おおいし・ゆきのり/福岡県出身。松下電工(現・パナソニック電工)で経理に従事し、在職中に中小企業診断士を目指し、2年間かけて合格。徐々に独立への意識が芽生え、資格取得2年後に独立。趣味は読書とドライブ。「中小企業診断士 独立開業研究会」2代目会長も務めている。
専門資料が入手しやすい本屋街・東京の神保町に15坪のオフィスを構えている。スタッフ全員が中小企業診断士を目指しており、大石氏のことを「目標とする存在」と語る
中小企業診断士の資格を取ろうと決意したのは、入社4年目のことでした。同期の中で一番出世したいと思っていたのですが、とても優秀な人がいて、このままでは勝てそうにない。どうすれば彼を超えられるか考え、自分の仕事にプラスにもなる中小企業診断士取得を目指そうと思ったのが正直なところです。勤務先が社員の自己啓発を推奨しており、資格を取得するだけではなく、そのためにチャレンジするプロセスも評価してくれる会社だったこともありまして。それで、資格受験のための専門学校へ毎週日曜日に通い、平日は帰宅後か出社前の早朝を使って、毎日2時間勉強。飲み会の翌日の早起きはかなりつらかったですが、職場で「資格を取得する」と宣言していましたから、後には引けません。正直、めげそうになる時もありました。しかし、勉強すればするほど、これだけの時間と労力をかけたのだから無駄にしたくないという思いが強くなり、2年がかりで合格。資格取得後も、この資格で独立しようとは思っていませんでした。
そもそも、中小企業診断士を目指した第一目的が自分の社内評価を上げるためでしたし、当時の僕は、職場にも仕事にも満足していて、会社を辞める気はさらさらなかったんです。入社以来、経理部門の中でも僕は営業所経理で、その当時は、拠点トップである所長の右腕のような位置付け。決裁権もあり、営業所経営にもじかに参画できたため、責任もやりがいも十二分に感じていましたから。職務上、幅広い専門知識を求められるので、簿記やシステムアドミニストレーターの資格も取得してきましたが、総合的に経営全体を見ることができる中小企業診断士を目指したことは、今考えても自然なことだったと思っています。
卓上の小型プロジェクターやボイスレコーダーなどは、訪問時に必ず持参するという仕事の“7つ道具”たち。現在、建設業や製造業など9社と契約し、心血を注いでいる
独立を考えるようになったきっかけは、不景気の影響で、社内システムが変化したことでした。経費節約の一環として、経理部門が一極集中化されたのです。それまでは、営業所の経営に深く携わってきたという自負があったのですが、センター化されてしまい、たまに営業所に顔を出すと、どこか「本社からのお客さま」。経理の単なる“事務屋”になったような気がして、やりがいが薄れていったのです。一方、若手診断士の交流会「中小企業診断士 独立開業研究会」に参加していて、そこで同世代の診断士が独立して頑張っている姿を見聞きし、徐々に独立意欲が芽生えていきました。とはいえ、これまで会社で築いた一定の評価も収入も安定も捨てるのは不安です。「いや、やはり会社を辞めて独立しよう」と決めてからも、今日こそ退職の意思を上司に伝えようと出社するのに、結局言えないまま帰宅する……。そんな日々が半年以上も続きました。どんどん元気がなくなり、妻にも心配される始末……。後悔だけはしたくない。決めるのは自分。ともかくこの悶々とした思いにケリをつけようと、最後は「エイヤッ!」で退職を申し出たのです。
独立1年目は、スクールの講師や原稿の執筆、マーケティングリサーチなどの仕事が主でした。中小企業診断士は本来、中小企業を対象にしたコンサルが生業のはずなのに、です。いってみれば、食うために仕事をしているという状態。心のどこかに、「自分は大企業しか知らない。中小企業のクライアントに受け入れてもらえないのでは」という気おくれがあったんだと思います。やはり中小企業診断士として独立したのだから、中小企業のコンサルティングで生計を立てようと決意したのは、独立2年目のこと。スクール講師の仕事を断り、思い切って方向性を修正。もちろん、売り上げは激減。正直、怖かったですし、会社の口座残高が2万円ほどになりましたが、覚悟を決めたのです。
そんな頃に出会ったのが、長年にわたり中小企業の再生支援をしてこられた税理士・森井義之先生でした。先生のセミナーを受講し、感動して、ぜひこの人のもとで学びたいと、森井先生に“かばん持ち”を申し出たのです。が、「私のクライアントを君の教材にはできません。自分に何ができることを見つけてきなさい」と。そこで、森井先生の訪問先を調べて事前に資料を作成したり、訪問後には議事録を提出したり、自分ができる役割を提供することで、2年間勉強させてもらいました。その経験から、コンサルの基本となる経営観を自分の中につくることができたのです。この時に本当の意味で「中小企業診断士として独立した」といえるのでしょう。その後、コンサルの仕事も徐々に増え、中小企業診断士を目指すスタッフも雇用し、2008年には「中小企業診断士 独立開業研究会」の2代目会長も引き継ぎました。
この研究会は、前会長の辻井啓作さんが私的に創設した若手診断士のための会で、現在157名の会員がいます。入会金なしで毎月の勉強会の参加費1000円ですから、会長とはいえ労多く、まったくのボランティア。でも、僕だって紆余曲折を経てきましたし、辻井さんに後押ししてもらったように、ひとりでも多くの診断士を世に広め、後輩の独立を支援し、社会貢献していくことも自分の責務だと感じています。そして今、僕自身はもっと人の心を理解できる診断士を目指しています。企業は人の集まりであり、企業を変えるためには人を変えなければいけない。そのためには人が心の中で何を欲しているのかを理解する必要があるんです。心理面だけにフォーカスしたコンサルタントはいますが、企業再生のためにはやはり、ビジネス全般をトータルに網羅する知識が不可欠です。その意味でも、やはり中小企業診断士の役割は大きい。もっともっと人の心を知る力を身に付けて、新しいかたちの中小企業診断士を目指し、後進にもぜひ伝授していきたいと考えています。
もともと独立志向があったわけではなく、勤務先での人事評価を高めるために中小企業診断士を目指しました。取得後も、独立するつもりはなかったのですが、社内のシステムが変わり、それまで感じていたやりがいや営業所との一体感が薄れたのです。また同時期に、診断士として独立して活躍している同年代の姿に憧れを抱くようになって。散々悩んだ末に、「今、自分は31歳。ここで独立してやってみて、もしもダメでも35歳を区切りにすれば再就職したっていいじゃないか。これほど悩むくらいなら、まずはこの思いにケリをつけよう」と独立を決意しました。
30万円です。ノートPC、レーザープリンター、デジカメ、ボイスレコーダーなどを購入しました。独立当時は自宅をオフィスにしていたので家賃はなし。ちなみに、診断士受験のための学費は2年間で約80万円でした。教育訓練給付制度を利用したので、修了時に受講料の一部、約20万円が手元に戻りました。
貯蓄を充てました。
妻は、会社を辞めるかどうか悩んでいた時も心配してくれて、「そんなに悩むなら、好きにやってみれば」と後押ししてくれました。一番反対すると思っていた父は、「そういう時代だ」(大企業も変革の時期)と応援してくれました。驚いていたのが会社です。期待してくれていたのでしょう、「まさか!」という反応で。役員は、「大手企業しか知らないだろう。まずは子会社に出向して、5年後に独立したらいいじゃないか。だから残れ」と言ってくれましたし、定年退職した元上司が自宅にまで説得に来てくださいました。本当にありがたかったのですが、一度宣言したことをひるがえしたくありませんでした。今後生きていくうえで、自責の念になると思ったんです。なので宣言した後は、どんな慰留の説得にも、僕の決意は揺らぎませんでした。
独立する覚悟ができた後も、会社に辞意を表明するまで半年以上かかったほどですから、相当に不安でした。中小企業診断士の専門分野や必要な知識はわかっていても、独立後の具体的なイメージができませんでしたから。2005年にブログを始めていますが、そんな自分の経験を少しでも後進に生かしてもらおうと思ったからです。
会社員の頃から、いくつかの勉強会や交流会に参加していましたが、一番役に立った情報源はリアルな実体験を見聞きできた「中小企業診断士 独立支援研究会」です。この会は、20代、30代の若手の中小企業診断士の独立をサポートするために、初代会長だった辻井啓作さんという方が個人で立ち上げた私的な会。月に1回の勉強会とその後の懇親会があるのですが、すでに独立して頑張っている同世代の診断士の人たちとざっくばらんに交流でき、仕事ぶりや醍醐味、課題、苦労などを聞かせてもらったことが役立ちました。何よりも、自分も独立しようと奮い立たせてくれましたね。
独立前は、受験のための専門スクールTBC受験研究会のスタッフや講師にも相談しましたし、「中小企業診断士 独立支援研究会」の初代会長や同世代の仲間も良き相談相手でした。独立して3年目に、税理士であり経営コンサルタントだった森井義之先生に出会い、かばん持ちをしながら学ばせていただいたことが、今の自分のベースになっています。森井先生と出会うまでは、自分は中小企業診断士でありながら、「中小企業をサポートする」という仕事に自信が持てなかった。その意味でも、森井先生と出会ってからが、真の意味での「中小企業診断士としての独立」だったと思っています。今も恩師であり、最も尊敬している方です。
独立2年目だったか、診断士の仲間3人で事務所を借りたのですが、半年でケンカ別れして、飛び出してしまいました(笑)。原因は方向性の違いです。今はもう許していただいていますけど。それからすぐ、ひとりでオフィスを借りて、2日間かけて自分で内装工事して、直後に診断士を目指して勉強中のスタッフを雇うことになりました。その時に、一緒に昼飯を食べる仲間がいるだけで、こんなに嬉しいものかと自分でも驚いたんです。これは、次の項の「独立して一番良かったこと」に続きます(笑)。
日々、お客さまに感謝され、しかも対価を得られること。これは会社員の時に感じていた以上の喜びがあります。また、「独立して一番困ったこと」の続きですが、ひとりで黙々と仕事をした経験があったからこそ、現在スタッフ3名の仲間がいることの喜び、意義を実感できていると思います。最初は、雇用すれば人件費も必要ですから、自分にはまだ無理だろうと感じていました。が、スタッフがいることで、自分は注力すべき業務に集中できるというメリットのほうが大きかった。大きな仕事もスタッフがいれば受けることができる。また自分にとっても、個人事業主から経営者へのステップアップとなりました。仲間がいることで、ひとりではない強みを日々実感しています。
決めたことを宣言することが、初めの一歩だと思います。僕も診断士を目指している時に、めげそうになった時もあったし、会社を辞めるかどうか散々悩みました。でも、「やる!」と宣言したからには、後には戻れません。その勇気を持つためにも、実行した場合と、実行しなかった場合に「得られるもの」「失うもの」を書き出してみることをお勧めします。紙に書き出して目で見ると、頭の中で考えていることが明確になり、自分が納得できる答えが見えてきます。人の考えは日々ぶれることもありますが、書いたものは残り、見直すことで初心に戻れる効果がある。独立前も独立後も、ぜひ試してみてください。また、中小企業診断士が社会から必要とされていることは間違いありません。人と人のつながりを大事にして、ぜひ資格を生かしてほしいと思います。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報