おおいで・みえこ/千葉県出身。理髪用品の卸し会社に3年間勤務し、27歳で結婚。専業主婦となる。50歳の年、夫の会社が倒産したのを機にタクシー乗務員に。14年間ドライバーとして勤務し、64歳で独立。子ども3人、3歳の孫2人。姉御肌ながら特技は手芸。
身長167cmの大出さんは、顧客の荷物の上げ下ろしも軽々とこなす。乗務時はいつも動きやすいパンツスタイルで。これも独立前から一貫したポリシーのひとつ
私が50歳の時、夫が経営する建築会社が、バブル崩壊の影響で倒産したんです。当時、長女はまだ看護学校生、次女は大学に合格したばかり。長男は高校生でした。私も稼がなくては。私に何ができるだろうかと考えた結果、運転が好きだからという単純な理由でタクシードライバーだと(笑)。まずは普通2種免許を取らなくちゃ!とさっそく教習所へ通いました。後から知ったのですが、タクシー会社に就職してから養成期間中に会社の費用で2種免許を取得するケースが多いんですね。でも私はそんなこと知らなくて(笑)。
そもそも、就職先も未定なのに自費で普通2種免許を取得する女性なんていないわけです。そんな私を面白がってくれた教習所の所長に紹介いただき、横浜にある日の出タクシーに入社することになりました。当時、女性ドライバーは私だけでしたが、設備も整っているし、先輩たちもいい人が多くて、何よりこの仕事は性に合っているとすぐに実感できました。運転の楽しさもそうですが、お客さんとの会話がさらに楽しいことを知ったんです。
愛車はトヨタのカムリ。車内にお守りやインテリアは飾らず、いたってシンプル。その分、丁寧な運転と楽しい会話、そして笑顔が何よりのサービスに
徹夜仕事なんて生まれて初めてでしたが、もともと体も丈夫なせいか意外と平気でした。シフトの合間に家事をこなし、食事の用意をしてから乗務するという生活を14年間継続。その間に休んだのは、長女がスキーで脳挫傷の大けがをして福島の病院に入院した時ぐらい。そのほかは無欠勤で、仕事を辞めたいと思ったことは一度たりともありません。でも当時は、まさか私が個人タクシーで独立するなんて考えてもいませんでしたよ。先輩ドライバーから「それだけのキャリアがあるなら個人でやれば?」と勧められて、軽い気持ちで試験勉強を始めたのは独立する1年前、63歳の時でした。
個人タクシー免許を受験できる条件は、10年以上の運転歴があり、受験前の5年間は無事故無違反であること。そして65歳までという年齢制限があるんです。もう年齢制限ギリギリだったので、法令や車両法などの試験勉強をしながら、ともかく事故や違反をしないよう慎重に乗務していました。試験は緊張しましたが、勉強した成果もあって無事に合格。やっぱり嬉しかったですよ。
個人タクシーになると、決まった固定客だけを乗せるというドライバーもいますが、私の場合、固定客は1、2人くらい。ご指名はもちろん嬉しいですが、一期一会のお客さんとの会話が何より楽しい。基本は独立する前と変わらず、流しと駅などのタクシー乗り場に並んで客待ちをしています。勤務時間は毎晩夜8時から朝4時頃まで。お休みは日曜日だけと自分で決めています。何でも自分の裁量で自由に決められますが、あえてルールを定めているのは、仕事とプライベートにメリハリをつけたいからです。
今思えば、大工さんとか料理人さんとか修業が必要な職人さんと同じように、14年間の勤務は自分にとっての下積み時代だったと思います。下積みを続けてきたからこそ今がある。倒産をきっかけに始めたタクシー乗務員でしたが、夫はその後に新たに内装工事の会社を起こして、71歳になった今も現役。経済的な不安がなくなっても私が仕事を続けて独立までしたのは、やはりタクシードライバーが天職だからでしょうね。ちなみに日の出タクシーの企業理念は「安全第一、営業第二」。独立後もそのポリシーを受け継いで、健康面も気をつけながら楽しんで走り続けています。
私の天職だと思えたからです。そもそも私は運転することが好きだったので、タクシードライバーという仕事を選んだわけだし、14年勤務してみて、運転する楽しみだけではなく、お客さんとの会話もこの仕事ならではの大きな魅力だと実感しましたから。この好きな仕事をさらに思いどおりのやり方で続けられると思い、個人タクシーで独立することを決めたんです。
565万円です。自動ドア&カーナビを含めた車両に315万円。メーターやあんどん設置に20万円。資格試験や講習費用などで4万円。残りは運転資金です。このほかに毎月、無線加入料・組合費などで6万円、燃料費に約5万円の経費がかかります。
国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)から220万円の融資を受け、残りはこれまでの貯蓄を充てました。
先輩ドライバーたちは喜んでくれました。勤務していた日の出タクシーでは送別会も開いてくれたし、所長からは今でも「戻ってきてくれよ〜」と言われます(笑)。家族には事後報告でしたが、子どもたちも特に驚いていませんでした。タクシー乗務員になる時もそう。夫に「明日からタクシードライバーになるから」と言うと、夫は「えっ? 普通2種免許がいるんだろ?」って。もう取った後でしたから。個人の時もそんな感じです(笑)。
不安は特にありませんでした。14年間やってきたことと独立後の違いは、仕事上ではありませんから。ただ、個人タクシー免許の受験は不安でした。無事故無違反が絶対条件ですからね。試験を受けようと決めてからの1年間、ともかく事故に巻き込まれないよう、違反をしないようにと祈りながら運転していましたよ。
タクシードライバーとしての自分の経験、仲間や先輩の実体験です。同業者というとライバルになるはずですが、所属する会社が異なっていても、仲良しの女性ドライバーもいますから。私の周りのタクシードライバーは連帯感がありますね。
会社の先輩であり、個人タクシーで独立した人たちです。相談というよりも報告のような感じでしょうか。朝4時頃にファミリ−レストランで待ち合わせて、いろいろ話ができる良き先輩ですね。
特にありません。女性ドライバーだからといって、困ったこともありませんねえ。酔っぱらってセクハラするような人もたまにはいますけど、私、弟が3人いる長女ですから、もともと男っぽい性格なんです(笑)。上手なかわし方も心得ています。ただ、会社員から個人事業主になると、財務手続きなどはもちろん、3カ月ごとの車両定期点検や年1回の車検なども義務。そんな業務が増えましたが、別に苦ではないです。
やはり、自分の車は気持ちいい!ということ。それに好きな時間に運転できることです。好きな仕事をしながら、自由な時間まで得られたことがイチバンです。勤務時代は、まず21時間連続勤務、翌日は明け番、21時間連続勤務を3回続けて公休1日、次の3回後は公休2日、と完全にシフトが決まっていて、なかなかプライベートの時間が取れませんでした。でも独立後は自由とはいえ、一応自分で勤務時間も定休日も決めています。女性のお客さんは「安心できる」と喜んでくださるし、「孫もいるんです」と私の年齢を言うと「なんか元気が出てくる」って(笑)。男性客でも私が女性だとわかると話しやすいのか、会話も楽しい。そういう出会いが嬉しいです。
私の年代だと、隠居してる人って多いでしょう? でも、働けるうちは働いたほうがいいですよ。収入の面だけでなく、やりがいが生まれ、世界も広がりますからね。自由な時間がいっぱいあって「旅行が趣味」という人がいますけど、忙しい仕事の合間をぬって行くからこそ、旅行って楽しいんじゃないですか? 仕事があるから、お休みの日が生きてくると私は思うんです。若い人には忍耐力を付けてほしいですね。どんな仕事でも下積みの時期はつらいこともあるでしょうが、それを経て、実力が身に付くのですから。また、好きなものであれば上達も早い。それを念頭に、自分らしい独立を目指してほしいです。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報