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10年かけて夢をかなえるということ
10年前、私は生まれて初めて会社を設立した。それまでの自分の教育現場での指導経験を生かし、独自の教育プログラムを開発。これを世の中に提供する事業を開始したのだ。立ち上げ当初は、すべての起業家がそうであるように、何もかもが手探りであった。なかなか思うようにはいかない。しかし、困難はあっても、自分のやりたいことに取り組めるということは、何物にもかえがたい喜びであった。
そして10年の月日が流れた。10年たった今、設立前に書き連ねた夢や目標を振り返ってみると、その多くが実現できていることをうれしく思う。「有名企業やプロスポーツチームに、自身がつくった教育手法を取り入れてもらう」「大学で、自身の開発した教育プログラムが必須科目として全員に指導されている」「公的機関で我々の手法を取り入れた政策が実施されている」などなど。これらはすべて、10年前に私がつくった「将来の夢・計画」に書かれていたことであった。
こう書くと順風満帆、すべてがうまく運んできたように聞こえるが、実際はそうではない。いや、全くその反対で、失敗だらけであったとさえいえる。資金繰り、広告宣伝、人材採用に至るまで、あらゆる面で大なり小なりの失敗をいくつも経験している。しかし、これらの失敗を糧にしつつ、5年目を過ぎた頃から、ビジネスをつくるということがどういうことなのかをようやく理解し始めた。そして、さらに数年が過ぎ、これらのコツが、「確信」へと変わっていった。今では、この本質的なビジネスの原理原則を理解したおかげで、私の事業は拡大、成長を続けていると、断言することができる。その原理原則が何であるのかをここから詳しくお話ししてみよう。
ビジネスの起源は集団生活にある
まずここで、「そもそも質問」を行ってみたい。人から雇われる立場であれ、人を雇う立場であれ、仕事に携わる以上、求められていることは、いかに「ビジネス(=商売)」をうまくやるかということだ。では、そもそも何のために仕事をしているのか? 家族を養うため? 自分の専門領域を生かすため? あるいは自分の夢をかなえるため? 一人ひとり、それぞれの理由があるだろう。しかし今回は、もっと根源的な話をしてみたい。
そもそも、人はなぜビジネスを始めたのか? 実は「集団生活」と大きな関連がある。人は有史以前、言葉を話すはるか以前から集団生活を行っていた。遺跡、遺物などがそのことを証明している。教科書で、マンモスを集団で狩りする原始人の絵を見ることができるが、そこには「人は力を合わせることで大きな動物に打ち勝つことができた」と書かれている。我々の先祖が集団生活をしていた理由を端的に表現すると、「一人ではできないことができるから」ということにつきる。
敵から身を守る、マンモスを倒す、未開の地を開墾するといったことを一人で行うことは容易ではない。しかし、集団で行えばそれが可能になる。このことに気づいた我々の先祖は、集団で仕事を行うための方法論を蓄積していった。その方法論が洗練され、最初は家族単位であった小集団も、やがて複数の家族が合わさったグループとなり、さらには一地域をカバーするコミュニティへと発展していった。
あなたの仕事は適性役割分担か?
では、集団生活を行ううえで重要なことは何だろう? 答えは「適性役割分担」である。1000人でマンモスを倒すのは効率が悪い。大人数で活動すると動きも遅くなる。そこで「役割分担」が始まった。腕っ節の強い者は狩りを行い、手先の器用な者は狩りの道具をつくったのだ。
人にはそれぞれ「適性」がある。腕っ節の強い者が道具づくりの細かい作業をするべきではないし、弱い者がマンモスに立ち向かうべきでもない。それぞれ生まれもった才能や、それまでの経験などを生かして、最適な役割を担うことが集団生活では不可欠なのだ。このことを「適性役割分担」と呼んでみよう。時代は変われど、今なお、この本質は変わっていない。インターネットが全世界をつなげる時代にビジネスを行っている我々もまた、世界規模で「適性役割分担」を行っているといえるだろう。ビジネスの本質がここにある。
顧客「満足度」より、顧客「貢献度」を目指そう
ビジネスの世界では、どれほど「売った」かが重要と考えがちだ。実際、世界中の企業が売上額や利益額を競い合っている。しかし本来、売り上げを競い合う以上に、いかに「適性な役割」を担うことができたかを競い合うべきなのだ。ビジネスの本質を「役割分担」ととらえるのであれば、我々の目的は、与えられた役割をきちんと全うすることである。ビジネスを行ううえで重要なことは、「売った」かどうかではない。相手の「役に立った」かどうかが最も重要なのだ。最近になってやっと「顧客満足度」という言葉が登場した。しかし、これもまだ発展途上の言葉である。満足を与えればそれでよいわけではない。大切なことは、役に立ったかどうかなのだ。
私が行っている事業は教育である。以前は、指定された研修を実施して帰ってくることが仕事であると思っていた。今は違う。我々が提供するもので、いかに相手に貢献できたかが仕事であると考えている。「顧客満足度」から、「顧客貢献度」の追求にベクトルを変えたのだ。仕事の受注時には、相手のニーズを細かなことまで聞き出すようにしている。しかし、相手は教育の専門家ではないため、時に間違ったニーズを出してくることもある。その際には、自分が持っている知見を最大限に活用し、より一層の貢献が期待できる商品やサービスを提案する。そして、大切なことは「本気で相手のためになることを考える」ということである。自分も相手の組織の一部になったつもりで、親身に、より良い方法を考えるのだ。これは受注時だけのことではない。当然、実際に業務を行う時であってもその姿勢を貫き通さなければならない。
そうした姿勢が最近になってやっと、普通に継続できるようになった。それ以降、全く仕事の依頼が途切れることがない。相手にとって必要不可欠な役割を担う。それがビジネス成功の原理原則である。
独立・起業の本質は、あなた自身の成長にある
しかし、ここで慢心してはいけない。どんなに素晴らしい貢献ができたとしても、それ以上の貢献ができる人、企業は必ず現れる。より優れた結果を残せる人が現れたら、顧客がそちらに乗り換えるのは当然である。であれば、我々に求められていることとは何か?「持続的成長」である。もっと良い貢献はできないか? 常に選ばれるためには何をすればいいのか? 絶え間なく成長し続けなければならないのだ。「相手のためになることを常に進化させ続けていく」。ここに、強いビジネスの神髄がある。
このことを理解したうえで、10年、事業を続けてみてほしい。そうするとはっきりとわかることがある。それは、独立・起業が自分自身を大きく成長させてくれるということである。10年間、事業を続けることができたなら、10年間、自分を成長させ続けたということだ。あなたが独立・起業を目指しているなら、私はぜひにと勧めたい。なぜなら独立・起業の本質は、あなた自身の成長にあるのだから。
今回で私のコラムは終了です。長い間、本当にありがとうございました。
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アクティブラーニングスクール代表 羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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