はら・みどり/東京都出身。結婚前は保険会社で事務職として9年半勤務。その後、専業主婦に。夫婦で第2の人生を模索中、犬のシャンプー専門店を思いつき、夫の定年退職を待たずに自宅の駐車場で開業。年中無休、片道10kmまで送迎無料。健康の秘訣は楽しむこと。
温風でまんべんなく乾燥できるアメリカ製ドライヤーゲージ。中にしきりも設置でき、同時に中型犬2頭を乾かせる。店内は8畳ほどの広さで、動線もムダがない
子どもたちが犬を飼いたいと言い出すまで、犬のいる生活を経験したことはなかったんです。初めて飼ったのは、私が40歳の時。当時、国内ではまだ珍しい犬種のコーギーでした。「洋種だから和名はつけないで」と譲り主から言われ、英語の教科書に出てきた名前をもらってベティと命名。それから大の犬好きになり、今も2匹と暮らしています。その頃は、犬関係のビジネスで独立するなんて、夢にも思いませんでした。きっかけは、たまたまペットのシャンプー専門店を見かけて、「あっ!」と思ったのが最初。ベティを自宅のお風呂場で私が洗っていたのですが、換毛期は抜け毛がすごいし、乾かすのも時間がかかってひと苦労。抜け毛が外に飛んだらご近所迷惑ですしね。かといって、ペットサロンでシャンプーを頼むと、価格が高いうえ、何かと追加料金が加算されて、最終的にいくらになるか不透明。洗い場も店の奥で、どんなふうに愛犬が洗われているのか、どんなシャンプーで洗っているかもわからない。それらすべてが不満だったんです。
私と同じように感じている飼い主って多いんじゃないか。さっそく夫に話し、一緒にその店へ行き、浴槽や乾燥機材を見せてもらいました。そこで使用していたのがオーストラリア製のドッグバス。側面が開閉式になっていて、犬がそのまま歩いて入れる浴槽なんです。人間が犬を抱きかかえて出し入れする必要がない。これなら体力的にも大丈夫だとすっかり気に入って、輸入販売会社を教えてもらい、東京のショールームへ見学に。もうその時には、犬のシャンプー専門店で独立するというアイデアが、おぼろげですが頭に浮かんでいました。紹介してもらった会社は業者向けの商社でしたが、ドッグバス、水切り用のスプラッシュドライヤー、タイマーで温風乾燥できるドライヤーゲージの3セットを購入できることになり……。だったら本気でやってみようと、いっきに気持ちが固まったのです。
周囲は閑静な住宅街で、自宅駐車場にユニットハウスを改造して設置。ご主人の眞一さんも全面協力。原さんの名前の“緑”をベース色に外装や看板を手づくり
大きな問題は、開業場所でした。店舗を借りて出店する場合、多額の出費が必要となります。一時は「ウッドハウスもステキだなぁ」なんて夢を見ましたが、金額を聞いてびっくり。あまりに高価すぎて、すぐにあきらめました(笑)。でも、やりたいことが明確だと、いろんなことに目が向くものなんですね。ある日、車で走行中に、建築現場の事務所にあるような、ユニットハウスの中古販売会社を発見したんです。「これなら!」とまた夫と見学に行きました。聞くと、希望に合わせて採光、換気、配水にも配慮してカスタマイズしてくれるし、土台工事も建築許可も不要。設置サイズは駐車場1台分の広さからOKだと! 自宅の駐車スペースに設置すれば家賃もかからないし、ハウスの真下にマンホールを新設すれば、配水処理も問題ないことがわかりました。
うちの周りは戸建ての多い住宅街で、犬を飼っている人もたくさんいらっしゃいます。短毛種ならカット不要で、しっかり洗って乾燥するだけでOKの犬種も多い。ただ、いくらシャンプーがメインとはいえ、自分の経験則や独学だけではダメだと思い、プロのトリマーさんにお願いして、2日間の個人レッスンを受けました。シャンプー技術や基本的なカットだけでなく、犬の体の構造、肛門腺(臭い腺)絞りなど、健康チェック法も教わったのです。実はその1年前に、初代のベティを病気で亡くしていまして。シャンプーの時に全身をくまなくさわりながら健康チェックすることで、病気の早期発見確率が高まることを学んでいました。シャンプーは単に清潔にするだけではない、健康管理もでき、大切な家族とのきずなも強める役目がある。そんな使命感も生まれました。
開業したのは、最初の発案から1年後。「お客さんが誰も来なくても、うちの子たちを洗う専用スペースだと思えばいいよね」くらいの気持ちで、週末だけの営業で始めました。開業前に夫婦でチラシを500部ポスティングしたのですが、それよりも、開業後のクチコミ効果が大きかった。お客さんがお散歩先で、「なぜいつもきれいなの? どこのサロン?」と聞かれるそうなんです。それでうちのお店のことを伝えてくださる。「追加料金なしのポッキリ価格で、シャンプー類やタオルにもこだわっている、送迎サービスもある」って。今では月平均100頭のお世話をしています。お店のつくりも功を奏したようです。一般的なペットサロンはカットがメインなので、ガラス越しにカットの様子を見せていますが、肝心の洗い場は店の奥で、表から見えないんです。うちは、通りに面した壁面を引き戸の出入り口にし、前面ガラス張りで奥の浴槽まで見渡せる。価格も現場も何もかもオープンなのが良かったのかなと思います。
週末起業で始めて、本格始動したのは2年後です。段階を踏みながら、いろんな経験を積めたのが良かったのだと思います。お客さんからの要望で、自宅でのお泊まりサービスも始めました。価格は預かり時間計算ではなく、1泊は1泊料金のポッキリ。計算するの面倒ですし(笑)、ポッキリ価格のほうが気持ちいいでしょ。急なお出かけを余儀なくされる葬儀や介護などのご利用が多いです。ほかにも、ペットの食事のこと、健康管理、病気、悲しいお別れ、いろんな相談を受けます。これからも飼い主目線で、できることをもっと提供したいし、また犬にとっても本当に嬉しいことを最優先に、ますます知識と技術を習得しながら頑張っていきたいです。夫ともよく笑いながら話すのですが、「蔵は建たないけれど、独立して幸せだね」って。飼い主にもワンちゃんにも喜ばれる日々を過ごしながら、人とのつながりが確実に広がっていますから。それが何より楽しいです。楽しんでやっているから、自然と楽しいお店になって、その結果、皆さんが集まってくださる。地域コミュニティの役割を担えていることも嬉しい発見です。
夫と「定年退職後に、夫婦ふたりで何か一緒にやりたいね」と話していた時に、偶然、シャンプー専門のペットショップを見かけたんです。我が家で当時、初代のコーギー犬を飼っていて、自宅で洗うとお風呂場の排水溝に抜け毛がたまって大変だし、乾かすのも時間がかかる。かといってペットサロンは料金が高く、何かあると追加料金も加算されて高額。しかもどんなふうに洗っているのか、何で洗っているのかもわからない。同じように不満に感じている飼い主もいるんじゃないかと。自宅で開業できる専用機材やユニットハウスに出合えたことで、無理せず身の丈に合った仕事ができると考え、独立を決意しました。
500万円です。ドッグバス、スプラッシュドライヤー、ドライヤーゲージ(自動乾燥機)などの機器類に150万円。ユニットハウス本体とその改造費、運搬設置費で117万円。マンホールの新設と排水工事、水道・ガス・電気・エアコン工事で50万円。タオル類、シャンプー、リンスなどで20万円。洗濯機と乾燥機で15万円。送迎用の中古の軽自動車と看板費用で50万円。あとは、トリマーさんから個人研修を受けた際の謝礼、動物取扱責任者研修費と登録料、運転資金などです。
国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)から400万円を借り入れ、残り100万円は自己資金の貯蓄を充てました。
子どもたちは「やりたいことを見つけて良かったじゃない」と言ってくれています。親として口うるさく言う時間が減ったので、きっと「もっけの幸い」ぐらいに思っているのではないでしょうか(笑)。一番の気がかりは、住宅街の中なので、ご近所さんにご迷惑がかからないか、という点でした。幸いにもご近所の皆さん、とても好意的で、感謝の気持ちでいっぱいです。
不安はまったくなかったです(笑)。自宅ですから家賃も不要だし、多額の仕入れや在庫を抱えるわけでもないですからね。会社を起こすならきっと売り上げ目標とか事業拡大とかを目指さなくてはいけないでしょうが、最初から自分のできる範囲内でやろうと決めていたんです。利用者がいなくても、「うちの子を洗う空間ができたと思えばいいよね」と思っていました。ひとつ気がかりだったのは、犬の鳴き声が周辺住民の方々の迷惑にならないかということ。でも、この地区は米軍の厚木基地に近く、全戸防音窓なのが幸いでした。とはいえ、常に細心の気配りはしています。
自分が「あっ!」と思ったら、じかに訪ねて、素直に教えていただくこと、情報を収集することが何よりも役に立ったと感じています。最初に見かけたシャンプー専門店も、そこで教えてもらった機材の輸入販売会社も、開業前に個人指導をお願いしたトリマーさんもそうです。また、私自身が犬の飼い主でもあるので、その立場や目線で自分が嬉しいサービスを提供すること、実践してきたことも、今、大いに役立っています。
夫です。「こうしたらどうだろう」というようなアイデアレベルでも、何でもふたりで話し合って決めてきました。今は自分が飼い主から相談を受ける立場でもあるので、信頼できる顔なじみの獣医にも相談しますし、犬関連のセミナーにも積極的に参加し、知識や情報を常に吸収するよう努めています。
車での送迎中に、預かった犬がほんのわずかな隙間から逃亡してしまったことです。姿は見えるのに、名を呼ぶと逃げてしまう。その繰り返しで……。飼い主が呼んでも逃げちゃう。結局、その犬は行方不明になってしまって……。するとその飼い主が「原さんの責任じゃない。あの子の意志だから、もういいですよ」と逆に慰めてくださって。ところが、飼い主が自宅に戻ったら、玄関でちょこんと座って待っていたと。心底ホッとしました。別の子の脱走時には、たまたま同じ犬種を飼っている方が、国道を走っているのを見かけて車で追いかけてくださり、さらに停車中のトラックの運転手さんも協力してくれて、噛まれながらも保護。ありがたかったです?。
うちでは迷子になった犬を預かることも多々。珍しい犬種ですぐに飼い主が名乗り出ると思ったら、近隣各市の動物保護センターに連絡しても見つからず2週間。「もしや販売店で見た子かも」と情報をいただき、店に問い合わせたら、外人さんが以前に購入し子ではないかと。厚木基地に問い合わせ、通訳を介して、その方が飼い主と判明し、無事に再会。また、雑種の迷子犬の時は、布製の首輪から、農家さんかお年寄りの家の子だと推測して、JAと郵便局に張り紙を出して無事に再会。1頭の犬のために実に多くの人がご協力くださるんですよ。何にせよ、1頭の犬を通じて、人のご縁や優しさに触れる感動的な体験を何度もできることです。
自身のこれまでを振り返ると、不思議なほどに、ご縁だなぁと感じることが多いんです。出発点は、「やってみようかな」という漠然とした気持ちでいいのだと。大切なのは、その後。いかに縁を生かして、創意工夫や努力を継続し続けられるかです。定年後に何か地域の活動を始めたいという同世代の方もいると思います。私のように身の丈で、自宅で起業することで、コミュニティづくりにつながるケースがあることを知っていただければ、嬉しいです。ひとりよがりにならないよう、周囲の反応や指摘を素直に受け入れることはもちろんですが、まず根本は、自分自身が楽しいかどうか。それが一番大切ではないでしょうか。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報