どんなカップルも、婚約指輪や結婚指輪をどこで購入するかは悩みどころではないだろうか。思い出の品ゆえにちゃんとしたものを選びたいが、有名ブランドだと安心感はあるが値段が張る。だからといって値段重視で選ぶと、品質もセンスも不安……。こんな悩みはどうやら世界共通のようだ。そしてそんな悩みに答えるのが今回ご紹介するNew York Wedding Ring(以下NYWR)なのである。
NYWRは結婚するカップルに、彼ら自身の手で自分たちの結婚指輪を制作してもらうための“結婚指輪制作教室”のようなものである。その指輪は素材の選定からデザイン、仕上げやサイズまで何もかもオリジナル。もちろん素人にいきなり指輪を作れといっても不可能だが、ここに依頼をすれば熟練のプロが懇切丁寧に一から指導をしてくれるというわけだ。
このNYWRを開業したのはサム・アッバイ氏。ウォールストリート近くで制作スタジオを構えている。
親類にジュエリー制作を習ったというアッバイ氏は、長らく趣味として楽しんでいた。ところが非常にクオリティの高い作品を作れることもあり、ここ3年ほどはいろいろな人に頼まれて作品を作る機会が増えたという。その結果NYWRの開業に行きついた。
アッバイ氏が自らのブランドをつくるのではなく、NYWRをつくったのにはニューヨークのアクセサリー業界ならではの事情もあったという。
「業界はどうしてもブランド志向が強くてね。商品が素晴らしくても、新規参入して成功するのはすごく難しい。事実、多くのジュエリーデザイナーは、作品を生み出すより商品を扱ってくれるショップを探すことに労力を削がれているしね。僕は本業を別に持っているので、あくまでジュエリー作りの一番素敵な部分だけを楽しみたい。だけど自己満足じゃつまらないし、誰かに身につけてほしいとも思ってた。だからこのビジネスを思いついたんだよ」(アッバイ氏)
「ジュエリーの受注生産」というビジネスは、富裕層向けには安定した市場があるが、その制作に購入者側が直接かかわることができるのはグッドアイデアだろう。しかも予算はだいたい結婚指輪2人分で1500〜3000ドルほどというから有名ブランドよりお得感がある。さらにその素材には金やプラチナといった高級材料を惜しげもなく使用しており、アッバイ氏も、
「有名ブランドが同じ素材で作ったらすごい値段になるだろうね」
と笑う。
一組のカップルが2つの指輪を制作するのには、週末土日に各2、3時間ずつ作業をして、おおよそ2カ月ほどかかるという。結婚式場の予約やドレスの試着など結婚準備の合間にリングの制作もすすめるのだ。取材時にはエリックとアメリアというカップルが結婚指輪の制作中であった。
「結婚式では一緒にケーキを切るんだろうけど、その前に共同作業をしてるんだ」(エリック)
「5番街で買うことは、世界中で何組ものカップルが同じ指輪をしてるってことでしょ。私たちの結婚は私たちだけのものにしたいの。金属の塊がだんだん指輪になっていくのよ。素晴らしい経験だわ。」(アメリア)
と2人ともご満悦。ウォールストリート近くという場所の便利さから、様々な人々が彼の所に通ってくるのだという。遠く州外から通う熱心なファンもいるのだとか。
「最初の数年は厳しかったけど、今は安定してきたよ。順番待ちでいっぱいなんだ。でも、お金が目的じゃない。売りたいだけなら大量に作ってどこかに卸せばいい。でも幸せなカップルと一緒に作業をすると、こっちまで幸せになる。こんな仕事ってなかなかないと思わないかい?」(アッバイ氏)
手作りというと「温かみはあるがデザインはいまひとつ」といったイメージもある。しかしNYWRは、素材のよさやどこにも売っていない希少性、また彼のデザインセンス、顧客自ら制作できるといったポイントをうまく組み合わせた。もともとアッバイ氏の趣味から発展したビジネスだが、読者の皆さんにもプロ顔負けの趣味を持つ方もいらっしゃるのでは。工夫次第で、彼のように趣味を生かして週末起業で何かはじめる、という手もありそうだ。