先輩たちの独立事例集

先輩たちの独立事例集


橋口 論さんの写真

スプレーアートで“思い”を
伝える壁画制作者

株式会社スプレーアートEXIN(イグジン) / 浜松市中区
橋口 論さん(26歳)

はしぐち・りん / 宮崎県出身。2007年3月に、静岡大学大学院・理工学研究科機械工学・前期博士課程修了。在学中に始めたスプレーアートが注目を浴び、同年7月に会社設立。現在、異業種の起業家とのコラボレーション企画が続々と進行中。

独立準備のがんばりどころ

ただ好きで描いていた壁画。それが景観づくりになっていることを知って開眼!

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浜松オートレース場の壁に描いた大壁画のひとつ。天下の大泥棒・日本左衛門が盗んだ千両箱をめぐって人や鳥や魚が飛び回る一大絵巻。続編も楽しみだ

スプレーアートというものがあることを知ったのは、大学在学中にカナダに短期留学した時です。筆やハケを使わずに、スプレー缶から直接塗料を吹き付けて描かれた巨大な壁画の存在感に、言葉も出ないほど圧倒されてしまったんです。もう、これはすぐにでもやってみたいと思い、帰国してから大学(静岡大学・浜松キャンパス)の構内にベニヤ板を持ち込んで、見よう見真似で描き始めました。よっぽど楽しそうにやっていたのか、特に許可も取っていなかったんですが、大学の先生や職員も好意的に受け止めてくれましたね。

しばらくして、スプレー缶で巨大な絵を描いているやつが静岡大学にいるということが人づてに伝わって、浜松市に建設中だった遠州総合病院の工事現場の囲い壁に絵を描いてほしいという依頼がきたんです。そのことが、「スプレーアートで景観づくり、殺風景だった工事現場が地域の散歩道に」などと地元の新聞で紹介されて、自分としては、描きたいから描くという思いだけだったのが、その時初めて、「なるほど、スプレーアートで壁画を描くことは、景観づくりにつながり、こんなに人に喜ばれるんだ」と気づいたんです。

ビジネスコンテストへの出場決意が、そのまま起業の決意に

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作業中に声をかけてくれる人たちとは積極的に交流。スプレーで絵を描いてみたいという子どもには実際に体験してもらい、絵を描くことの楽しさを伝えている

その後、浜松オートレース場内にある壁をキャンバスにして絵を描いてほしいという願ってもいない依頼が入りました。その作業は2006年の年頭から始まりましたが、壮大な絵巻物のようなストーリーのある絵で、今もコツコツと描き続けています。描き始めた当時は大学院に通っていましたので、まだこれを自分の仕事にするということまで深く考えていませんでした。普通に就職せず、スプレーアートを仕事にしようと思い始めたきっかけは、「財団法人浜松地域テクノポリス推進機構」が主催する「はままつビジネスコンテスト」に聴衆のひとりとして参加したことです。2006年の年末でした。

その時、先輩起業家たちの発表に触発されたことが、「よし、来年は自分も出場しよう。スプレーアートで挑戦していこう」と、そのまま起業への決意につながりました。そして、ちょうど1年後のコンテストで優秀賞と会場賞をダブル受賞することができて、それが大きな自信になったことも確かです。出場に当たっては、静岡大学の「ベンチャー支援ネットワーク室」でいろいろな資料を提供してもらったり、開催直前まで、プレゼンの練習に何度も付き合ってもらうなど、ものすごくお世話になりました。いや、本当に素晴らしい母校ですよ。

異業種コラボレーションによる作品づくりや商品づくりにも続々と着手

自分のやっていることが、街の景観づくりに役立ててもらえることを知った時も新鮮な衝撃を覚えましたが、街中やイベント会場で絵を描くことで、人と人がどんどんつながっていくことには毎回感動しています。自分はアーティストではなく“無骨な職人”だと思っているのですが、ただ絵を描いて、それを売るだけではなく、そこに“人を入り込ませる”ことまでもが自分の役割だと考えているんです。具体的に言うと、“街や人の思い”を絵にすることで、そこに人が集まってきて交流が始まり、そこから発信される思いに共感する人が増えれば増えるほど、街の活性化につながるという好循環が生まれるということです。

今、起業家塾や異業種交流会、それに絵を描くことで出会った人たちとのコラボレーションにどんどん着手しています。たとえば、浜松には遠州綿紬という伝統的な織物があるのですが、その織元として家業を新しいかたちで継承している社長とアイデアを出し合って、僕が描いた絵の額装を遠州綿紬でやってみるなど、新しい試みにはどんどんチャレンジしています。誰かが「こんなこと考えているんだけど」と、ちょっと声をかけるだけでパッと集まってくる仲間たちは、かけがえのない存在となっています。今後も、いろいろな異業種コラボに挑戦して、伝統とアートで海外にまで事業展開することが目標です。

取材・文 / 田村康子 撮影 / 内田隆裕

ちょっと気になる10問10答

  • なぜ独立した?

    カナダで出会ったスプレーアートに魅了され、「とにかく描きたい」と始めた時は、独立だの起業だのとはまるで考えていませんでした。それが、だんだんと壁に絵を描く人として知られるようになり、ただ絵を描くだけで、人と人とがつながったり、望んでいた景観ができたと喜んでもらえるようになると、「これが自分のやるべき仕事なのかな」と考えるようになりました。 次第に“絵を描くことで人や地域の思いをつなげていく”という使命のようなものがはっきりと見えてきたこと。それが独立を決めた大きな理由のひとつですね。

  • 開業資金は?

    合計で250万円を用意しました。塗料など絵描き道具とパソコン、それに移動と道具運搬用の車は以前から使っていたものなので、開業時の支出としては会社の設立手続きなどに約30万円使っただけです。残りは運転資金にしました。

  • 開業資金はどう集めた?

    それまでの貯蓄が100万円と、親から借りた150万円です。やはり、スタート時は金銭的な不安がありましたので、親が「心配だろうからお金を貸そう」と言ってくれたことには本当に感謝しています。

  • 周囲の反応は?

    「それで食っていくのはムリだよ」という友人もいました。宮崎にいる家族は、3人きょうだいの末っ子ということもあるのか、子どもの頃からいろいろと自由にやらせてくれていたのですが、就職しないでスプレーアートでやっていくということも、「応援するから」と、最初から賛成してくれました。特に祖母がスプレーアートを面白がってくれて、もう90歳近いにもかかわらず、両親と一緒に浜松まで作品見学に来てくれました。また、「ムリだよ」と言っていた友人たちも、半年後には、「本当にやりたいことを追求できるっていいな」と、応援してくれるようになっていましたね。

  • 不安だったことは?

    やはり安定した収入への不安が一番大きかったです。大学時代の友人たちは、有名企業の技術部門や開発部門に在籍している者も多く、結構いい報酬を得ていたりするんです。だから、給料のことが話題になった時には、正直に言ってうらやましいと思うこともあります。でも、報酬はそれに及ばなくても、自分には、好きなことを自由にやるという道がすでに開けているのだと考えると、この選択は間違っていなかったと思えるんですよね。

  • 役立った情報源は?

    これは大きく2つの大きな情報源を活用しました。ひとつは自分が参加したビジネスコンテストの主催元でもある「財団法人浜松地域テクノポリス推進機構」です。毎月定期的に開催される起業家塾にも参加しているのですが、そこで知り合った人たちとは常に情報交換をしています。もうひとつは、母校でもある静岡大学の「ベンチャー支援ネットワーク室」です。独立に当たって、ふと疑問が生じたことから、法人設立の方法や会計に関することまで、何度も通っていろいろと教えていただきました。

  • 相談相手は?

    「財団法人浜松地域テクノポリス推進機構」の起業家塾で知り合った仲間たちですね。それぞれの強みを生かした異業種コラボレーションなど、実際の仕事につながったことも多々あります。また、静岡大学の「ベンチャー支援ネットワーク室」では、お金のことならこの人に、事業戦略ならこの人にと、大学を中心にした専門家の人脈を紹介してもらいましたので、今でもちょっと聞きたいことがあるとすぐメールで質問しています。大いに活用しているというか、あまりのメールの多さに、「また橋口だ」って思われているかもしれません(笑)。

  • 独立して一番困ったことは?

    美大や専門学校に通ったわけではないので、絵を描くための基本とかセオリーを持ち合わせていない自分に戸惑うこともありました。ですから、今でも自宅で毎晩スケッチブックを広げてデッサンの練習をしています。ただ、絵を描くということには「こうすべき」というような決まりきったセオリーなんてないと思うんです。毎回が、依頼主の意向をじっくり聞いて、そこから試行錯誤しながらアイデアを練って……という繰り返しです。困るというか、生みの苦しみのようなものですね。でも、その苦しみ自体が楽しいというか、その苦しみがあるからこそ、「よし、やるぞ!」というエネルギーがわいてくるんです。また、特に子どもたちや一般の方々に参加してもらう作画イベントでは、安全対策をどうしていいか困ったこともあります。大きな板を使って絵を描きますから、板が風で倒れないように設置する方法など、これは看板の専門業者さん、経験を積んだ職人さんたちの助言がすごく参考になりました。

  • 独立して一番良かったことは?

    挑戦すべきものが常にあることです。そして、絵を描くことでいろいろな人と出会えること。その2つが最大の喜びでしょうか。壁に向かって作業をしていると、そこを通るおばちゃんやおじいちゃん、それに子どもたちなど、誰かが必ず声をかけてくれます。たとえば、毎回やってきては地域の移り変わりなどを熱心に話してくれるおじいちゃんとはすっかり顔なじみになりました。子どもたちと道端に座り込んで長話することもよくあります。そんな出会いがきっかけになって、自分の会社のシヤッターにも描いてほしいと仕事を依頼してくれた社長さん、それに、浜松市のお祭りで着るためのユニホームをデザインしてほしいというグループとの交流も始まりました。

  • 独立を志す人へのメッセージ

    まず、コレを仕事にしたい、コレで独立したいという何かがある人は、それが具体的には何なのか、頭の中で考えていることをどんどん人にしゃべることですね。できれば最低100人くらいに伝えるといいでしょう。というのも、自分も人にベラベラ話した結果、思いもしないアイデアを出してくれたり、面白いと思ってくれる人の輪がどんどん広がっていったからです。なかなか会えないけど話を聞いてほしい人にはメールでのやりとりを繰り返しました。それはもう、あるアイデアを密かな計画だなんて思わずに、どんどんネタを披露するようにしています。隠さずに話すことの効果については、独立後もたびたび実感しています。仮に誰にも言わずにひとりでやって、それが失敗に終わったとしても、誰も知らないことだから、自分でも失敗だったことを強く認識せずに何となくやり過ごしてしまうでしょう。逆に、失敗だったことを宣言すれば、次はそうならないように自分でも努力するし、別のやり方を教えてくれる人が出てきたり、あるいは正直者だということで信頼してもらえたり、得るものは盛りだくさんです。このやり方は、独立の準備段階で事業計画書を作成する際にも大いにオススメします。

設立
2007年7月

開業資金
250万円

従業員数
1人

年間売上高
開業1年目のため実績なし

アクセス
http://www.sprayart-xin.com


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