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「違い」があればひき付けられる
アクティブラーニングスクールに通う受講者の方に「どうしてアクティブラーニングに通うことにしたのですか?」と聞いたことがある。すると、「説明を聞きに来た時に、スタッフの方に、アクティブラーニングのマイナス点は?って聞いたんです。するとスタッフの方が正直にここが問題であるっていう説明をしてくださったんです。そして最後に合わないと思ったら受けない方がいいですよ、とまで言ってくださったんですね。もちろん、マイナス点だけ聞いたわけじゃなく、良い点もきちんと説明していただいたんですけど(笑)。結局、全く商売くさくなかったんで、受講することにしました」
この方は習い事が好きで、英会話からコンピュータスクールまでいろいろな学校に行ったことがあるという。どんな学校でも説明を聞きに行けば、その学校がいかに優れているかという情報をあれもこれもとまくしたてられる。そんな中でアクティブラーニングの説明の仕方は他と違い、商売っ気がなかったので逆に好感を持ったのだという。
消費者のもとには毎日、何十、何百という広告が飛び込んでくる。その中で自社サービスの良さを伝えるために、多くの会社が派手な美辞麗句を並べて自己主張し、自分の良さを理解してもらおうとしている。しかし、その多くが失敗に終わっている。なぜか? 相手をひき付ける要素が、強さやインパクトであると誤解しているからだ。相手をひきつけるために必要なものは、「強さ」ではない。「違い」なのだ。それまで頭にあった情報と「違い」が感じられる情報が入ってきた時、聞き手はその情報に注目する。ここにプレゼンの極意が隠されている。
印象度を左右する「記憶」のメカニズム
私が外部の情報を取り込む時、「違い」が重要な意味を持つということを理解したのは、人間の「学ぶ力」の研究を通してであった。私は「学ぶ力」の研究を長年にわたって行ってきた。そんな中で、人にいかに記憶させるか?というテーマを重要な研究課題として扱っていた。学習効率を上げるためには、効率良く記憶させる必要があるからだ。
様々な研究を通じて、記憶には「比較」から生まれる「印象」が大きな役割をはたしているということがわかった。はっきりと記憶に残っていることは、ほぼ例外なく「印象」の強い出来事である。初めてキスをした時、交通事故にあった時、昨日会社で上司にしかられた時など。これらの体験は、覚えようとしたわけではないのに、今なお、はっきりと頭の中にその記憶が残っている。なぜか? それは、過去の体験と比較して、「違い」を感じたからなのだ。
我々の脳は、外部の情報が入ってきた時、自動的に内部にある過去の情報と比較する。比較の結果、「違い」を感じ取った時、「印象」を生み出す。過去の情報と比較して、その情報に「違い」を感じたということは、同様の情報が頭の中に入っていないことを意味する。だから強い「印象」を生み出し、頭の中の「感度」を高め、その情報を「記憶」し、取り込もうとする。初めてのキスがなぜあれほどはっきりと記憶の中に残っているのか? それはキスをそれまでにしたことがなかったからだ。初体験であれば、その情報は貴重である。そこで即座に強い「印象」を生み出し、「感度」を上げることで、しっかりと「記憶」に残そうというメカニズムが働いたのだ。
しかし、頭の中に入ってきた情報に「違い」を感じられなかった場合は、全く反対になる。「違い」が感じられなければ、「印象」は弱いものとなり、「感度」はむしろ下げられる。結果、その情報は「記憶」するに値しないものとして、「忘却」のかなたへと押しやられることになる。2回目以降のキスがどんなキスであったか覚えていないのはそのためだ。以上、情報の入力から記憶までの流れをまとめると以下の2つのパターンとなる。
●入力 比較 『違いあり』 印象強
感度上 記憶
●入力 比較 『違いなし』 印象弱
感度下 忘却
さて、これらのことから我々の脳に外部の情報を記憶させるためには、過去の情報と比較し、「違い」があるという判断を脳にさせなければならないということがわかる。
「強さ」よりも「違い」が印象を強く残す
人に何かを伝えようという時、できるだけ「インパクト」のある言葉で人をひき付けようとしている広告が多数ある。「驚異的」「超」といった言葉がある種の「印象」を生み出すことは間違いない。しかし、このような過剰な言葉がインパクトを持つのは最初だけだ。しばらく繰り返しているとだんだん聞き手には響かなくなってくる。なぜなら、驚異的だと思えるのは、大きな「違い」があるから驚異的なのであって、毎回毎回「驚異的」と書かれれば、もう驚異的ではなくなるからだ。「強さ」で勝負するということは、それまでよりも強い何かを与えることが前提になっている。この方法では限界がある。1の強さの情報を与えた後は、2の強さを与える必要があり、2の強さの情報を与えたら今度は3の強さを与える必要が出てくる。このやり方を続ける限り、おのずと限界にぶちあたることになる。
必要なことは、提示しようとするものに、「違い」を持たせることである。例えば広告を出す時、すべきことはまず周囲を見渡すことだ。これまでどういう広告が出されてきているのか? どういう言葉が今の広告の流行であるのか? それらと比較し、これまでにはなかった新しい何かを盛り込むことがポイントになる。これまでの広告が「驚異的」といった言葉を多用しているのなら、あえてそういう言葉をいっさい使わないでみる。反対にその業界が堅い業界でまじめな口調の広告しか出していないのならあえて「驚異的」という言葉を使ってみる。その広告に明らかな「違い」がある時、確実に聞き手の頭の中には「印象」が生まれ、その広告が深く心に刻み込まれることになる。具体的な例をあげてみよう。教育関連の広告で以下の2つを比較してみてほしい。
●A社「高いレベルの講師陣」
●B社「教えない教育スタイル」
この広告で、人の注目を集められるのは、明らかに後者だ。前者の「高いレベルの講師陣」というのは、何度もこれまでの教育関連の広告で目にしてきた言葉だからだ。そこには「違い」は感じられない。それに対して後者にはひき付けるものがある。教育といえば、教えることが前提である。そこに「教えない」という言葉が入ることで、明らかにこれまでの教育手法とは違う何かがあるのだろうというある種の期待感が生まれる。「違い」による「印象」の発生である。
「理解できる新規性」を探してみること
しかし、ここで大切なことがある。「違い」があれば何でもいいというわけではないということだ。例えば教育の広告において「友達を殺せる塾」という広告があったとしよう。これはかつてない広告であるに違いない。確かにインパクトがあり、人目を引くであろう。しかし、その言葉には、教育、塾といった言葉との関連性が全くないので、理解ができない。「印象」は生まれるのだが、理解ができないので、結局、奇をてらったもの、おかしなもの、として記憶されることになる。つまり、広告効果としてはむしろ逆効果となる。
プレゼンテーションにおいて大切な黄金法則を言語化すると「理解できる新規性」ということになる。その広告に、それまでの流れとは違う新しさがあり、かつそれが理解できるものである時、プレゼン効果は最大になる。自分のつくった会社やお店、商品、サービスを売り込んでいくにあたって、それらに「理解できる新規性」を盛り込んでいくことを心がけてみよう。
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アクテイブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate
of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。
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