世界中のありとあらゆる国や地域からの移民がひしめくニューヨーク。当然ながら市中のレストランもお国の料理を売り物にし、彼ら自身が腕を振るっているところは多い。しかし、平均的なアメリカ人好みの味付けになってしまうのも仕方ないところ。だからこそ、本場の味、本格的な郷土料理が食べられるお店は人気を呼ぶ。それはイタリアンでもフレンチでも、すしでも中華でも同様だ。そして今、フランスからの移民が手がける小さなカフェが人気を呼んでいる。場所は、最も人気のエリア、ロワーイーストサイド(LES)である。
甘いものが大好きなアメリカ人。大盛りのアイスクリームやとことん甘いケーキが人気で、日本の和菓子のような繊細な風味はそれなりの嗜好の持ち主でないと理解されにくい。それはフランスの菓子類も同様。多くのフランスからの移民たちはアメリカのケーキの質に嘆き、そしてコーヒーの味にがっかりする。フランス人だけでなく、欧州各国からアメリカにやって来た人々や、パリに旅行したことのある人たちも「あのパリの味わいをもう一度」と願っている。そんなところにさっそうと登場したのが今回ご紹介するクレーパリーだ。
クレーパリーはクレープのお店だ。ニューヨークでは、クレーパリーができるまでクレープ店は少なく、味もいまひとつで話題になることはなかった。?パリのカフェの普通のクレープが食べたい?と考えていた人たちは、願ってもかなわなかったのだが、クレーパリーが、この夢を一気に実現した。
お店があるエリアは、おしゃれなLES。その中の一角、うっかりすると通り過ぎてしまいそうな小さなお店なのだが、今ではすっかり本格クレープ専門店として人気を呼んでいる。広さはせいぜい10畳ほど。入り口は狭く、奥行きもさほどあるわけではないが、店内はおしゃれな雰囲気で、きれいな黄色を基調としたデザインで統一。丸い鉄板の上でこんがりとクレープが焼かれ、鮮やかな手つきに見とれている間にもクレープは焼き上がり、立ち上がる湯気も切れぬうちにこちらに差し出される。
具は50種類以上。トッピングも自由だ。目の前で手品のように焼かれるクレープはボリュームたっぷりだが、甘さは控えめ。ベジタリアン向けや果物中心のものもあり、健康志向のニューヨーカーにも人気だ。値段も抑え気味とあって、店は常に客で賑わっている。おしゃれなイメージはこのLESエリアにマッチし、ファッション雑誌の撮影やドラマの収録などにもしばしば使われるようになってしまった。
また、ニューヨークでは初めての本格クレープ店ということで、各メディアの評価も上々。「アメリカ版、料理の鉄人」でもある有名シェフ、ボビー・フレイ氏も店を訪れ絶賛したことからその人気にはさらに拍車がかかった。
あくまで味だけで評価してほしいと願うオーナーは、取材に対しては匿名を希望したため、写真や名前を出すことは拒否された。しかし話すその言葉にはわずかだがはっきりとした欧州なまりがあり、フランス、もしくは他の欧州諸国からやって来たのだろうと想像される。なるほど、本格的なのも納得だ。そして自身もクレープのファンであったという。オーナーは言う。
「自分自身がおいしいクレープを食べたいと思ったのです。ただそれだけです。」 だから自分が食べたいものを作ってもらえるように、数人いる従業員も欧州の人が多いという。 「そもそも味を知らなければ作ることもできないですから」(オーナー)
クレーパリーは大きなレストランでもなければ高級な店でもない。しかし創業者が自分の食べたいクレープを作ったことが、店のヒットにつながった。一方、ニューヨークには修業の経験もないような板前がすしを握るいささか怪しい日本食レストランも多いが、それらは時を待たずに閉店になることが多い。その国に行ったことがなくても、初めて食べるものでも、本格的なものはきちんと受け入れられるはずだ。見た目や雰囲気だけを模倣しただけの起業は、どのようなビジネスであってもやはり無用な苦労を強いられるに違いない。
飲食のフランチャイズなどで起業を目指す方も多いと思うが、まずそのお店の料理を自分が食べたいと思えるか。心からその料理を美味しいと思えるか。そういうところにも成功のヒントがあるのではないだろうか。