ドライブイン・シアター。アメリカの古い青春映画などで目にしたという方も多いだろう。広大な駐車場に車を止め、車のシートに座ったまま大スクリーンの映画を眺める。映画に出てくる車は皆大きくゆったり座ることができ、そしてオープンカーだったりするのがお約束。ポップコーンを食べながらコーラを飲み、隣のガールフレンドと一緒に映画を楽しむ姿は、日本から見たある種のアメリカの姿を表していたはずだ。そして21世紀の今、ある若者がこのドライブイン・シアターをニュービジネスとしてスタートさせた。しかもその場所はなんと摩天楼ひしめくニューヨーク。優れた着眼点からの新規ビジネスだが、真価はそれだけではない。
そもそもドライブイン・シアターは1930年代に米国で始まったものである。自家用車の普及とともに成長したこのビジネスは、1980年代には3500カ所以上あったとされるものの現在では650カ所ほどと本場での衰退も激しい。このような事情の背景にはレジャーの多様化や大型のシネマコンプレックスの増加など様々な要因がある。日本でもドライブイン・シアターはあちこちにあった。米国でのブームに遅れること10年、90年代には各地に20箇所ほどが営業していたというが、しかし今では最後の一軒を残すのみ。
ビルが密集しているマンハッタンでは、実現するはずもないビジネスだ。駐車スペースを確保するのさえ困難であり、そもそも車で出かけることすら面倒になるほどの渋滞なのだ。しかしこのような状況こそがビジネスチャンスと見た若者がいた。彼はこの狭いマンハッタンだからこそ、プライベートなドライブイン・シアターという発想に可能性があることを感じ取ったのだ。
DRV-INの創業者は、ベン・スミス君という21歳の若者だ。古びたビルの1階に、65年製のクラシックカー、“フォード・ファルコン”を1台設置し、そこから見えるようプロジェクターとスクリーンをセッティング。入り口近くにはこれもレトロな外観のポップコーンの屋台を並べ、古き良き60年代を再現した。またファルコンのナンバープレートは「DRV-IN」。細かい演出も忘れてはいない。料金は一律75ドル。またファルコンの定員である6名までなら、何人で見ても料金は変わらない。赤いビニールレザーのシートは、6人がゆっくりくつろげるサイズ。古いアメリカ車ならではだ。後部座席の観客は背もたれに腰掛けても良いかもしれない。ポップコーンを口に運びながら友人同士だけで楽しいひとときを過ごせるわけだ。
毎日数回上映される映画はクラシックなものから、比較的新しいものまで様々。古い映画の方がかえって人気なのだという。60年代当時の車のシートに座り、その頃の懐かしい青春映画を見ながら、古き良き時代を思い起こす時間は、ある程度以上の年代層にはたまらないものがあるのだという。
DRV-INはロワー・マンハッタンと呼ばれるエリアにある。十数年前まではあまり治安も良くないといわれていたのだが、今ではニューヨークで一番おしゃれなエリアとして人気だ。映画を見る前に、もしくは見終わってからゆっくり食事。その後にカクテルを一杯やるにも最高のロケーション。そんなエリアに出現したこのおしゃれなニュービジネスは瞬く間にニューヨーカーたちの間で話題となり、そして各種のメディアにも取り上げられ爆発的な人気となった。
開業は今年9月。当初は(ニューヨークではあまりにも寒い冬が来る前の)11月末までの営業予定であったが、今はあまりの人気に営業期間を延長することを考えているという。事実、上映作品にかかわらずほぼ毎日完売に近い状況が続いており、映画館としてよりも、そのスタイルが人気であることは明白だ。そう、DRV-INはあくまでその演出や空間に価値を見いだすことで成功を収めているのである。一番ヒップな場所に出現した古くて新しいビジネスモデル。「唯一無二」「プライベート」「ノスタルジック」etc。成功のキーワードはいくつかある。やはり卓越したビジネスセンスというべきだろう。
しかし、ここまでならよくあるニュービジネスの一つにしかすぎない。実際ここまでのストーリーは数多くのメディアに紹介されたし、似た事例もあるかもしれない。しかしスミス君の卓越した点はここからだ。実はこのDRV-INの正式なビジネスネームは「Grand Opening(グランド・オープニング)」という。DRV-INの開業前、現在DRV-INがある場所はたった一つの卓球台が置かれた「ピンポン・クラブ」であった。夏前に始めたこのクラブは口コミであっという間に大人気となり、マンハッタン中の卓球ファンにとって最もイカした場所だった。そしてこの9月にはDRV-INがオープン。そう、ここグランド・オープニングとは、“3、4ヶ月ごとに新しく生まれ変わるスペース”としてスミス君自ら企画・運営するクリエイティブなスペースなのだ。いつ来ても何かの「新装開店」であることからこの「グランド・オープニング」という名前なのである。
カナダ出身のスミス君は、彼の兄と2人この場所でデザイナーとして仕事をしていて、スペースの余裕をうまく活用したいと思ったのが開業のきっかけだという。
「でもこんなおしゃれなエリアだと、何をやってもすぐ飽きられるかまねされるだけだと思った」
だからこそ常に新しいことをやるべきだと考えたのが、このグランド・オープニングにつながったという。常に新しいこと、それが重要なのだそうだ。2人兄弟の母親、スミス夫人もこう述べる。
「あの子たちったら、次に何をやるかは私にも教えてくれないのよ(笑)」
事業資金、スペース、従業員、流通ルート。起業のための障壁は多いと考えがちだが、それらすべてを持たなくても、意外な着眼点と独創的なアイデアがあればビジネスを成功させることが可能なのだ。ともすれば「ちゃんとしたがる」日本人だが、これまでの常識や慣習にとらわれずに、何か新しいことをはじめてみるのも良いのではないだろうか。