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人は何のために働くのか?
私が経営している株式会社アクティブラーニング(以下、AL社)では、多くのボランティアスタッフが業務をサポートしてくれている。大学生から社会人まで、総勢50名を超える人々が、文字どおり、無償でAL社の業務をサポートしてくれている。通常の雇用関係にある社員、つまり給与を支払う社員は数名しかいないので、業務のかなりの部分をボランティアスタッフが回していることになる。
この話をすると、多くの人が信じられないという顔をする。「どうして無償で働いてくれるのか?」。その相手が経営者であれば、当社のシステムの構築方法を知りたがる。自分の会社でその手法を導入できるかということをストレートに聞いてくる経営者もいる。確かに、会社経営者にとって、人件費はコストを押し上げる大きな要因である。ゆえに、これをゼロに近づけることができるという夢のような話に、強い興味を示すのは当然といえば当然のことである。
しかし、「人件費がゼロ」になるという点だけに着目するのであれば、当社のシステムの最も重要な本質を見逃してしまうことになる。そもそもこのシステムは、人件費をできるだけ削減したいからという理由でつくり出したものではない。会社のために働いてくれる人たちが、本当のところ一体何を求めて働いているのかということを試行錯誤した結果、たどり着いたシステムなのだ。
人は何のために会社で働くのだろかか? 「お金」のためであるという答えが一般的であろう。味気なく聞こえるかもしれないが、このことを否定することはできない。しかし、「会社で働く人が求めているもの=お金」という図式だけでとらえてしまうと、その奥にある本質を見逃してしまうことになる。確かに、人はお金を得るために仕事をする。しかし、そもそも人は何のためにお金を求めるのか? それは、お金を得ることで「自分の望むもの」を手に入れたいからである。お金があれば、食事をすることができる。家族を養うこともできる。自分の夢をかなえることもできる。だから人はつらくても苦しくても会社のために働こうとするのである。つまり、会社のために働く人が求めているものは、「お金」そのものではない。実際に求めているものは、その先にある「自分の望むもの」を手に入れることなのだ。
ここに人を動かすカギがある。例えば、「掃除をする」という仕事がある。人はお金によって動くと考えれば、この仕事をやってもらうためには、その対価としてお金を支払わなければならないということになる。しかし、もしその人がサッカーファンで、掃除する部屋が「ベッカム選手の部屋」であればどうだろうか? たとえ無料でも、やりたいと言うのではないだろうか? それどころか、お金を払ってもやらせてくれ、というかもしれない。仕事に自分の「価値」を見いだした時、人は喜んで動こうとする。人を動かすカギは「お金」ではない。その仕事が持っている「価値」なのだ。
時間がきたら帰る人 朝早くから掃除する人
この実に単純明快な事実に、私はある時まで気づいていなかった。
こんなことがあった。全スタッフを前にして、我々の会社の理念である「自己成長力のある人材を世界中に増やすために全力をあげて頑張ろう!」といった内容の話を熱く語っていた。しかし、いまひとつ、話に聞き入っていないスタッフがいる。終わってから彼にそれとなく感想を聞いてみた。
「すばらしいことだとは思うんですけど、そんなに大きな話を言われてもあんまりピンとこないっていうか……。私は今自分が担当しているクラスの仕事で精いっぱいですからね。『世界を』とか言われても……まあそんなに力入れなくてもっていうのが本音です」
なるほど! それはそうだ。それまで私はスタッフに対し、会社がどんな方向に向かい、その仕事にどんな価値があるということを明確に伝えていなかった。あったのは、この仕事をしてくれたらこれだけの給与を支払うという関係だけである。これらのスタッフは皆、定時になればそそくさと家路に帰っていった。なぜ彼らが私のように頑張ってくれないのか、この時、初めて理由がわかったような気がした。
同じ頃、こんなこともあった。大学生が飛び込みで私に会いに来た。飛び込みの場合は、たいてい会わないことにしているが、その学生があまりに熱心だったので、ちょっと話を聞いてみた。聞くと教育に興味があるが、現在の日本の教育に絶望していると言う。何とか日本の教育を変えたいと思っているがどうすれば良いのかわからない。そんな時、AL社の教育のうわさを聞きつけて、ぜひ、その内容を知りたいとやってきたのだと言う。そこで彼に、AL社の理念、経緯、そして実際の理論を説明した。話が終わると、目を輝かせながらAL社で働きたいと言い始めた。ボランティアでもいいと言う。そこまで言うのならとボランティアで手伝ってもらうことにした。
ちなみに彼は、新聞配達をしながら大学に通う苦学生であった。朝早くから新聞を配って、仕事を終えるとその足で毎日のようにAL社にやって来る。そして掃除や、配布用資料の作成など、あまり面白くもないだろう仕事にせっせといそしんでくれた。3カ月が過ぎた頃、その学生に声をかけてみた。「君、よく頑張るねー。実はすぐにやめるかと思ってたんだよ」。するとそのスタッフはこう言った。
「やめるはずないじゃないですか。とっても楽しいですよ。羽根さん、初日に掃除を始める前、言ってくれたことを覚えていますか? 1回の掃除から、100冊の本を読むよりも多くのことを学ぶことができる。もっとうまい掃除の方法がないか、もっと効率よく掃除でする方法はないか、考えながら掃除をしなさいって……。ほんとにそのとおりでした。掃除の仕事からも実にいろんなことが学べるんですね。だから毎日が充実してますよ。だからこれからも来ますよ」
定時になれば真っ先に帰ってしまう「社員」。早朝から喜々として掃除に励む「ボランティアスタッフ」。両者の違いは何か? 自分がやっている仕事に対し、心の底からの「価値」を見出しているかどうか、ここに大きな違いがあるのだ。
仕事に価値を付加すれば良い人材が集まってくる
この経験以降、AL社が求めるべき人材は、AL社の仕事に対して強い価値を感じてくれる人であると考えるようになった。また同時に、本気でそう感じてもらうためには、AL社の全業務を見直して、本当に価値あるものにする努力をしなければならなかった。そして少しずつ、会社が変わっていった。スタッフ全員が業務や会社全体に特別な「価値」を感じることができる会社に変わっていったのである。一方で、AL社の仕事に価値を見いだせない人は、一人、また一人と去っていった。結果は驚くべきものであった。その後、AL社で働きたいという人がどんどん増えていき、最終的にはボランティアでも手伝いたいという人が列をなすようになっていった。そして何よりすばらしかったのは、スタッフ同士の強烈な結束力と、仕事の質が極めて高くなっていったということである。AL社では、仕事から「手を抜く」人が消えた。だれも全力で仕事に取り組むようになった。それはそうである。お金をもらっていないのだから、本気でやりたいと思っている人でなければ、うちの仕事をやっているはずがない。
経営者にとって重要なことをこの2人のスタッフが教えてくれた。人を動かしたいと思った時、金銭を支払うという選択肢以外に、仕事そのものに「価値」を付加するという考えをあわせ持つようにしてほしい。人は自分にとって「価値」があると思える時に本気で動き出す。この魔法を理解していれば、あなたの事業には、すばらしい人材がたくさん集まってくるはずだ。
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アクテイブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate
of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。
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