やまざき・かずゆき / 神奈川県出身。23歳の時に三国町で開拓農業を始め、牧場のほか農業体験・自然研修施設も運営。「三国湊魅力づくりプロジェクト実行委員会」の第1号としてジェラート店を開業。NPO法人三国湊魅力づくりPROJECT副理事長。
自営する「おけら牧場」のジャージー乳、三国の海塩、厳選の農産物など、旬の食材を生かす安心&安全のジェラート。季節限定品が多彩で、冬は越前ガニも登場
三国町に移り住んだ当時、借金して土地を買って、まず水脈を掘り当てることから始めました。自給自足の農業で生きていくのに日々精いっぱいで、少し自信が見えだしたのは、ふたりの子どもが独立して仕送りの必要がなくなった52歳の時。このまま農業だけでのんびり暮らそうかとも考えたけど、自分らが住みやすい社会にするために自分らで何とかしないとダメだと思ってね。昔なら都会でワーキングプアになっても、故郷に戻って農業をすれば食べていけたけど、今はそれじゃ食えないから帰れないでしょ。こういう田舎に都会の大資本が来ても、雇用が多少増えるだけで収益は都会に吸われる一方。地元の経済は回らない。そんな危機感から、まずは村おこしが必要だと思って、農村体験型施設「ラーバンの森」をつくったのです。
2004年に、この「ラーバンの森」で「ふくい県地域ブランド創造活動推進事業」に応募。そうしたら、同じ三国町で、町巡りとクルーズなどを組み合せたエコツアーも応募していた。そのリーダーもウチに出入りしていた仲間で、互いに協力すれば村だけじゃなく、町・漁村・農村・丘陵地域も含めて三国全体の町おこし活動ができるじゃないかと。その案が県にも採択され、「三国湊魅力づくりプロジェクト実行委員会」を立ち上げたのです。そして、安全で新鮮な農産物を使ったジェラートで、町おこしを始めようと。
町おこしプロジェクト第2弾として2006年にオープンした「三国湊座」の前で、ボランティアガイドと一緒に。山崎氏が食べているのは名物・三国バーガー
アイスは前々からつくりたかったけど、ジェラートとの違いなんて知らなかった(笑)。じゃ、本場イタリアだと、女房とローマからフィレンツェまで2週間かけて食べ歩き、製造方法や食材も調べてきました。おいしいと思えたのは10軒に1軒あるかないか。ウチなら食材は最高なものを使えると、自信満々で3月末に帰国。開店は4月末と決めて広報しました。もちろん大変(笑)、特に資金調達は綱渡りでしたよ。
県の支援事業だから金融関係を紹介してくれると思ったら、窓口は別だと。そこで事業計画書の提出を求められたのです。「計画も何もやってみなけりゃわからん」と伝えたら、「利益の見込みは?」と。「利益が出るかもわからんし、儲かるとわかっとるなら誰もがやっとるわ」。それでも「ともかく予測を」と言われたが、うそは書けないでしょう。「それではどこも貸してくれない」って……。次に製造機メーカーに相談に行ったら、リースを提案してくれて、何とか金銭面はクリア。製造機が納入されたのは開店の1週間前で、日夜、試作して、試食も内装工事も町のみんなが手伝ってくれてね。感謝を込めて、開店初日は無料で振る舞いました。
店頭に並ぶジェラートは14種類ですが、季節ごと、その日の最高においしい食材でつくるので、年間で100種類以上になります。イタリアのように数種類の食材を混ぜてつくるのではなく、旬の食材そのもののおいしさを味わってほしいので1種類のジェラートに1食材のみを使用し、甘さも控えめに。普通の店がこれだけの高品質な食材を仕入れたら、販売価格はきっとすごく高いでしょうね。ウチの食材のほとんどは仲間内の農産物でまかなえるので、販売価格が抑えられるのです。これこそが、農家が製造・販売する強みですよ。
ここ三国は景勝地の東尋坊をはじめ、海山の自然に恵まれ、江戸時代から北前船で栄えた地なんです。店を構えた三国湊の『きたまえ通り』は、旧家や神社、歴史的な建造物を生かした趣のある町家。みんなの努力で地元客も観光客も増えてきました。プロジェクトの第1号店として開業しましたが、経営が軌道に乗ってきたこともあり、店はそろそろ息子夫婦にバトンタッチしようと。実は三国の海岸線の松の木が枯れてしまったんですよ。その森の再生に取り組むことが、私の最後の仕事だと考えているところです。
牧場をやっていますから、いつかはアイスクリーム店をやりたかったんです。映画『ローマの休日』を見て以来ずっとね(笑)。2004年に大手アイスクリームメーカーのアドバイザーもしていて、農家の立場でいろいろ意見を求められていました。いつも会議では好き放題言っていたのですが(笑)、メーカーの担当者からは「無理です」「できません」という否定的な返事ばかり。アドバイスするより自分らでつくったほうが早いんじゃないかと、冗談半分で言っていましてね。そんな様々な要素が、県の事業に採択されたことで一気に動きだしたわけです。法人化したのは、「支援実績としてわかりやすいので、法人形態にしてほしい」と県から要望されたので(笑)。
資本金は300万円です。店の開業資金に460万円かかりました。内訳は、元・材木店の事務所だった店舗の改造費に250万円、備品に100万円、ジェラート製造機械は5年間リースにして初年度で110万円です。運転資金なんて考えてもいませんでした。だって日銭が入ると思ったから(笑)。食材の仕入れ費も、開業当初からしばらくはゼロです。私の牧場や農場で自給自足できるし、以前から知り合いだった全国の農家の方々が素晴らしい農産物を送ってくれましたし。開店8カ月後に焼き菓子も始めたので、ミキサーなどの機器類購入のために200万円かかりました。
最初は、県の支援事業だから金融機関を紹介してくれると思ったのですが(苦笑)。結局、私を含め6名が50万円ずつ出資して資本金にしました。開業資金で資本金を使いきり、それでも不足した160万円は、私の貯蓄を充てました。焼き菓子を開始した時の200万円は友人が借してくれました。
私よりも女房のほうがジェラート店をやりたがっていました。彼女は、全国の農村女性のネットワーク「NPO法人田舎のヒロインわくわくネットワーク」の代表理事で、NHKの『ラジオ深夜便』のレポーターや執筆など、農業の合間に食や農業にかかわる女性たちを支援する様々な活動もしているんです。私たちがアドバイザーを務めていたアイスクリーム会社の社長も、喜んで応援してくれました。私らが会議で好き放題言っていたことを「実証してみせてくれ」と思ったのじゃないかな。町の人の中には、「このままの静かな町でいい」と言う人もいました。でも、何もしなければ田舎はすたれる一方で、20〜30年後には消えてしまいますよ。日本中の田舎がそうなのに、危機感を持っている人が少ないですね。
お金です、最初から当てが外れたから(笑)。それに、北国でジェラートなんて冒険でしょ。冬は厳しいので、本当にやっていけるのかは不安でした。でも、そう言っていても何もできませんからね。ジェラートの品質に関しては、開店前も今も自信はあります。これだけの食材を使えることも、おいしさでも、世界一だと思えますから。
これまで40年近く、酪農・養鶏・農業を通して、食に関する情報収集はしてきましたから。その経験と人脈です。
一番の相談相手は女房です。それと、役立った情報源と同じですが、地元をはじめ全国の仲間です。
それなりに困ったことはあるけど、そのつど、どう解決するのか考えたり実行したりするのが楽しいじゃないですか。しいて挙げれば、店の定休日を水曜日にしたけれど、それを知らずわざわざ食べに来てくれるお客さんがいるので、定休日でもなるべく誰かしら店にいるようにしています。
ウチも含め、生産者自慢の食材を使ってつくっているので、「おいしい」と喜ばれるのが何より嬉しいです。野菜嫌いの子どもが、野菜のジェラートを喜んで食べてくれますしね。それに、これまで年間で数百人しか訪れなかった三国湊の『きたまえ通り』に、今では年間10万人が訪れるようになったこと。これは、町・漁村・農村の住民が一体になって、地域活性活動をしてきた最大の成果だと思います。
食にかかわる事業で独立するならば、安心・安全は当たり前で、どのような必然性・熱い思いで事業を立ち上げるか、自分自身の中にストーリーがないとダメだと思います。そのためには、誰がどのように育てた食材か、産地・生産者・旬にもとことんこだわることです。消費者の言いなりになると、旬もなく、一年中どこでも手に入る同じ味になってしまう。それではやる意味がないし、自分の中のストーリ−もない。都会の大資本に勝てるはずがない、ただのモドキですよ。田舎の経済を再浮上させるためには、自分らでしか商品化できないおいしいものをつくる。そうすれば、お客さんはわざわざその地に、店に来るでしょ? それが本物じゃないですか。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報