よしだ・ただお/東京都出身。父が趣味としていた盆栽に幼い頃から親しむ。高校卒業後、空港消防士、福祉車両運転手などを経て、移動販売形式での盆栽店を思い付き独立。現在、日本橋、銀座、六本木、下北沢などに出店。自宅兼工房で猫10匹と同居中。
移動店舗ではバイクに積める40鉢ほどを常備。鹿児島・桜島の溶岩石を鉢代わりにした「エコ菜」シリーズ500円?。写真左奥の10年ものの松「真柏」で1万5000円
父は会社員で、趣味の盆栽を副業にしていました。その影響で、子どもの頃から身近にあった盆栽が趣味に。将来は盆栽の仕事だけで食えればいいなぁとは思っていましたが、父やその仲間たちが本業にできない状況を見ていましたので、そうとう難しいんだろうなと。ですがある日、宅配ピザのバイクを見た時に、ひらめいたんですよ。移動販売でこちらから売りに行けば、もしかして本業にできるのではないかと。移動手段に軽自動車も一瞬考えました。バイクより積める量も多いし、移動時の安定性もいい。ですが、初期投資の費用や維持費、出店場所などを考えると、やはり融通が利くのは断然バイク。さっそくインターネットで調べたら、中古で宅配ピザのバイクのように安定した荷台付きの3輪バイクがあることがわかり、それで独立しようと決意。
まずは、東京都公安委員会に行商許可を申請し、盆栽の買い取りをするために古物商の資格を申請。調べてみると、盆栽の買い取り時に古物商の資格が必要なのです。盆栽というのは、趣味にしていたご本人が亡くなり、遺族が盆栽の管理ができず困って手放すケースが多いんですね。その場合、鉢の部分が古物扱いになるんですよ。これまでは趣味の仲間内での取り引きでしたが、本業とするならば、やはり古物商の資格は必要だと考えました。
工房の裏庭で一つひとつていねいに全部手づくり。高額な盆栽や大きな種類も数多く手がけており、オーダーメイドや栽培指導も。電話予約すれば工房訪問もできる
申請から取得まで半年間、仕事の休みを利用して、出店場所の下見と交渉に出向きました。同じ街でも場所によって人通りが違いますから、通行量と出店場所のチェックは必須です。屋根があるか、ほかの行商がいないか、夕方以降の光源はあるか、などを主に見て回りました。当初想定していたターゲットは中高年で、日本橋か銀座で始めようと決めていました。銀行や証券会社が多く、閉店後の夕方から出店すれば、ちょうど会社帰りの時間帯にも合いますから。商材は、お客さんが手軽に買えて持ち帰れる、手乗りサイズの江戸盆栽。小さいながらも、日本の四季の風情が楽しめるのが魅力なんです。自宅近くにある花木専門の大田市場で小さな鉢などの資材を買ってきては、松、紅葉、花もの、実ものなどの江戸盆栽を製作。古物商の申請承認が下りた翌月に勤務先を退職し、まずは日本橋でスタートしました。
販売時の衣装は江戸盆栽の趣に合わせて、和風のものを用意。通行人の目を引き、足を止めてもらうには、商材と衣装と看板がワンセットで違和感なく、いかにその場の雰囲気をつくれるかと考えてのことです。いざ、販売を始めてみると、想定していた年齢層よりも若いお客さんが多いことがわかりました。そこで、日本橋と銀座に加え、渋谷、六本木、下北沢、最近では青山にも出店しています。朝昼夜の時間帯や、街によって客層が異なるので、時間帯と場所に合わせて盆栽の種類も変化をつけています。
商材や衣装が街のイメージに合ったのか、日本橋では町内会の方に認めていただき、今では日本橋の橋のたもとで販売させてもらっています。手のひらサイズの江戸盆栽は、シリーズで買い求めてくださるお客さんが多いのも特徴で、一度買ってくださると、リピーターになってくれます。「前に買ったのは今こうなっている」と状況を報告してくださるお客さんもいます。なじみ客の専門学校の学生さんから、「無料でいいからWebサイトをつくらせて」と言っていただき、2008年にはWebサイトもオープンしました。盆栽の移動販売を行う同業者はほとんどいないので、更新もせずSEO対策もしていないのに、「盆栽、買い取り、移動販売」でワード検索すると上位に表示されます。
ほかにも、現場に出ているといろんな人に話しかけられます。昨年、航空会社の機内誌の取材を受けてからは、大型の盆栽を求めるお客さんが工房に直接、買い物にいらしたり。半年前、テレビ局の人から「バイクを改造する番組で君の移動店舗を使いたい」と声をかけられたので、喜んで協力しましたよ。元はただの白いバイクだったのですが、塗装してくれて、可動式のテーブルまで付けてくれました。もちろんタダ(笑)。自分からいろんな街に出向くことで、様々な広がりがあるのが楽しいですよ。これからもできるだけ多くの街、場所で販売して、盆栽の魅力を広めていきたいです。
盆栽業だけで食っていければいいなと思っていましたが、難しいこともわかっていました。ですが、宅配ピザのバイクを見た時に、「そうか、これならお客さんが来るのを待つのではなく、こちらから販売しに行ける。さらに大型の盆栽に興味があるお客さんに工房に来ていただけるよう呼びかけられる」と思ったのです。ネットで調べたら、宅配ピザのような荷台付きの3輪バイクが中古で安く手に入ることがわかりました。それで会社を辞めて独立しようと決めたのです。
13万円です。中古の3輪バイクが10万円。江戸盆栽をつくる資材購入などに3万円。
貯蓄を充てました。
特に反対はありませんでした。勤め先の会社では当時、いかに人員削減するか悩んでいたようで、退職の申し出は歓迎されました(笑)。友人や知り合いは、好きなことを職業としている人が多かったので、私の独立も自然に受け入れてくれたようです。
特にありません。盆栽仲間の中には、「本当に売れるのか? 大丈夫か?」と心配してくれた人もいましたが、「ダメならまたどこかに再就職すればいい」ぐらいに考えていました。
これまでの趣味の経験と知識です。そうそう、盆栽仲間からは「こういうのをつくっては?」というアドバイスをもらいました。
独立に関する相談は誰にもしていません。相談というより盆栽仲間に意見を聞く程度でした。
移動店舗の出店場所探しが一番苦労しました。今でもですけど。防犯効果も期待してか、「ぜひうちの前で」と言ってくれますが、こちらの条件に合わないこともあります。繁華街でも人通りが少ない場所だったり、屋根がなく突然の雨に困ったり。一番いい条件は、夏の暑さや冬の寒さをしのげる冷暖房付きの施設内なのですが、そんな都合のいい場所はなかなかありません。植物はどんな環境にも強いのですけれど、実は私が寒がりでして(笑)。ほかにも、以前は空き地だったところが、急に工事が始まって使用できなくなっていたり、白熱灯が蛍光灯に換わっていたり、と出店場所探しは本当に難しいです。
やはり買ってくださったお客さんから、喜んでいただけることです。リピーターも多く、「今日はどこに出店しますか?」と問い合わせをいただくこともありますし、工房にいらっしゃるお客さんも増えました。盆栽はやはり、ネット販売ではなく、直接見て買っていただきたいと思っているんです。ですから今の形態で、盆栽の良さをひとりでも多くの方に知ってもらえることが一番の喜びです。
行動力が何より重要だと思います。待っていても何も始まりませんし、今のご時世ならなおのこと。まずは自分で前へ進む。やってみることです。移動店舗を志す後輩へのアドバイスとしては、人が多く集まる「街」だけでなく、その中でも人通りが多い場所を選ぶこと。それと、出店場所のスペースいっぱいに店を広げるのではなく、いかに足を止めて見てもらえるか、ワンポイントでアピールすることが大切です。「地味に抑えながら、目立つこと」が大切。難しいのですが、周りの環境に配慮しつつ、品ぞろえと価格をわかりやすく、また、衣装も含めてトータルに演出することがポイントだと思います。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報