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問題だらけの飲食店で考えたこと
先日、東京・有楽町のとあるビルに行く用事があった。昭和の香りがただよう、ちょっと古めかしいビルだった。ちょうどお昼時だったので、そのビルの地下にあるレストランでランチを食べることにした。
「長崎ちゃんぽん」の店に入ってみた。残念なことに、その古めかしさが味わいとして昇華されているというには程遠く、まあ、わかりやすくいうと、味からサービスまで、いちいちつっ込みどころ満載のお店であった。あまりの雑さに思わず苦笑してしまったほどだ。例えば席誘導。ちょっと早めの時間だったので、店内は空いていた。しかし、店のおばちゃんは入ってくる客を奥の席から順番に座らせていく。有無は言わせない。4人がけの1テーブルが4人いっぱいになるまでは、ほかのテーブルに座らせない。文句があるならとっとと帰りなと言わんばかりにらみをきかせたおばちゃんの誘導。私たちも含め、すべての客が修学旅行生のようにお行儀よく各テーブルに座らせられていった。
こんなに席が空いているのに、なぜそこまで端から座らせることにこだわるのだろうと思ったが、ちゃんぽんが配膳されてその理由がわかった。おばちゃんは、次々とでき上がるちゃんぽんを一気に4つずつ運びたかったのだ。お盆を見てもきちんと4つのちゃんぽんが載るようになっている。テーブルを満席にしてから4つのちゃんぽんを運ぶと無駄がない。客があちこちのテーブルにちらばって、テーブル間の移動タイムが発生することを防いでいるのだ。ある意味、見事であった。
さて、このお店は効率的な仕組みを開発したといえるだろうか? このメソッドにより、客の回転率も良くなり、忙しいランチ時間の売り上げの貢献につながったかもしれない。しかし、客の立場からすると当然、違和感がある。大切なものも同時に失っているに違いない。確かに店側からするとこのやり方には意味があるのだが、客にとっては何のメリットもない。いや、むしろ、店に対する印象が悪くなり、二度と来たくないと思う客もいるかもしれない。そう思われてしまう可能性があるのなら、どんなに効率の良い方法であれ、このやり方は本末転倒と言わざるを得ない。
実はこのお店、この客誘導に限らず、その他の接客態度、店内のディスプレイ、味付けにいたるまで、「ノイズ」でいっぱいだった。これをもっとこうしたらいいのに、こうすればもっと客は喜ぶだろうにという改善策をその場で考えていたら、たちどころに30以上も思いついた。もし、この改善策をこの店が実践したらどうなるか? 顧客満足度は急激に向上するに違いない。そういった意味で、「顧客の声」とは、事業にとって無料で使える貴重な「改善素材」となり得るのだ。
開発段階における消費者視点の欠如
実はこういった古めかしいビルや、地方の商店街などを観察してみると、同様の問題を抱えたところが実に多いということがわかる。最近、地方からの依頼を受け、産業育成や事業改革のお手伝いをすることが増えているのだが、農業、漁業、林業、観光業といった地方を支えるべき産業のほとんどが、こういった問題を抱えている。何が問題なのか? 一言で言うと「消費者視点の欠如」である。
つくり手は、誰もがこれでいいだろうという自分の物差しを持っている。しかし、それはつくる側から見た物差しであり、使う側から見た物差しではない。だから、いざ使ってみるとほんの少し大きすぎたり、ほんの少し使いにくかったりする。問題はこの「ずれ」が、つくり手が考えているよりはるかに大きいということだ。このずれを修正することが、顧客満足度を上げる最善の方法であるのに、なぜか多くの事業主がそのことに力を割いていない。まるで魔法にかかったかのように「自分の物差し」に固執してしまう。昔ながらの店舗オーナーや、地方の経営者に多くそういう傾向が見られる。そして「売れない、売れない」と嘆いている。売れないのではない。売れるように売っていないのだ。本当に売りたいのであれば、やるべきことはただ一つ! 物差しの尺度を変えることだ。「つくる側」の尺度から、「使う側」の尺度に変えなければならない。しかし「つくる側」が、「使う側」の環境を完全に予測することは難しい。初めてその商品を使う人にとってどうなのか? 海辺でその商品を使う人にとってはどうなのか? さらには子供がいる環境でその商品を使う人にとってはどうなのか?など、立場が変わればその使い方も大きく変わってくる。どんなに優れた開発者であってもこれらをすべて計算に入れた100%完璧な商品を開発することはできないのだ。
消費者こそ最高のコンサルタント
開発者にとって大切なことは、「消費者が必要としていることを完璧に予測することは不可能」という理解を持つことだ。最初から「完成品」を提供しようなどとは思わないこと。むしろその反対で、完成品は「消費者のフィードバック」をもとにしてつくった方が早い、という発想に切り替えることがポイントだ。極論すればあなたは何も考えなくてよい。あなたがどんなに天才であっても、100人の「消費者の集合知」にはかなわない。彼らの声をもっともっと利用するべきだ。
あなたがこれから起業する人であれば、あなたが考えている商品のアイデアをどんどん他人にアウトプットしてみよう。そしてその人たちから「フィードバック(=感想)」をもらう。これを全く別の100人にお願いしてみよう。100人というのは大げさに言っているのではない。実際に100人にやるべきだ。その時にポイントになるのは、感想の中でその商品の「良い点」「悪い点」そして「改善案」をもらうということだ。どんな商品にも良い点と悪い点がある。しかし、何を良いと考え、何を悪いと考えるかは人によって違う。これを100人から集めれば、100人の擬似消費者の声を集めることになる。どういったタイプの声が多いのか? 少ないのか? これらの情報があなたの商品の潜在的な可能性、これからの開発の方向性を教えてくれることになる。
この話をすると「せっかくの事業アイデアが盗まれることにならないか?」という人がいる。心配はいらない。全国で起業家育成関連のセミナーを指導している立場から言って、このような心配をする人に限ってたいしたことがないアイデアしか思いついていない場合が多い。実際自分ひとりで考えたアイデアなどたいしたことがない。多くの人に、もまれにもまれたアイデアの方がはるかに洗練されている。また、人に盗まれる程度のアイデアである時点で、たいしたことがない事業であるともいえる。盗まれるということは参入障壁が低いということだから、一度ヒットしたとしても遅かれ早かれその事業では回らなくなる。盗まれやすいような事業で勝負するより、盗まれにくい商品を、アウトプットとフィーッドバックを繰り返しながら開発することに全力をかけた方がいい。
あなたがすでに起業しているのなら、あなたの商品を利用した人の声を吸い上げる仕組みを考えなければならない。一般的な方法だが、消費者アンケートを取ったことがあるだろうか? もしこれがないならば、すぐさまアンケートを実施してみてほしい。きちんとアンケートに答えてくれた人には、商品を無料でさし上げてもいい、といったインセンティブを設けてでも消費者の声を聞く機会を持つべきだ。そこに書かれていることは、世界中のどのコンサルタントよりも優れたアドバイスをあなたに与えてくれるに違いない。
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アクティブラーニングスクール代表 羽根拓也 |
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ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。
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