すずき・てつや/茨城県出身。大学卒業後、大手証券会社に30年間勤務。顧客向け情報の企画を担当し、退職直前は系列銀行のセミナー講師として年間250日を全国行脚した。地元プロサッカークラブ「浦和レッドダイヤモンズ」の熱烈サポーター!
「肉球」という言葉につかまれた通行人が、ガラス越しに焼く様子をのぞいていく。肉球つながりで、常連客の多くがペットオーナー。具材ナシの犬向け裏メニューもある
独立を模索しながら10年ほど過ぎた時、リーマン・ショックが起きました。証券会社に勤めていましたから、世界は一変! 私自身もお金に対する信頼や価値が崩れ、もっと大切なものがあるのではないかと。人が愛おしく感じるものは不変ですから、それを象徴するものは何かと妻と突きつめて考えていったら、動物の「肉球」に行き着いた(笑)。実は、肉球グッズは人気があって、すでに玩具などたくさん商品化されています。が、調べてみると食べられる肉球関連商品はまだ登場していませんでした。そこで、手軽な食べ物で、中身の具材を変えれば、商品バリエーションが豊富に出せる、タイ焼きの肉球バージョンを考案。勤務先が発表した早期退職制度に、我れ先にと手を挙げました。
退職前から、自治体の起業家支援機関「埼玉県創業・ベンチャー支援センター」に相談していました。創業者向けのセミナーにはどれだけ通ったかわからないほどです。アドバイザーへの相談も10回以上はしていると思いますね。起業の基本から事業計画書の作成法、Webサイトのつくり方、事業に関わる税法など、起業に関するありとあらゆることを教えていただきました。商品名の「肉球ぷにゅぷにゅ」は商標登録しているのですが、その申請も弁理士に依頼できました。
定番のあずき、白いんげん、ブルーベリー、スイートポテト味のほか、期間限定品も用意。肉球部分には求肥(ぎゅうひ)を乗せ、ぷにゅぷにゅ感をさらに倍増!
「肉球ぷにゅぷにゅ」のデザインは、肉球のイラストを得意とする会社をネットで探して依頼。猫の肉球のようにも、犬のようにも、熊のようにも見える、ユニバーサルな肉球デザインにするために、かなりこだわって何度もつくり直してもらいました。肉球型の鋳型は、せっかく埼玉県に暮らしているのだから、できるだけ「埼玉」を意識しようと、鋳物の街として有名な川口市の商工会議所に相談。ところが、紹介してもらった鋳物工場の方は、東京オリンピックの聖火台をつくったことでも知られた有名な職人さん。なかなか首を縦に振ってもらえず、半年近くかけて通いつめて何とかクドき落としました。鋳型がないことには商品ができませんし、ヒヤヒヤもんでしたね。
粉や具材に使う食材は国産にこだわり、あんこに使う小豆は全国から20種類ほど取り寄せて、北海道産のものに決定。ブルーベリーは埼玉県内で頑張っている若手の農園のものを活用。もう試食、試食の繰り返しで4kg太りましたよ(笑)。ただ、開業準備は会社に勤めながら行っていたのですが、出張ついでに食材卸業者さんと会って話を進めることができたのは好都合でしたね。おかげで、安全な国産食材を納得いくまで吟味できましたから。また、お客さまの心を早くつかむには、キャッチーなビジュアルが必要だと勤務先の企画職を通して学んでいたので、以前、仕事でお付き合いのあった証券会社出身の漫画家、岡田がるさんにキャラクターづくりを思いきって依頼。そうやって、勤務先で培ったノウハウや人脈などの資源をうまく活用していきました。
一番苦労したのは、店舗物件探しです。路面店を探したのですが、なかなか見つからず……。焦っていた時、フリーマーケットに出かけた際に、偶然現在の物件を発見! ここはビルの2階ですが、さいたま新都心駅と北与野駅をつないで「さいたまスーパーアリーナ」に向かうぺデストリアンデッキ(歩行者回廊)に面しており、路面店といえなくもない。歩行量調査をすると、利用者の少ない北与野駅寄りのため、ちょっと厳しい印象でしたが、「さいたまスーパーアリーナ」でのイベント開催時は人がごった返しますから、通行人の足を止める企画力で勝負しようと、この物件に決定しました。たとえば、浦和レッズの試合がある日は「敵を食らう」という意味で、相手チームをテーマにした具材を「肉球ぷにゅぷにゅ」に入れたり、「さいたまスーパーアリーナ」でライブがある日は、そのアーティストにちなんだ具材で話題性を出すことで、お客さまを取り込む努力をしています。
まだ開業したばかりですが、おかげさまで肉球ファンの方にネットなどのクチコミで広げていただき、新規来店者が増えています。今のところ「肉球ぷにゅぷにゅ」は温かいスイーツですから、売り上げ低下がいなめない夏対策としての肉球型アイスモナカや、家庭での親子おやつづくりを応援する「肉球ぷにゅぷにゅ手づくりキット」のネット通販なども計画しています。それら以外にも、肉球をモチーフにした様々な食材を企画したいなと。「美味しかわいい」で、もっともっと世の中に癒しや喜びを届けていきたいと思います。
退職する10年ほど前から、社会的貢献度が高く、もっとお客さまに喜ばれる仕事がしたいと独立を考えるようになってきました。自分はどんなポストまで行けて、組織人としてどんな引退をするのか。先輩たちの姿から見えていましたし、自分らしい違った生き方がしたいという思いもありました。そんな時にリーマン・ショックが起きて、環境が一変! 勤務先は希望退職者を募りました。「100年に一度のピンチ」と言いますが、私にとってこれは「100年に一度のチャンス」だと。これまで、年間のほとんどを出張で家を留守にする生活だっただけに、改めて家族は一緒にいるべきだという思いもあり、事業をするなら家族一緒にやりたかった。なので、家族には独立したいと常に語っていたんです。おかげで、妻も息子も私の事業に全面協力してくれることに。独立に向けて、人、お金、タイミングなどすべてのカードがそろった感じでした。
1200万円です。店舗取得費が300万円、内外装工事費が200万円、機材・備品購入費などが400万円、ホームページ作成のためのパソコンソフト代や雑費などが100万円。残りの200万円が運転資金です。
早期退職制度を活用しているので、その退職金を充てています。
前職の同僚などにはまったくの内緒で始めていますから、私が肉球スイーツを売っていると知ったらビックリでしょうね(笑)。両親は何も言いませんでしたよ。さすがに30年も勤め人をやってきましたからね。「好きにすれば」と。賛成もしないけれど、反対もしないといった感じです。妻や息子に関しては、私の事業の手伝いをしてくれることになりましたから嬉しかったですね。私ひとりだけの発想ではかたちにならなかったでしょうし、妻の女性としての発想、息子の若いバイタリティが本当にありがたいです。身内なので人件費もかかりませんし(笑)。
漠然としたものですね。開業前にブログを始めていて、「こんな店をやる」とか「いつオープンする」だとか書いているわけです。「言ったからにはやらなくちゃ!」という後押しになりましたが、その一方で「言っちゃったけど、本当に自分はできるんだろうか?」という不安もあったわけで。この不安との闘いでしたね。
「埼玉県創業・ベンチャー支援センター」です。独立を考えた時から、ここで開催するセミナーには何度も足繁く通いましたし、アドバイザーと膝を付き合わせてみっちり開業アドバイスをしていただきました。開業に関する書籍を紹介してもらったのも、ここ。ホームページは必ず開設したほうがいいと教えてくれたのも、ここ。すべてはこの施設で始まりました。しかも、この施設に近い場所に店を構えたので、アドバイザーが今ではお客さまになっていただいた。ありがたい限りです。
先ほども言った「埼玉県創業・ベンチャー支援センター」のアドバイザーと、あとは妻ですね。開業してからの新商品開発に関しては、お客さまですね。具材に何を入れたらいいかなど、「なるほど!」というアイデアをたくさん教えていただいています。
店舗オペレーションについて勉強不足だったことです。最初はてんてこ舞いでした。ただ、スタッフの学生はコンビニなどでのバイト経験が豊富。レジや掃除の仕方などは若いスタッフが他店で学んできたノウハウを取り入れさせてもらいました。
自分の考えをすかさず経営に取り入れられることですね。自分の事業ですから、突拍子もないアイデアだってすぐ実行できるのは幸せです。もうすぐ受験シーズンなので、頑張る受験生を応援したいと合格神社を店内に設けたり、受験生に人気のKの頭文字のチョコレート菓子、桜あん、クランチチョコの3つの味の「キット、サクラ、サクッ!」シリーズを用意する予定。こんな遊び企画を思いついたらすぐできるのも、独立しているからこそ。勤めていたら、どれだけ企画書をつくり、いくつハンコを押してもらわないといけないか! しかも、いいところまでいったのに、却下されたりもする(笑)。それを思うと、なんて幸せなんだと思いますよ。
まだ独立して間もないので、わからないことも多いですが、事業規模に関係なく、企業理念をつくっておくべき。理念は、そもそも何のためにこの事業をやっているのかという理由になりますから。ジャッジに困った時、トラブルに遭った時の判断材料になったり、心の支えになると思います。また、社会に貢献する事業かどうかを考えることも大事。社会に貢献しなければ、事業って継続できないと思いますから。美味しいと言われる食べ物はありますが、「肉球ぷにゅぷにゅ」は美味しいうえに「かわいい」「癒される」と喜ばれる。そんな食べ物はそうありません。喜ばれるということは、小さくても社会に貢献しているわけで、そんなお客さまの喜びを私は支えにしています。事業は継続してナンボ。続けていくためには、事業に対する思いが大切だと思います。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報