これから起業しようと考えている方々は、常に何か新しいビジネスチャンスはないものかと気をつけているだろう。しかしどのようなビジネスを行うにせよ、すでに競合がひしめく人気の業種に新規参入するのは様々な面で困難なことが多い。ましてや過去に消え去ったビジネスではますます成功はおぼつかないと考えてしまうだろう。しかし米国のある企業は、すでに消えかけている商品にスポットをあて、さらにそれが過去とは異なる意味を持ち、チャンスを見いだしている。そこには、時代の最先端を見据えた先見の明があった。「時代の最先端」と「時代遅れ」とを結びつけたニュービジネスをご紹介したい。
洗濯ひも。室内外で洗濯物を干す際に使用する物で、もちろん日本にもある。製造メーカーから見れば決して高価なものではなく、また使い捨て商品というわけでもないから継続して大量販売が見込めるものでもない。これだけでは商売としてはメリットが薄いように見える。
しかし今年4月。米国はバーモント州に新たに洗濯ひものメーカーが創業した。まだ起業から半年ほどの新興企業だが、すでにユーザーから大人気だ。遠い他州からの注文も多く、各種メディアでそのビジネスが取り上げられている。その会社の名前は「Vermont Clothesline Co.(バーモント・洗濯ひも)」だ。
創業者はミシェル・べーカーさんという主婦。家族4人分の洗濯物を庭に干したかった彼女は、丁度良い洗濯ひもがどこにも売っていなかったことからこのビジネスをスタートしたという。彼女と夫のジョーエルさんは庭の杉の木にロープを渡し洗濯物を干したという。そうやってでき上がったものは、過去にはどこでも売られていたような丈夫な洗濯ひもとその柱であったのだ。
「近所のお店やインターネットでも欲しいものを見つけることができなかったのです」
彼らの作品を見た近所の人々も同様にそれを欲しがったという。ジョーエルさんが木工製作を担当し、ミシェルさんは経理を担当。ホームビジネスは順調にスタートした。そして彼らのビジネスにはもう一つ、時代の先端をいく要素が秘められてい。たのだ。
米国では屋外に洗濯物を干すことは禁じられているケースが多い。貧困の象徴と見なされたり、景観を低下させるということから多くの自治体で条例により禁止・制限されている。
しかし近年、「Right To Dry」という考えが広まってきている。これは「屋外で乾かす権利」とも言うべき社会運動で、乾燥機の使用を控え環境への悪影響が少ない日光による洗濯物を乾かす権利を求める活動である。米国では以前より乾燥機の普及が行き届いていた。都会のマンション住まいでは洗濯を干すスペースなどはないため、それはある意味必然でもあったわけだ。しかし言うまでもなく乾燥機の稼動には多くの電力を必要とし、また近年では排出する熱や騒音など環境への悪影響も懸念され始めていた。このようなことから全米各地では自然乾燥の推進と規制の撤廃を求める運動が活発となってきており、いくつかの州ではすでに自治体への働きかけなどが実際に行われ始めている。
このような社会背景もあり、同社のニュービジネスは注目を集めることとなったのである。ミシェルさんは環境活動としてビジネスを始めたわけではない。
「私たちには必要だったからこのビジネスを始めただけです。これはどのニュービジネスでも同じでしょう」
しかし彼女が始めたビジネスは時代の最先端を行く環境問題を最も重要視したビジネスでもあったのだ。
同社の製品はまだたったの3種類。しかし注文は増えるばかりだ。バーモント州ばかりでなくテネシーやテキサス州からの注文もある。バーモント産のひのきを使用した柱は自然な香りと十分な耐久性を併せ持ち、乾燥機を使わないために無駄な出費が減る。また、洗濯物を干すことで適度な運動となる・・・・・・と、いくつものメリットを上げている。
また同社のウェブサイトには、「家庭内では2番目に電力消費が多い」乾燥機の代替として進めるべく洗濯物を屋外に干すことを推し進める啓蒙活動を行うサイト(http://www.laundrylist.org)へのリンクも張られており、環境への配慮を広く知らしめようとしている。
ビジネスが単純明快であるからこそ時代の最先端でもあり得るのだろう。
ミシェルさんは言う。
「取材も多いけど今は自分の仕事に集中したいのです。まだ始めたばかりですから」
シンプルなのは経営に関しても同様のようである。