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万全の準備が失敗を呼ぶ?
プロジェクトを成功させるための手法は世の中にたくさん存在する。例えば、そのプロジェクトの本質的な目的がどこにあるのかをメンバーにきちんと認識させる「ビジョン設定」、プロジェクトを計画どおりに進めさせる「工程管理」、さらにはそのプロジェクトにかかわるメンバーをやる気にさせる「モチベーション向上」など、様々な角度からプロジェクトを成功に導こうとする手法がある。
しかし、例えそれらの方法をすべて取り入れて進めたとしても、プロジェクトが必ず成功するとは限らない。むしろ、失敗するプロジェクトが後を絶たない。大企業がその資金力にものをいわせ、例えばノーベル賞受賞者やハーバードビジネススクールのMBAフォルダーなど世界最高峰の頭脳を集め、慎重に進めたプロジェクトであっても、ものの見事に失敗してしまう場合がある。それはなぜなのだろうか?
有名企業で研修やコンサルティングを行っている関係で、これまでに様々なプロジェクトサンプルに出合うことができた。そして、いくつものプロジェクトサンプルに触れるにつれ、面白いことに気がついた。それは、徹底的に準備し、念には念を入れて計画を立てたからといって、それが必ずしもプロジェクトの成功率をあげることにはつながっていないということだ。それどころか、むしろ、思いつきでやった場合の方が成果をあげているケースが数多くあるのだ。
「変化」が「進化」を助ける
なぜこんなことが起こるのだろうか? きちんとやれば失敗し、適当にやれば成功するということなのか? ある時、偶然その答えを見つけるケースに出合った。自分が教えているクラスの中でのことだ。
そのクラスの中で、私は新しいテーマについて教えようとしていた。そのテーマに関して、まだきちんとした理論構成をしていなかったので、説明にあいまいな部分があった。その時、その理論構築の甘さをつくように、ある参加者が鋭い質問をぶつけてきた。私は、うまい回答が即座に思い浮かばなかった。そこでとっさに、
「そうですね、とても良い質問です。このテーマ解説の問題点をうまくついていると思います。では、その質問に対するうまい回答を見つけられないか、みんなで考えてみましょう!」
といって、各グループでその質問に対する答えを考えさせてみた。各グループでそれぞれ良い回答を見つけ、それを全体で発表させ、良い回答を競い合うということをやってみたのだ。
すると、様々な面白い解答が出てきた。どれが正解というわけではないのだが、それぞれ真理をついており、参考になるものばかりであった。結局、そうやってみんなでいっしょに考え、全体で回答を競い合うことで、クラス全体のその問題に対する理解が格段に深まった。予期せぬ変化(=鋭い質問)に対し、アドリブで返した対策だったが、それが高い教育効果を引き出すことに成功した。それどころか、その手法が高い学習効果をあげることに気づき、それ以降、AL社のクラス全体にその手法を取り入れるようになっていった。変化をうまく取り込んだことが、AL社全体の「進化」に貢献したのだ。
変化対応力が成功のカギ
この体験を通してプロジェクト推進の大切な原理原則に気がついた。何らかのプロジェクトを進めるとき、大切なことは、準備そのものよりも、そのプロセスの途中で起きる「変化」にどれだけ対応できるかということなのだ。このクラスの場合、確かに私は準備を怠っていたかもしれない。しかし、それが逆に功を奏したのである。準備不足であったために、頼るものがないので、その場で最適な方法を考えて行動に移すしかなかった。それは一見、思いつきのアプローチのように思えるが、現場で起こっている変化にダイレクトに対応したものであるという特徴がある。直面する具体的な変化に最も合った解決法である場合が多いので、結果的にプロジェクト全体を成功へと導く可能性が高まるのだ。
逆に言えば、念入りに立てた計画が失敗するのは、そのような状況の変化に対応できないからであるといえる。事前に立てられた計画は、状況を静止画のように切り取ったものであり、将来的に起こりうる「環境の変化」を計算に織り込んではいない。だから、実際にプロジェクトが開始され、変化が起こった時に、せっかく入念に用意した準備が足かせになってしまう場合があるのだ。
多くの人がこのことの重要性を見逃している。事前の準備がしっかりしていればどんな問題でも乗り越えられるというのは誤りだ。新たに取り組み始めたプロジェクトのように、次々「変化」が発生するような環境では、下手な準備が命取りになることさえある。多くの「しっかりした」プロジェクトが失敗へとつながるケースが後を絶たないのは、ここに原因がある。
変化対応力が求められている
また、自社でこんなこともあった。あるプロジェクトを立ち上げた。困難な仕事ではあるが、十分に準備をしたので、そのプロジェクトを成功させることは難しくないと考えていた。しかし実際にはうまくいかなかった。半年後には計画途中で挫折してしまった。
なぜか? 原因は、あるメンバーの退職であった。プロジェクト開始後、中心メンバーであるスタッフの家族が突然病気になり、その看護のため会社を辞めることになった。これは当然、予期せぬことであり、プロジェクトメンバーには大きな衝撃が走った。そしてその中心メンバーが辞めてから、プロジェクト全体の吸引力が急速に失われていった。
ありえないことだと、当時は自分たちの不幸さを嘆いた。しかしよく考えてみると、プロジェクトメンバーの身の上に何かが起こるということは、それほど「ありえない」ことではない。会社の経営者を何年もやっていればわかることだが、メンバーが多くいればいるほど、このような事態は十二分にありうる。そのことを計算に入れていなかったことが問題なのだ。
こうも言える。そういった不測の事態をすべて予測し、計算に入れておくことはできない。しかし、大なり小なり、何がしかの予期せぬ出来事は必ず起きる。だったら、最初から、普遍的な「変化対応力」を身につけておくことが得策であるといえる。
時間の進行に合わせて、周囲の環境は次々に変化していく。特に変革の時代といわれる今、環境の変化は加速度的に進んでいる。そんな中で、一つの考え方にしかすぎない、事前の準備ややり方にとわれていると、環境の変化に対応できず、成長の機会を逃してしまうことになる。
静的アプローチと動的アプローチ
失敗しているプロジェクトの多くが「静的アプローチ」、つまり、一つの見方、一つの方法に固定して、プロジェクトにかかわっている。そのため、必ず起こりうる将来の「変化」に対応しきれない。静的アプローチを取る限り、「変化」にのみ込まれ、そのプロジェクトは消滅していく可能性が高い。
それに対し、成功している多くのプロジェクトは、途中で起こる変化に対し、「動的アプローチ」、つまり起こる変化に合わせて、即座に対処法を考えている。その対処法が変化に見事に対応したものであれば、プロジェクトは確実に成功に近づく。
プロジェクトを成功に導くカギ、それは「動的アプローチ」である。独立、起業というプロジェクトを追いかけていくうえで、常に「動的アプローチ」を心がけてほしい。途中であなたを待ち受けている多くの障害の中に、あなたを救ってくれる何かが必ず隠れているのだから。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate
of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。
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