先輩たちの独立事例集

先輩たちの独立事例集


澤 曉史さんの写真

無農薬・有機で育てる
"やさしい野菜"研究家

福岡県岡垣町
澤 曉史さん(36歳)

さわ・あきふみ/福岡県出身。大学卒業後、大学職員として6年4カ月勤務。農業に興味を持ち、農家で1年間修業後に独立。農薬や化学肥料を使用しない"やさしい野菜"を栽培し、個人宅や飲食店、直売所で販売中。情報誌『九州のムラへ行こう』でコラムも執筆。

独立準備のがんばりどころ

現状維持の生き方に疑問を感じ、未経験の農業を志して隣市へ家族で移住

写真

100坪のビニールハウス2棟では夏野菜のメインであるトマトやバジルが間もなく最盛期に。収穫準備の合間に、オクラ、ナス、キュウリなど次期の苗づくりに余念がない

「今の仕事を一生は続けられない」。そう思った自分に素直になろうと、次の仕事先などを考えずに退職しました。自分で汗をかかずに給料をもらっていることに、どこか抵抗があったのかもしれません。自分は何がしたいのか? 何がいいのか? 退職してから模索し始めました。その時ちょうど『13歳のハローワーク』を読んで、出合ったのが農業です。「農業ならやりがいがある!」。そう感じました。でも、実家が農家というわけではなく、ツテもない。それどころか、僕はくわを手にしたことも、土いじりをしたことすらない。農業って、一体どうやって始めるんだ? そのスタートラインがどこかもわからない。専門書や本を読んだり、ネットで検索して勉強しましたが、「実際にやってみないとわからないな」と感じたんです。

そこで、学生時代のラグビー部の仲間に相談に出向きました。その友人が住んでいたのが、今、僕が農業をして暮らしている、ここ岡垣町です。友人に話し、その親族から知り合いの農家を紹介してもらい、翌月から週3回、車で片道1時間かけて通うことに。通い始めて2カ月後には、いっそこの町で暮らそうと家族で引っ越してきました。今5歳になる長女が、まだ妻のおなかの中にいる時でした。

量より質にこだわり、生で食した時のおいしさで勝負できる品目をメインに

写真

作業専用の建物がないため、トラクターはビニールハウス内に駐車。300坪の畑のほか、今夏から隣市にある「正助ふるさと村」の約400坪の畑での栽培も開始

農作業を手伝いながら、見よう見真似で農業の基礎を学ばせてもらいました。最初は、ひとつの作業でもその目的や意図がわからず戸惑いましたが、徐々に、一つひとつの作業には必ず意味があり、そのためにも計画的に段取りをすることの重要性も少しずつ理解できるように。1年間、米、麦、野菜、果実などの作物の育成を体験。その農家をとおして、地元の農家グループにも参加させてもらいました。そして、農家グループて知り合った農家の仲介で、畑を貸してもらえることになったのを機に独立。広さ300坪で水路もある畑です! これは嬉しかったですね。休耕地とはいえ、見ず知らずの人間に大切な土地を貸してくれる人はなかなかいませんし、農作業には水が必要です。土地だけ借りられても、一から水路を引くとなれば相当な費用がかかりますから。

修業先の農家では、農薬や化学肥料も使っていましたし、僕もはなから全否定するのではなく、自分で体験してみて、やはり使用しないほうがいいと決断。農薬も化学合成肥料も使わない野菜づくりをしようと決めて実践しています。そのほうが自分らしいし、体にやさしくて、おいしい野菜を望むお客さんは必ずいるはずだと信じたからです。独立初年度は、自分が食べたい野菜を中心に栽培(笑)。でも、翌年からは多品種少量生産に変更しました。スーパーで大量に並ぶような品目だと、どうしても価格で選ばれてしまって、僕のようなひとり農家は耕作面積も小さいですから太刀打ちできません。そこで、生で食べて味の違いがわかりやすい品目に絞ったのです。販路は、市場を通さず、個人宅への直販売、生産者たちでつくった町内の直売所「やっぱぁ?岡垣」で販売することに。僕の"やさしい野菜"を知ってもらえるよう、何にこだわってつくっているのか、僕の気持ちや実作業をブログでこまめに更新して紹介。直売所でもお客さんが手に取ってくださるよう、包装にもアピールシールを張るなど工夫しました。

「おいしかった」の笑顔に出合うために、人とのつながりを力にして前進!

元同僚や友人らもチラシ配付に協力してくれて、個人宅、素材にこだわるレストラン、飲食店からも注文をいただくようになりました。とはいえ、今でも順風満帆ではありません。無農薬ですから、毎日が虫や病気との闘いです。丹誠込めてつくったのに、収穫直前に全滅なんてことも……。経営的にも精神的にも厳しいことはありますが、それでもあきらめません。自分が手をかけただけ、野菜は応えてくれますから喜びも大きい。すべては自分次第。僕のわがままで見知らぬ地で暮らすことになり、仕事を辞め、出産後にまた隣市まで勤めに通っている妻が、文句ひとつ言わずに応援してくれることも大きな支えになっています。協力してくれる家族、友人、農家仲間に、いつか恩返ししなくては。そして、お客さんからの「おいしかったよ!」の言葉が何よりの励みです。次はもっと喜ばれるものにしよう!と燃えますから。そんないろんな思いが、僕を奮い立たせてくれるんです。

独立して数年は無我夢中で、畑に引きこもっていた時期がありましたが(笑)、今は外へ出て視野を広げることも大事だと思うようになりました。畑にいただけでは得られない刺激やアイデアが多々生まれるんです。「やっぱぁ?岡垣」の仲間との地域活動、子どもたちの農業体験指導、食農活動に取り組む市民グループとの連携、起業家との交流、情報誌『九州のムラへ行こう』のコラム執筆など、人とのつながりが力になっていると実感しています。生産体制や販売力など、まだまだ課題も多いですし、試行錯誤の連続ですが、農業にやりがいがあることは間違いないと断言できます。これからも、自然の恵みに、野菜に、人に感謝しつつ、自分の心に対しても素直に向き合って、頑張り続けたいと思っています。

取材・文 / 岡部 恵 撮影 / 権藤 真

ちょっと気になる10問10答

  • なぜ独立した?

    大学職員として一生過ごすことに疑問を感じたんです。収入は良かったのですが、何かが足りなかった。そう思ったら、先のことは考えずにともかく退職しようと。学内の人事異動が8月に発表されるので、少しでも職場に迷惑がかからないよう、早く退職の意思を伝えなくてはと思い、進路を考えないまま退職。その後に仕事を探していた時、農業という選択肢を見つけ、やりがいがあるだろうと感じて決めました。農家の出身ではありませんし、土いじりさえしたことはありません。でも、とにかく始めてみないとわからないと思い、友人のつての農家で修業をさせてもらい、1年後に独立しました。

  • 開業資金は?

    開業資金は250万円です。中古トラクターが100万円、軽トラックが50万円、ほか、噴霧器、ビニールハウス材、液肥代などです。借地料は年間使用料1万5000円。水道代が年間5000円です。

  • 開業資金はどう集めた?

    すべて自己資金です。貯蓄を充てました。

  • 周囲の反応は?

    職場の同僚や友人は、ただただ驚いていたようです。相談した友人の両親が趣味で野菜づくりをしていて大変さを知っているせいか、「やめたほうがいい」と忠告してくれました。ありがたかったですが、僕の意志はゆらぎませんでした。妻も「やりたいならやればいい」と反対しませんでした。今でも頭が下がりっぱなしです。

  • 不安だったことは?

    始める前からあきらめたら悔いが残ると思いました。挑戦できる環境にあるのなら、うまく軌道に乗せる方法を考えながらやればいいだけだと考えるように努めました。とはいえ正直、大学を退職した直後は進路未定でしたので不安でした。でも将来、子どもが生まれて成長すれば、きっと家を購入するでしょう。そうなったら、住宅ローンを抱えた身となり、安定した職場を退職して独立に挑戦するなんて自分はできないと思うんです。だから、子どもが生まれる前のタイミングで、この生き方を決意できて良かったと今は思っています。

  • 役立った情報源は?

    本やネットで情報収集しましたが、農業を始めるにはどうしたらいいか、いまいちピンときませんでした。それで友人に相談し、その親族の紹介で、岡垣町の農家へ修業に。そこで1年間、米、麦、みかん、野菜などの栽培を手伝いながら学ばせてもらったのです。その実体験と、移住してから始まった農家仲間との交流が、技術面では一番役に立っています。もちろん、独立後も日々勉強です。

  • 相談相手は?

    農業を始めたいけれどどうしたら始められるのかさえわかりませんでした。最初に相談したのは、学生時代に同じラグビー部だった友人です。彼が岡垣町に住んでいて、彼の両親も親身に相談に乗ってくれて、修業先の農家を紹介してくれましたし、その延長で知り合った農家が、独立する時の借地も紹介してくれました。農業を始めてからは、やはり先輩農家や、新鮮な野菜にこだわるレストランのオーナーシェフなどです。今は相談というよりも雑談の中からヒントやアイデアをいただくことが多いです。

  • 独立して一番困ったことは?

    農業を始めてしまったことでしょうか(笑)。というのは半分冗談ですが、私は農薬も化学肥料も使わないので、それだけ手間も労力もかかりますし、生産効率が良いとは決して言えません。手塩にかけて育てて、収穫間際で害虫により全滅なんてこともありました。ですが、企画から生産、販売まで、自分で考え、思ったとおり自由にできる。それが農業の面白さでもあり、厳しさです。やり方は自由ですから、自分がやりたい方法で、いかに結果を出すかだけ。食べることは人間に不可欠なことなので、チャンスはあると思いますし、やりがいも十分に感じています。

  • 独立して一番良かったことは?

    自然の恵みを日々感じられること。自分が尽くしただけ、いいものができること。人のせいにせず、すべてが自分次第だと実感できること。同じ野菜でも、同じ苗であっても、個性があり、毎年条件が同じではなく、常にベストな方法を考え続けなくてはいけないこと。収穫して仕事が終わるのではなく、企画から計画、栽培、生産、収穫、そして販売まで、一貫して自分で行うので、とてもシンプルな商いの基本だと思えること。お客さまからじかに「おいしかったよ!」と喜んでいただき、それで対価がいただけること。どれも会社勤めでは味わえない喜びだと思います。どれが一番かは決められません。

  • 独立を志す人へのメッセージ

    僕自身は、退職してから進路を考え、農業を志したので、つくづく「回り道したな〜」と思います。そんな僕が言うのも何ですが(笑)、会社員の時に、独立してまでやりたいことが見つかったのならば、勤めながら余裕を持って独立準備することをお勧めします。でも、僕のように、勤めを辞めてから考えるのもアリだと思いますよ。自分自身にしっかり向き合うことで、出てくる答えもきっとあるはずですから。

設立
2005年9月

開業資金
250万円

従業員数
1人

年間売上高
180万円(2009年12月実績)

アクセス
http://shower.blog.ocn.ne.jp/about.html


アントレnet で独立の道を見つける!

独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報

・会員登録がまだの方
会員登録
・アントレnet会員の方
ログイン

INDEX(インデックス)

業種は?

独立前の仕事は?

独立前の年齢は?

ページの先頭へ