの方が集まられるということを聞いて、何か地域のお役に立てるのかなと思い……、あ、できるなっと思ったので、今日、お伺いさせていただいたのです」
店長さんのそのさわやかな応対は、非常に好感の持てるものであった。
社員をつなぐきずな「共通言語」
その後、店長さんは、1時間にもわたって、我々の質問に快くテキパキと答えてくださった。店長さんの口からは、次々とその会社の「共通言語」が繰り出され、店長はもちろん、アルバイトスタッフの間でもそれらの言葉が浸透している様子を伺い知ることができた。言葉の節々に、その会社に対する強い思い入れが感じられた。要は彼自身、その会社が大好きなのだ。カスタマーポリシー(顧客応対術)やミッションステートメント(企業理念)を掲げる会社は多い。しかし、この会社のように、社員の行動にまで浸透している例は多くない。
その会社に興味を持った私は、その会社の従業員を様々な角度から調べてみた。驚いたことに、この店長のような優秀なスタッフがあちこちの店舗にいることがわかってきた。それどころか、アルバイトスタッフであっても、例のミッションステートメントを完全に暗記していた。
これらの共通言語を浸透させるために、この会社は採用時から様々な手法を駆使し、これらの言語をスタッフの「精神的支柱」に育て上げていたのだ。昇進時にこれらの「言語」をテストすることはもちろん、通常業務の中でもスタッフ同士で徹底してこれらの言葉が使われていた。それどころか、採用時に、これらの「共通言語」に適応できるだろう人材を優先的に採用するという徹底ぶりであった。この会社には社員をつなぐ強烈なきずながあるのだ。
最後に残るもの「精神的支柱」
あなたが自分の組織をつくる時、必ず行わなければならないことは、あなたのつくった組織のメンバーの心のよりどころとなる「精神的支柱」をつくるということだ。組織をつくる時、商品を何にするか? コストをどうやって抑えるか?といったビジネス的視点のことに力を入れる人は多い。しかし、実際、それらは会社が走り始めれば次々に変わっていくものである。特に今のように環境が次々に変化していく中で、同じ商品に頼り続けることも、同じ技術で市場を押さえ続けることも不可能だ。最後に残るのは商品でもなければ、技術でもない。その組織に強い「イズム」があるかどうかが最も重要なのだ。
このことに最近、多くの組織が気付き始めた。日本を代表するような有名企業が、最近、頻繁にアクティブラーニングに指導依頼にやってくるようになってきた。彼らが口をそろえて言うのが、いかにして社内のイズムをつくっていけばいいのかを知りたいということである。大変革の時代を生き残る最後のカギがそこにあるということに、みんな気付き始めたのだ。
これから独立し、組織をつくることになるあなたにとっても、このことは重要なことである。自分の行おうとしている事業にとって最も大切なことは何なのか? 自分の行う事業には「精神的支柱」と言えるようなものがあるのかどうか? 商売を行っていくうえで、右に行くべきか、左に行くべきか、難しい選択に迫られる時が来る。社員はもちろん、あなた自身にとっても決断するのが難しい場面において、意思決定の礎となる「精神的支柱」の有無が大きな分かれ道となる。
組織力を高める共通言語の必要性
組織は何のためにあるのか? それは一人ではできないことを行うためだ。複数の人間が集まるのは、一人で行うよりも複数の人間が集まった方が大きな力を発揮することができるからにほかならない。しかし、複数の人間はそれぞれ異なったデータや異なった解析法を頭の中に持っている。それぞれの人がそれぞれ異なったゴールを持っていれば、組織力が発揮されることはない。複数の人間が集まる効果を最大限に引き出すためには、最低限の「共通言語」が不可欠になる。
その組織の存在意義は何なのか? その事業はどこに向かおうとしているのか? はっきりとした言葉で残すことができれば、社員のバラエティさも強みとして生きてくるのだ。
自分がやりたいことの本当の意味を言語化しよう。将来、多くのスタッフがあなたの元にやって来た時のことを思い浮かべながら、会社にとって最も重要なことを言語化しておこう。何度も何度も言葉にして練っていけば、将来必ずあなたを助けてくれる言葉ができるに違いない。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate
of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。
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