CASE52ITエンジニア

プロ4年目の経営危機を乗り越えコンサルティング分野に進出

プロワーカーとしてデビューした人、また現在準備を進めている人の多くが、独立の第一歩を踏み出すまでには相当なエネルギーを要すると感じたことだろう。しかし、プロワーカーは“なる”までよりも“続けていく”ことのほうが、より大きなエネルギーを必要とするのだ。

IT技術の活用を中心としたコンサルティングやシステム開発などを手がける中野さんは、プロワーカーになり9年目を迎えた。キャリアを重ねる過程で、世の中のニーズと自分の提供できる価値を照らし合わせ、現時点での強みはどこにあるのかを客観的に認識し、業務形態やサービスメニューの見直しを図ってきた。こうした柔軟な対応ができることも、プロワーカーを長く続けられる秘けつだ。



「独立直後の働き方と4年目、9年目とを比べると、だいぶ違ってきましたね。初年度は営業を中心にやろうと決め仕事も順調に取れました。が、紹介を中心とした引き合いは次第に先細りしていき4年目あたりで営業不振に陥りました。そこを打破できたのは、自分がどういう仕事をしていくかを常に考え、口にする癖をつけようと意識してやってきたことがプラスに働いたから。悪状況下でも自分のやりたいことの軸はぶれることなく、これまでと違った営業手法を考えることができました」

その頃の中野さんは、会社員時代に数々のシステム開発を手がけて身につけた実装技術を武器に、市販ソフトでは対応できない個別部門のツール開発、設計書がないため改修できないシステムのメンテナンスなど、現場で使えるITツールの整備や小回りの利くサービスを強みに事業を展開してきた。しかし、システム単体の開発だけでは大きな売り上げはつくれず、次第に営業不振に陥っていったのだ。そこで、中野さんが新たな営業手法として取り入れたのがインターネットの活用だった。

「これまでに開発した『賞与配分シミュレーションプログラム』など汎用性のあるプロダクトをホームページで紹介し、無償でダウンロード配布できるようにしたのです。簡単な説明書だけをつけて、まずは試しに使ってもらう。そこで反応を示した見込み客には有料でシミュレーションの代行やカスタマイズ、コンサルティングなどを提案していく営業を始めました」

現在では、小規模事業所向けにプライバシーマークの取得支援を行ったり、人材マネジメントの環境整備支援といった人事部向けのサービスなども手がけるように。プロ10年目を前に、また新たな働き方を模索している最中だ。

「自分一人では対応できない大きなシステム開発などの話が来た時に、複数のエンジニアが集まりプロジェクトを立ち上げて受託できるようなネットワークをつくれないかと考えています。そうすれば個人の手に余る案件をみすみす逃すことなく複数で共有することができる。そんな仕組みをつくってみたいですね」



PROFILE

中野 康範さん(52歳)Yasunori NAKANO

1955年、埼玉県生まれ。東京工業大学社会工学科を卒業後、情報システム会社に入社。その後、(財)野生生物研究センターにて自然環境関連のデータベースやシステム整備を担当。5年間の勤務を経て、(株)システム科学研究所を共同設立。99年7月に(有)中野ソフトウエアサービスを設立し、独立を果たす。

取材・文●岩見浩二 撮影●大平晋也
協力●NPO法人インディペンデント・コントラクター協会

[ 2008.02.01 ]

営業ツールの写真

事業アイデアや仕事の進め方のヒントなど、思いつくまま書きとめるノート。To Doメモとして使う付せんとともに常備

POLICY

「やりたいこと」「やるべきこと」「できること」をすべて自分の意思で決めたい。これは会社員時代から変わらない。

HOLIDAY

定期的な休みは取りにくくなったが、土曜日の午前中はジムへ通う時間を確保。また年に2回、家族と旅行を楽しむ。

MONEY

収入は会社員時代の7割程度になるだろうと予測したとおりに。独立時から現在までに、大きな変動はない。

SATISFACTION

常に考え続けて、常に何かをやり続けている日々。ゴールする喜びより、走り続ける喜びのほうが現実的に強く感じる。