よこた・まさゆき / 大阪府出身。子どもの頃から高校時代まで内野手として活躍し、少年野球チームの監督経験もあり。現在は小学校のPTAで結成したソフトボールチームに所属し、週1回の試合にピッチャーとして登板。野球を愛する仲間と当社を設立。
本川氏(左端)らとアメリカへ赴き、レジー・スミス氏(右)と共に開発に勤しんでいた頃の写真。この1年後、子どもからプロ選手まで対応した「PSM3001」を商品化
当社を設立する3年前の99年頃に、電子部品会社の技術設計者だった本川誠と知り合いました。本川も僕も野球が大好きで、子どもたちに教えるのも好き。それで意気投合したのが、指導方法についてです。なぜかというと、子どもたちに野球を指導する場合、守備は理論的に教えることもできるし上達もするけれど、バッティングの指導って難しいものなんですよ。監督やコーチによって指導法もバラバラですしね。指導者の中にはいまだに、「とにかく素振りだけしておけ」と、根性根性!みたいなアナログ的な指導をしているコーチもいる。
バッティングを向上させるためには、本来どういう練習が適しているのか、そもそもバッティングとはどういうものなのか。その根拠を科学的に考えて、もっとわかりやすく、面白く教えられたら……。そんな思いから、練習用のマシンをつくれないかと。それから2年後に、赤外線のシグナルを打つことでバッティングセンス(タイミング)を鍛えられるトレーニングマシン「ITS(イマジネーショントレーニングシステム)2001」を完成させたんです。
今までありそうでなかったカウント表示板も2004年 に開発。写真は08年の改良型。高精度LED搭載、長 時間使用のバッテリー付きで、1.2kgの軽量化も実現
野球関係者、特にソフトボール界から「ITS2001」は好評だったのですが、ちょっとレベルが高すぎた(苦笑)。完全にプロ用の域でした。それまで面識がなかった元巨人軍の佐藤洋さんから、「いいマシンなのに惜しい」とアドバイスをいただき、それがご縁で、元巨人軍の4番バッターで、かつてメジャーリーガーだったレジー・スミス氏に会うことに。彼も「こういうマシンは子どもたちにも必要だ。一緒につくろう。協力しよう」と。それから1年間かけてつくったのが、「PSM(プレシジョンスイングマスター)3001」。この開発中、僕らは何度素振りしたか数えきれませんよ(笑)。
このバッティングマシンは、球種やコース、球の落ちる角度も設定でき、2カ所のセンサーで自分のバッティングの精度を確かめられるものなんです。スイングの軌道、ヒットポイント、コントロールなどが正しいかどうか、デジタル判定でわかるようにしました。それを何度も繰り返すことによって技術を体得できるから、打率も上がり、苦手なコースがなくなるんです。子どもの基礎練習用から、プロ選手のコンディションチェックまで、幅広いレベルに対応できるようプログラミングしました。このマシンの完成を機に、本川を代表にして、当社を設立したのです。
「PSM3001」は現在、アメリカではもちろん、日本のプロ野球5球団、高校野球の甲子園大会ベスト8の常連校など50校以上で使われていますし、また、甲子園やプロを目指す子どもたちの自宅での練習用としても愛用されています。ですが本当は、もっと手頃な価格で、より多くの子どもたちに使ってほしいんです。でも、日本の野球界はいろんな組織や団体の思惑があって、そのルールの中でビジネスを進めるのは難しくてね。それを会社設立直後から痛感しました。そんな中、設立2年後の05年の9月に本川が43歳で亡くなって……。病気が発覚してからわずか3カ月でした。その間、見舞いに行くたびに、「やり遂げられなくてすまん」と、死ぬ直前まで謝っていましたよ。
彼だけでなく、会社としても、まだまだ夢半ば。このほかに試作中の製品もあるんです。営業面での課題は多いですが、まだまだ挑戦していきます。僕らの根っこにある“日本の野球を盛り上げたい。子どもたちにバッティングが上達する楽しさを、真の野球の楽しさを広めたい”という思いは変わりませんから。
必要性を感じたからです。実は「ITS2001」の完成時、当時ヤクルトスワローズの池山隆寛選手に「試してみて」と言ったら快く受けてくれてね。池山選手は本川の高校の後輩で、ちょうど引退も噂されていた時期。注目されているのを承知で、記者の前で「ITS2001」を使い、次の試合でホームランを打ったんです。翌朝の新聞に“秘密兵器で復活”と大々的な記事が。ところが会社を設立していなかったので、問い合わせに対応できずPRのチャンスを棒に振る大失敗。それで「PSM3001」の時は会社組織をつくり、開発製造は当社、プロモーション関連は当社の設立メンバーの安食和彦氏が代表を務める株式会社システムウェーヴでと業務を分担したのです。
資本金は300万円です。開業資金としては95万円で、内訳は事務所開設費用(保証金・家賃)に60万円、OA機器などに23万円、専用梱包・備品などに12万円をかけています。会社設立前から開発・製造は始めていた、つまり先行投資する必要があったので、それにかかった費用は合計2600万円ほどになりますね。「ITS2001」開発制作費で1400万円、「PSM3001」では1000万円、特許取得費用で約100万円、そのほか広告費などで100万円です。
資本金300万円は、私を含め4名の設立メンバーの出資です。会社設立前の開発・製造費2600万円のうち、私は自己資金から800万円を出資し、ほかの3人のメンバーからは計1600万円。そのほかに、製造費用など少し多めに見込んでいたので、信用保証協会連合会から1200万円を借り入れていました。
本川も僕も、周囲の人からは“野球フリーク”として知られていましたから、特別な反応はありませんでした。すでに「ITS2001」は商品化させていましたし、レジー・スミス氏監修でつくった「PSM3001」も、会社を立ち上げる以前から展示会などからオファーがたくさん寄せられていたので、「どれくらい売れるのか」と周囲も期待していたようです。
科学的な理論に基づいたこのハイテクツールが、日本の野球界にどう受け入れられるか不安でした。最近でこそ科学的な側面から子どもたちへのスポーツ指導も行うようにはなってきましたが、日本の野球文化はまだまだ精神論的な指導法が根強いですからね。道具にしても、いまだにゲーム感覚の遊びのものや、ゴム付きボールのような非科学的な道具が多いんですよ。ただ、「ITS2001」も「PSM3001」も、前評判が良かったので、大きな不安はなかったですよ。
レジー・スミス氏をはじめ国内外のプロ野球選手たちの生の意見です。あとは野球の本場アメリカへ行って、レジー氏が子どもや大人に野球を指導している様子をじかに見たのも役立ちました。日本とアメリカの野球文化、指導法の違いを実感しましたから。アメリカでは子どもも大人も下手でも野球をプレーする文化が根付いていて、楽しみながら上達させるマシンというのは浸透しやすいと思いました。日本にはそんな楽しませ方が足りないと考え、その点も意識して「PSM3001」に楽しさも盛り込んだのです。
役立った情報源と同じですが、商品化に関しては、やはりレジー・スミス氏。それとプロ野球選手からアマチュアの選手まで含めた、野球を愛する多くの仲間たち。技術面では、本川の元職場の社長をはじめ、多くの技術者仲間に相談に乗ってもらいました。プロモーションとブランディングについては、当社設立メンバーでもある安食氏に、「PSM3001」の開発段階から相談にのってもらっていました。また、本川の後輩でもある元プロ野球選手の池山隆寛さんもプロモーションに協力してくれているんですよ。
前評判の良さと会社設立後のギャップが大きかったことです。前評判が良かったので、当然、爆発的にヒットすると思ったんですが……。上達する=他人には教えたくない秘密兵器、だからクチコミで広がりにくい。また、世界的なスポーツ企業から販売契約の打診もありましたが、プロモーション費用がかかるため販売価格が跳ね上がる。多くの子どもたちに広めたいという我々の趣旨に反するので、契約の話も立ち消えに。もうひとつは、日本の野球界の問題です。いろんな団体や組織があって、それらの“認定”“推奨”を受けると販売価格が上がったり、受けないと販売店が店に置きたがらなかったり。そんなしがらみに、今も挑み続けている状態です。
野球を愛する人たち、プロ野球の選手にも子どもたちにも喜ばれることです。多くの嬉しいコメントが寄せられていますし、マシンへのクレームがひとつもないことも誇りです。社名には、スポーツを通じて友好や楽しさを共にする機会を提供したいという思いを込めたので、それが少しは実になったかなと。それと、「一番困ったこと」でもありますが、日本の野球界の問題点や現状を知ったことも、いい意味で勉強になりました。今後のチャレンジとして、解決方法を模索せねば、と新たな目標もできたのですから。引退した元プロ野球選手のセカンドキャリアを支援したいと考え、販売方法にセールスレップ方式を採用したことも、その一助になればと思います。
チャレンジマインドを忘れないこと。会社員でも起業家でも、うまくいかないことはいくらでもありますよね。でもスムーズじゃないからこそ、人生楽しいと思うんです。予想外の展開から、新たなチャレンジが生まれてくるのですから。だから、とりあえず動いてみないと。様子を見ながら、身の丈に合わせて、自らが今信じられることを丹念に取り組むしかありません。それと、信頼の置ける友人、仲間を大切にすることです。
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